めいど・いん・はうす

池田真奈

第1話 小さなメイドさん

「またかよ……ベッドもカビだらけか!家に帰って来る度にこれじゃ堪らねぇぞ」


 大剣一振りを頼りに冒険者としてある程度の成功を収めた俺が小さいながらも念願だった一軒家を手に入れたまでは良かったんだが、長期の依頼などで家を空ける日数が長くなると家の中は埃だらけになり、疲れてすぐに寝たくても肝心のベッドがカビまみれでとても寝れる状況では無いと言う現実に頭を抱えていた。


 この辺りの地域は夏前後には高温多湿の気候になるが逆に冬には大雪が積もる。

 それは山に囲まれた盆地に位置する地形が影響らしいが、だからと言って俺が日々の生活を送る上で到底我慢出来る問題じゃねぇ。


 ある日そんな悩みを酒場で冒険者仲間に話すと留守宅を管理してくれる侍女メイド組合の利用を勧められたんが、そんなのは初めて聞いたぞ。

 侍女メイドと言えば金持ちや貴族などが雇う側仕えの女性を想像してしまうが侍女メイド組合では家政婦ハウスキーパー的な侍女メイドの斡旋も行なっているらしい。


「そんな組合があるなんて初めて聞いたが赤の他人に留守宅の管理を任せて大丈夫なのかよ?」


 俺は冒険者と言う職業柄か基本的に他人は信用しない事にしている。

 面識も無い人物に大切な我が家を預けると言うのだから不安にもなるだろ。


「もしも何かトラブルを起こすような人間を雇ってたりしていれば商売にはならないからな。信用が第一って事で素性が明らかな人間しか雇ってないって話だぜ。だから安心して任せられるんだとさ」


 確かに留守宅を管理して貰えれば疲れて果てて帰宅しても以前の様に掃除してから休む必要も無くなる事になるな。


「お試しコースってのもあるそうだから試してみるといいぜ。まぁ、家も買えない万年宿屋暮らしの俺なんかには縁の無い話だけどな」


 お前が常に金欠なのは女遊びと酒の飲み過ぎだからだろと思ったが、酒に関しては俺も似たようなもんだし口にするのは控えておいた。

 

侍女メイド組合か、俺の家に侍女メイドが居るとか想像も付かねぇが一度試してみるのもいいかも知れねぇな」


 なら今日は早めに酒場から引き上げて明日にでも侍女メイド組合とやらを訪れてみるとするか。

 珍しく日が沈む前に帰宅した俺は風呂を沸かして身体を洗ってサッパリとしておいた。

 俺みてぇな冒険者には場違いな場所って気がするからな。

 少しでも身なりは整えておきてぇのはある。

 柄の悪さは今更どうにもならねぇけど仕方ねぇ。


 俺は翌日に多少緊張しながらも飲み仲間から聞いた侍女メイド組合へと訪れていた。

 

「いらっしゃいませ、侍女メイド組合へようこそおいで下さいました。お客様は新規の方ですね」


 にこやかな笑みを浮かべた侍女メイド服を着た女性が俺を出迎えてくれる。


「ああ、知り合いに教えられて来てみたんだが俺みてぇのでも大丈夫なんだろうか?」


 まず冒険者ってのは粗野で野蛮なイメージしかねぇからな。

 俺なんかその見本みてぇなもんだ。

 自分で言うのもなんだが大柄で逞しい身体でも動き易いようにと部分的に金属で補強してはあるが軽い革製の鎧を使っている。

 そして背負っているのは長年愛用している巨大な大剣だからな。

 ちなみに俺は黒髪に黒目で故郷じゃ普通なんだが、この辺りでは珍しいらしい。


「お客様の身なりから察しますと冒険者の方のようですね。侍女メイド組合は冒険者ギルドとの提携もしておりますので身元が確認出来る方なら大丈夫です」


 冒険者ギルドは宿屋や酒場とか色々な店なんかとも提携してるとは聞いていたが侍女メイド組合ともかよ。

 俺は冒険者ギルドの身分証にもなるギルドカードを彼女に提示する。

 それで身元の照会をされたらしく入会は問題無いとの事だった。

 その後は簡単な質問を幾つかされたが場違いな気がして終始落ち着かねぇ。


「お客様は冒険者として依頼に出ている間の留守宅の管理をご希望と言う事ですね。住み込みでも構わないと……そうなりますと現状で紹介出来るのは、このファイルに記載されている五人になります」


 受け付けを済ませた俺は係の者から五人のプロフィールが記載されたファイルを見せられる。

 経歴や特技を始めとし、更には必要な報酬までが記載されていたが熟練の侍女メイドになると報酬額もかなりの高額になるんだな。

 ファイルにはご丁寧な事に似顔絵まで描かれているが一番高額な女性は正に美女と言う表現が相応しい容姿をしていた。


「んっ?この女性は随分と安いんだな……」


 良く見れば描かれている似顔絵も中々に可愛らしい女性に見えるし、何故か不思議な事に値段も手頃だった。

 掃除と洗濯、特に料理が得意で更には住み込みも可能と書いてあるぞ。


「ライリですか?まだ新人ですので手頃な料金となっております。気になるのでしたら試してみるのも良いかと思いますよ」


 なるほどな、新人だから安いのかと理解する。

 これくらいの値段なら雇ってみても良いかも知れねぇな。

 何より可愛らしいと言うのは男にとっては嬉しいものだ。


「それならライリさんと言う女性を試してみてぇんだが大丈夫か?」


 これだけ好条件なら既に他の誰かが雇おうとしていても不思議じゃねぇと思い、念のために確認しておく。


「はい、ライリでしたら大丈夫です。では明日の朝に入会時に記載された住所に向かわせますので、是非お試しください」


 これは中々の掘り出し物を見つける事が出来たとホクホク顔で帰宅した俺は明日になれば掃除して貰えると分かっていながら、あまりにも汚い我が家の状態を見せるのが恥ずかしくなり深夜まで掃除と片付けに追われる事になるのだった。

 そして疲れ果てた俺はいつの間にか眠りに就いて居た。


「ごめんください。侍女メイド組合から派遣されて来たライリと言う者ですが……あの〜お留守でしょうか?」


 何度か玄関のドアをノックする音に目を覚ましかけていた俺は侍女メイド組合のライリと言う名前に反応する。


 しまった!掃除をしている内にいつの間にか寝ちまったのか。

 もう朝になってるじゃねぇか!


 俺は慌てて玄関に駆け寄るとドアを開ける。


「済まない。どうやら疲れて寝過ごしてしまったらしい。ライリさんだったよな……?」


 ドアを開けた先には彼女の姿は無く……と言うか俺の視線の先にはいなかったのだ。

 彼女が居たのは遥か下の方。


「初めまして、私はライリと言います。この度は私を指名して頂き本当にありがとうございます。それではどうか宜しくお願い致します!」


 少女と言うにはあまりにも若過ぎる侍女メイド服を着た幼女が立っていたのだ。

 妙に報酬が安かった訳はそう言う事か!

 絵で見た限りでは子供だとは分からなかったんだが、とんだ勘違いだったようだな。

 プラチナブロンドの長い髪を後ろで縛って一つに纏めているのは仕事の邪魔にならないためだろう。

 肌の色が少し褐色気味なのは南方の血が混じっているのだと思う。

 瞳の色が黒いのも南方に住む民族の特徴だ。


 そして俺は疑問に思っていた事の答えをやっと理解する。

 チェンジ!とか言ったら泣き出すだろうか……

 こんな年端もいかない子供を雇うつもりは毛頭無いんだが、これはお試しコースだから試した後に断れば良いだろうと思い直す。

 だが……そんな俺の考えを知りもしないライリは家に入ると一生懸命働いてくれた。

 侍女メイド組合のプロフィールに記載があったように掃除や洗濯を卒なくこなし、今は買い物に出ている。

 来て早々に俺のために朝飯を作ってくれたのだがあり合わせの食材を使ったにしては本当に美味い飯だったにも驚かされた。

 仕事をしている間も鼻歌混じりで楽しそうに働いており、その仕事内容には文句のつけようも無い。

 ただ若過ぎると言う欠点を除けばだが……


「そう言えばライリさんは何で侍女メイド組合で働こうと思ったんだ?」


 俺は率直な疑問を彼女にぶつけてみる。

 すると真面目な顔をした彼女にライリさんでは無く、ライリと呼ぶように注意されてしまう。

 雇う者と雇われる者との礼儀だそうだ。


「そうですね……私は身寄りも無く孤児院で育ったのですが、そこは常に経営難で毎日の食べる物にも事欠く始末でしたから私が居なくなれば少しでも口減らしになるかと思ったんです。幸いな事に孤児院では人手も足らず掃除や洗濯、料理も人並みに出来るようになりましたから侍女メイドになろうと言うのは自然な流れでした」


 自らの苦労話を微笑みながら語るライリ。

おいおい、それは微笑みながら話せる内容じゃないだろう。


「そ、そうか……それは大変だったな」


 彼女の苦労を想像すると、俺にはそう答えるのが精一杯だった。


「私は自分を不幸だなんて思ってはいませんよ。この世の中にはもっと不幸な人が沢山居るのですから、これくらいで不幸だなんて思ったりしたら馬鹿みたいじゃないですか」


 うっ、何か彼女が眩しく見えるんだが俺の気のせいか?まだ小さいのに考え方が大人顔負けだぞ。


「そう言えば口減らしって事は、この家での住み込みを希望しているんだよな?」


 独り身の俺の家に年端もいかない女の子が住み込んで働くとか嫌じゃないのかよ?


「はい!許されるのでしたら是非お願いします。その代わり誠心誠意尽くして一生懸命働きます!」


 う〜ん、俺としては助かるんだが……幼女だぞ。


「私では駄目なのでしょうか?」


 そんなうるうるした瞳で俺を見つめないでくれ!駄目だと言えなくなるじゃねぇか。

 暫くの時間、二人の間に沈黙が続く。


「まぁ、何だ。無理しない程度にな。 ええっと……宜しく頼む!」


 沈黙に耐えらず観念した俺はライリとの契約を交わす事になる。


「はい、宜しくお願い致します。ご主人様!」


 心の底から嬉しそうに、そして恥ずかしそうに俺をご主人様と呼ぶライリ。



 これは……そんなこんなで予想していたよりも、かなり小さいメイドを雇う事になった一人の冒険者の物語である。

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