第9話 今更だけど、小鳥って可愛くなったんだよな


「うん。あたしもちょっと、興味ある。こっちでも、調べてみる」

「あぁ、頼む」


 ホッと息を吐く拓海と小鳥。

 すると小鳥はこの空気を払拭するようにパンッと勢いよく手を叩き、あることを提案してきた。


「そ、そうだ! 拓海、例のオーデコロン、予行演習で付けてみる。感想、教えてよ」

「俺でいいのか?」

「うん。明日、感想言わなきゃだし。その、参考? 拓海以外、頼れる人、いないし」

「そっか」


 はにかみながら鞄へ向かい、がさごそと漁り、件のオーデコロンを取り出す。

 オレンジ色の小瓶に入った、こじゃれたものだ。

 小鳥はそれを手に取り、しばらくまじまじと眺め、やがて「よし!」と自分に気合を入れ、プシュプシュッと自らの左右の首筋に噴きかけた。


「ど、どう?」

「さすがにここからじゃ遠くてわからないよ」


 拓海が苦笑すれば、小鳥もそれもそうかと困った顔をして舌先を見せる。

 そして小鳥は「んっ」と喉を鳴らし、顔をそむけ、髪を掻きあげた。


「えっと、これで……」


 すると小鳥のか細く白い首筋が露わになり、ごくりと唾を呑み込む。

 やけに色気を感じ、まるでイケナイ物を見てしまったような感覚。

 心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。


「……いいのか?」

「うん。嗅がないと、わかんないし」


 おそるおそる訊ねれば、もっともな意見が返ってくる。

 改めて小鳥を見やる。かつてと違って普段から身だしなみにも気を遣い、メイクもしっかりキメている彼女は、クラスの男子が騒ぐのも納得なほど華やかで、綺麗という言葉がよく似合う。

 オーデコロンを付けた小鳥の香りを嗅ぐということは、間近までいかなければならない。

 これほどの美少女にキスもかくやな距離まで顔を近付けるというのは少々気後れするし、また幼い頃からよく知る間柄ということもあって、やけに気恥ずかしいい。


 やきもきした沈黙が流れている。

 小鳥は耳まで真っ赤にして睫毛を震わせている。それだけ覚悟を決めているようだ。

 ならば拓海だって、怖気付いてはいられない。


「……いくぞ」

「……んっ」


 そう宣言し、小鳥に近付く拓海。どうしてかルーティンの時よりも緊張している。

 彼女の端正な顔が近付くにつれ、緊張から喉がカラカラになっていく。

 そして互いの息遣いが聞こえ、吐息が掛かりそうになるような距離にまで近付いた時、ふわりと鼻腔を甘酸っぱい香りがくすぐった。


「…………ぁ」


 一瞬、くらりと眩暈がしてしまう。

 初めて嗅ぐ小鳥の女の子な匂いに、奇妙な背徳感と興奮がないまぜになってしまう。真っ白になってしまった頭の中が、小鳥で埋め尽くされていく。

 先ほど出したばかりだというのに、血が集まっていくのを感じる――その時だった。


「ど、どう、変じゃない?」


 おずおずと訊ねる気弱な小鳥の声で我に返る。

 拓海は慌てて身を離し、暴れる心臓を悟られぬよう努めて平静を装い、答えた。


「爽やかだけど甘い感じがして、すごくいいと思う」

「ホント!?」

「なんていうか、女の子って感じがした」

「そぅ、よかった」


 ふにゃりと安心して顔を綻ばす小鳥。

 なんだか一瞬、不埒なことを考えてしまった拓海は顔を逸らす。

 拙い言葉だというのはわかっている。だけどそれが精いっぱいの言葉だった。

 むず痒い空気が流れる中、ふいに小鳥がくすくすと笑い出す。


「おかしいね。いつもはもっとすごいことしてるのに、恥ずかしいとか」

「……ははっ、まったくだ。さっきは初心もいい反応したし」

「ルーティンはルーティン、だね」


 よくよく考えれば、何ともおかしなことである。

 拓海は頭を掻きながら立ち上がり、自分の鞄を手に取り言う。


「じゃ、俺はもう帰るよ」

「うん、また」


 そう言ってそそくさと小鳥の部屋を退散する拓海。

 菜畑家の玄関を出たところで未だ騒めく胸を押さえ、困った顔で呟いた。


「……今更だけど、小鳥って可愛くなったんだよな」 


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