俺のバイト先での日常
放課後。
「おい、悠馬! 今日一緒に遊ぼうぜ!」
サッカー部の吉田翼が元気よく声をかけてくる。
吉田は中学時代からの友人だ。
こいつは翼って名前のせいで、サッカー部に入るよう周囲に強制された哀れな男だ。
本人曰く、本当はテニス部に入りたかったらしいのだが――ズルズルと流され、高校でもサッカーを続けているという悲しき経歴の持ち主。
「ん? 今日部活はないのか?」
うちの高校には週二日、部活動休養日っていう制度がある。
サッカー部は確か水曜が休みのはず。
……今日は月曜だぞ?
「あー、今週は顧問の都合で月曜休みなんだよ」
「なるほどなー。悪い、今日もバイトなんだ」
「マジかよ、お前二年になってからバイト入りすぎじゃね?」
「まあ、大学進学費用もいるしな」
「ふーん……えらいな。じゃ、また別の日に誘うわ」
「おう」
そう言って、吉田は軽快に教室を出ていった。
まあ、たぶんこの後サッカー部の連中とどっか行くんだろうし、気にすることはない。
ちなみに吉田にはバイトの話はしているけど、義妹ができた話はまだしていない。
理由?
いやだって、言った瞬間から
『お前リアル義妹できたの!?どんな子!?写真!写真!』
みたいな、面倒くさいノリが展開されるのが目に見えてるからな。
平穏な学校生活を守るためには、ある程度の情報統制が必要なのだ。
高校から電車で20分ほど。バイト先に到着する。
「おはようございます」
「おはようございマス、ユウちゃん!」
カタコトの日本語で迎えてくれたのは、ウェーブがかったブロンド髪の女性。
名前はアリス。
20代前半。副店長。巨乳。イギリス出身。
と、情報量が多すぎる人だ。
ちなみに、店長は彼女の兄。
「あら〜、ユウちゃん今日はだいぶ眠そうデスね?」
「あー、ちょっといろいろありまして……」
アリスはやたらニマニマしながら俺の顔を覗き込んでくる。
嫌な予感しかしない。
「ふ〜ん。若いから、ついつい夜も張りきっちゃうんデスね?」
「いやいや、そっち系の話じゃないですから!普通に寝れなかっただけですって!」
なんかもう、絶対変な妄想してるだろこの人。
「悩み事デスか? おっぱい揉みマスか?」
「揉まないですって! いや、俺も男なんで、あんまり冗談言うと本当に揉みますよ!?」
困ったことにアリスは、日本のアニメ文化にどっぷり影響されている。
そのせいか、時々とんでもない冗談をぶっ込んでくるクセがあるのだ。
出会った当初は完全に振り回されていたが……
最近は、なんとか耐性がついてきた。たぶん。
「じゃあ、着替えてきますね」
アリスのセクハラ攻撃をなんとか振り切り、更衣室へと逃げ込んだ。
「いらっしゃいませ、ご主人様♡」
店内に響く、明るく可愛らしい声。
メイド服に身を包み、太陽のような笑顔を振りまくメイドが一人。
――名前は「ユウちゃん」。
そう、俺である。
俺は今、メイドカフェ『ウォーターガーデン』で働いている。
これが「普通の高校生」と言いながら、ちょっとだけ普通じゃない最大の理由だ。
もちろん、しっかりとメイクもして、ウィッグも被って、完璧に女装している。
ただ念のために言っておくが――
別に女装趣味があるとか、そういうわけではない。断じて。
単純に、給料がいいからだ。
時給は1200円。これだけ見ると、まあ世間のバイト相場と大差はない。
むしろ、このあたりでは平均的な水準。
だが――うちの店にはもう一つ強力な武器がある。
インセンティブ制度だ。
要するに、頑張れば頑張るほど給料が上がるシステムである。
客を呼び込めば呼び込むほど、成績に応じてボーナスが支給される仕組みになっている。
ちなみに先月の給料は、社会人の月収平均ぐらい。
高校生のアルバイトにしては破格の金額だろう。
「ユウちゃん、指名入りまシタよ」
「はーい」
今日もいつものように、メイドカフェ『ウォーターガーデン』での勤務が始まる。
「今日もユウちゃんに会いに来ちゃったよ」
やってきたのは男性の常連客。
この人は一ヶ月前から通い始めて、今では週2ペースで来店してくれる
ありがたい存在だ。
「わぁ〜、会いに来てくれて嬉しいです☆」
にこっと営業スマイル。もうこの笑顔はプロの領域だ。
「やっぱ、ユウちゃんは話しやすくていいよね。オタク友だちができた気分になるよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです☆ またゲームの話でも盛り上がりましょうね!」
こうして席に案内し、接客をこなしていく。
今日は何人かのお客さんを相手に接客をして、無事本日の業務は終了。
さて、着替えるか。
更衣室の前でノックをする。
「誰かいますか〜?」
返事は――ない。
(……よし、安全確認完了)
誰もいないことを確認して、更衣室のドアを開けた。
ちなみに――うちの『ウォーターガーデン』では、男女の更衣室は兼用だ。
普通なら男女別に分かれているはずなのだが、そこは都内家賃の壁という現実が立ちはだかったらしい。
開店当初は資金も少なく、更衣室が二部屋ある物件なんて借りられなかったそうだ。
今では移転できるくらいには店も儲かってるらしいが、スタッフ全員がこの店に妙に愛着を持ってしまい、ずっとここで営業を続けている。
「……とはいっても、更衣室は二つあった方がいいと思うんだが」
この店のメイドは俺以外みんな女性だ。
過去には、うっかり他のメイドさんが着替え中に入ってしまい、修羅場になった黒歴史もある。
あの時は本気で土下座案件だった……。
そんな苦い思い出を振り返りつつ、着替えを行う。
着替えを終え、店内のアンケートを確認する。
このお店『ウォーターガーデン』では、お客様アンケート制度が導入されている。
そして俺こと「ユウちゃん」も、わりとアンケート上位に食い込んでたりする。
理由はシンプルだ。
俺は男だから、「男がどうされると嬉しいか」 を熟知しているのだ。
くしくも、中学時代オタクで陰キャだった経験がここで役立っている。
当時は「女の子にこうされたら嬉しいのに…」と思っていたあれやこれやを、今、自ら実践しているわけだ。
この戦略がガチで刺さり、俺は人気メイドの一人になっている。
ここでは人気が上がると、給料にもインセンティブが乗る仕組みだ。
つまりアンケート評価は、文字通り収入に直結する重要ミッションなのである。
「うーん……やっぱり上位のメイドさんにはかなわないなぁ」
上位陣は皆、ここを専業でやってるメイドさんたちだ。
中には月収100万近く稼いでる猛者もいる。
――エグい。
うちの店は深夜0時まで営業しているが、高校生の俺は法律的に22時までしか働けない。
その時点で既に時間差ハンデがあるわけだ。
早く大学生になって、ガッツリ夜シフトも入れるようになりたい。
「それじゃあ、アリスさん、お先に失礼します」
「あっ、ちょっと待ってくだサイ」
背後からアリスが呼び止めてきた。
「どうしました、アリスさん?」
「ユウちゃん、最近働きすぎじゃありませンカ?」
……図星。
確かに、今週もそうだが、2年生になってからずっとシフト詰めまくってた。
シンプルにお金が欲しくて、どんどん入れてた結果だ。
「あー、まあ、お金が欲しいので……」
「ふむ。生活に困ってる、ということデスか?」
生活はそこまで切羽詰まってるわけじゃない。
親父ががむしゃらに働いてくれてるおかげで、家計は問題ない。
でも大学進学、将来の独り立ち――その時に金は必要になる。今のうちに稼いでおきたいだけだ。
「いえ、将来的に必要ですからね」
「なるほどデス。もし生活が苦しくなったら、遠慮なく言ってくだサイネ?」
「ありがとうございます」
「でも、あまり働きすぎはダメですよ? 休憩も大事デスよ?」
「わかってます〜」
ここが『ウォーターガーデン』の良いところでもある。
単に給料がいいだけじゃなく、こうやって店員への気遣いがちゃんとある。
普通、こういうランキング制やインセンティブ制のある店は人間関係がギスギスしがちだ。
他人を蹴落としてでも上位に行こうとする空気になりやすい。
だが――ここは違う。
たぶんアリスの人柄のおかげだろう。
おかげで、他のメイドさんたちも皆いい人ばかりだし、雰囲気がとても良い。
これがここで長く働けている理由のひとつだと思う。
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