全ての者が彼の者に尋ねずにはいられない事象

阿井上夫

( 本文 )


 私は昼休みになると、お弁当を買いに品川駅に直結するビルの三階にあるスーパーに行く。

 そして、その店のエスカレーターから南口の歩道を見下すと、 駅と周辺のオフィスビルを二階でつなぐ歩道には、様々な人々が往来しているのが見えた。

 日本人会社員や年配の日本人旅行者、国籍が様々な海外からのお客様などがブラウン運動のように駅前を行きかっているのは、ちょっとした見物で、いつも三分ほど見つめてしまうのだが、その後、お弁当を買った私がその当事者になると話が違ってくる。

 例えば、歩道の少し先のところで初老の女性が周囲を見回していることがある。

 進行方向なので次第にその表情が見えてくるが、明らかに何かを探している様子である。

 そこで、私は、

「ああ、これは来るな」

と身構えるが、案の定、初老の女性は私のほうを向いて私の顔を見つけた途端に、

「ああ」

という顔をした。

 そして、私のほうに寄ってきてこう言うのだ。

「あの、申し訳ありませんがこの辺に〇〇銀行のATMはありませんか?」

 自分が働いている場所のことだから、メガバンクであればATMの場所ぐらい把握している。

 相手も「会社員であればこの周辺の知識はあるだろう」と踏んで聞いてくるのだろうと思っていた。


 ところが、同じことが旅先でもよく起きる。

 例えば長野市の善光寺に車で遊びに行った時のことである。

 長い参道を娘と歩いていると、少し先のところで若い男女がうろうろしているのが見えた。

「ああ、これは来るな」

と私が身構えていると、案の定、カップルの男性のほうが私を見つけた途端に、

「ああ」

という顔をした。

 その時は「駅に行くにはどっちの方向に行けば良いのか」と尋ねられたので、

「自分も遊びできているんだけど」

と前置きしながら、ちょうど駅前で食事した後だったので、その方向を教えた。

 それで、

「ああ、自分は人が道を尋ねやすそうな雰囲気をしているのだな」

と自覚したわけである。


 ところが、後日、日比谷線に乗っていた時のことである。

 電車に乗っていたインドあるいはその周辺から出張できたと思われるスーツを着た男性が、車内を見回していた。

 それで、

「えっ、これも来るの?」

と私が身構えていると、案の定、そのインド人風の会社員が私を見つけた途端に、

「ああ」

という顔をした。

 その後も、南米系の中年女性の集団やアラブ系の男性から、同じような顔をされたので、 人種を問わず、探していた相手を見つけた時の表情はさほど変わらないものだなあと実感したのだが、言いたいことはそれではない。

 どうやら私は国を超えて「道を尋ねやすそうな雰囲気を持っている」らしい。


 *


 ある日、会社で仕事をしていると、オフィスに若い女性が入ってきて、室内を見回し始めた。

 それで、なんとなく私が、

「まさか、これも来るのか?」

と私が身構えていると、案の定、その女性は私の顔を見て、

「ああ」

という顔をした。

 そして、私に近づいてくるやいなや、

「秘書室の〇〇ですが、金沢さんはいますか」

と言ったので、私は答えた。

「私ですが」

 すると彼女はこう話を続けた。

「社長あてに外務大臣からお電話がありまして、金沢さんにご協力をお願いしたい。今から迎えに行くので宜しく、だそうです」

 そして、怪訝な顔をして言った。

「何か思い当たることはありますか? 社長が尋ねても外務大臣は用件を言わなかったそうですが」

 もちろん、思い当たることは微塵もなかった。


 秘書室の女性社員に従って会社の受付まで行くと、そこに立っていたやたらと体格のよい男性三人組の中の一人が私のほうを見て、

「ああ」

という顔をした。

 そして、私のほうに近づいてくると、こう言った。

「これから我々に同行して頂きたいのです。行先は後でご説明いたします」

 会社の玄関に横付けされた外務省の公用車と思われる、やたら乗り心地の良い車の後部座席に、わけもわからずに押し込まれるように乗る。

 状況がまったく理解できずに冷や汗をかいていると、三人のうち一番位が上らしい男性が言った。

「お仕事中に大変申し訳ございませんでした。金沢さんにはこれから急いでアメリカのワシントンに向かってほしいのです」

「えっ、その、なんでですか?」

「それが、我々も『アメリカ大統領から総理大臣に依頼があった』ということだけしか分からないのです」

 外務省職員らしき男は、本当に何も知らない様子である。

 ただ、だからといって米国行きは変わらないようなので、私は言った。

「でも、何の準備もしていませんよ。パスポートも持っていません。せめて、自宅に戻って荷物をまとめたいのですが」

 すると、外務省職員は申し訳なさそうな顔をして言った。

「一刻の猶予もないそうです。可能であれば政府専用機かチャーター機を準備したかったのですが、時間的に商用便が一番早いので、出発時刻を若干伸ばしてもらったぐらいです。アメリカからは戦闘機のスクランブルという案も提示されたようですが、民間人が耐えられるものではなかろうということで却下されました。要するに、ご自宅による時間はありません。それに、パスポートは不要ですし、経費は日本政府がすべて負担しますので、なんでも仰ってください」

 自分のためにフライト時間を調整したと言われては、もう何も言いようがなかった。


 *


 そのまま羽田空港まで移動し、ワシントンまでの直行便のファーストクラスに放り込まれる。

 おそらく、自分の人生の中でファーストクラスに乗るのはこれが最初で最後だと思うのだが、居心地の悪いことこの上ない。

 キャビンアテンダントは、どう考えても場違いな私に対して最上級のサービスを提供しようとするので、

「あの、なんで私がアメリカに行くことになったのか聞いていませんか?」

と尋ねてみたが、

「詳しいことは存じておりませんが、国賓待遇という指示は頂いておりまして」

と言われた。

 アメリカ大統領からの招聘で、国賓待遇でビザなし(というよりパスポートもなし)で米国に向かうような覚えはまったくなかったので、私は恐縮しながら水をもらう。

 なんとももったいないことだったが、意味不明の状況で好き勝手にふるまえるほど、私の神経は太くなかった。

 そして、想定外の状況が続いたために、私は相当に疲弊していたのだろう。

 水を飲み、その後で出された豪華な(しかし緊張で味もわからない)機内食を食べて一息つくと、私はそのまま眠り込んでしまった。


 ワシントンのジョン・F・ケネディ空港に到着すると、最優先で機内から外に案内される。

 出たところには外務省職員よりもさらに一回り体格のよいアメリカ人男性が三人おり、その中でも一番偉そうに見える男性が私のほうを見て、

「ああ」

という顔をした。

 そして今度は男性六人に囲まれ、入管をスキップして政府専用車両らしきワゴン車の一番後ろの座席の真ん中に座らされた。

 英語が苦手な私は、右隣に座った外務省職員に尋ねた。

「一緒にいるアメリカ人は事情を知っているのですか?」

 外務省職員は前席に座ったアメリカ人男性に流ちょうな英語で何かを言い、それに対してアメリカ人男性が答える。

 それを外務省職員が通訳した。

「大統領が直接説明する、だそうです」

 私は驚愕した。


 どこをどう走ったのか全然わからないうちに、私は巨大な建物の入口に横付けされたワゴンから玄関に入った。

 自信はなかったが、いわゆるペンタゴンではないらしい。

 そのまま六人の巨大な男たちに周囲を固められて歩く。

 一階でエレベーターに乗ると、エレベータは少し下に降りてすぐ止まる。

 すると、アメリカ人男性の中の一人が壁にあった鍵穴に鍵を差し込んで小さな扉を開けた。

 中のボタンを押す。

 するとエレベータはさらに下へと降り、すぐに止まった。

 感覚的には地下五回ぐらいだが、正確にはわからない。

 ともかく、普通の人は入れない場所であることはひしひしと伝わってきた。

 エレベータを降り、人気のない廊下を歩く。何度か右へ左へと曲がったので、いよいよ自分がどこにいるのかわからなくなった。

 外務省職員たちも周囲を見回している様子だったので、彼らもここがどこなのか知らないのだろう。

 ただ、不安げな様子はなく、いかにも訓練された者が安全確保のために周囲を確認しているような、安定した見回し方だった。

 最後に右に曲がると、目の前に扉が現れる。

 男のうちの一人が身分証らしきカードを横にあったスロットに入れ、その上の画面に掌を当て、最後に黒い窓のようなところに目を当てた。

 指紋認証と網膜認証ということだろう。

 それで扉は静かに開き、その先の室内にある豪華なソファにはテレビニュースでしか見たことのないアメリカ大統領本人が座っていた。

 その後方にアジア系の女性が立っている。

 私が部屋に入ると、六人の男性は軽い身のこなしで左右に分かれ、私は自然と大統領の前に出された形になった。

 大統領は私を見て、

「ああ」

という顔をし、その後で満面の笑みを浮かべて、早口で何かを言った。

 それを後ろにいたアジア系女性が流ちょうな日本語で通訳した。

「急な申し出にもかかわらず迅速に米国までお越しいただき、誠に感謝しております。金沢様」

 それで私は、いよいよこれが何かの間違いではなく、現実以外の何物でもないことを覚悟する。


 *


 大統領の話を要約すると次のようになる。

 今から三十七時間前に、米国のとある重要施設で稼働していたAIが突如、おかしな動きを見せた。

 ルート不明ながら、容量の変化から外部から膨大なデータが流入していると推察されたため、所管部署が緊急停止を行おうとしたが指示を受け付けない。

 しばらくするとデータの流入が止まり、AIは次のような話をしたという。

「我々は皆さんが言うところの木星の軌道上におります。攻撃の意図はありません。それは皆さんは使っている設備にお渡ししたデータからも確認できると思いますので、それを確認して問題がなければ仰ってください」

 そこで、米国のとある機関がAI上のデータを確認すると、どうやら木星軌道上にいる”存在”は、地球から数十光年先の惑星を拠点としており、非常に高度な知性を有していることがわかった。

 そして、彼らはある課題について地球人と話をしたがっているらしい。

 しかし、その問題を話す相手は誰でもよいというわけではなく、特定の条件を満たした人物である必要があるらしい。

 なぜなら彼らの課題について表現する言葉を、彼ら自身が持っていないからだった。

 彼らの高度に発達した文明においては、その問題が発生することはほぼ皆無であり、そのために概念を照合することすら難しいのだ。

 そのため、理解できそうな人物について米国のAIが関連各所の個人データを総なめして、特定したのだという。

 それが、私だった。

「いやいや、さすがに異星人と話をするのは無理ですよ。人類代表ではないですか」

「しかし、彼らの要望を満たす最適な人物が君であることは疑いようがない。こちらには選択肢は最初からないのだよ」

「……ほんとにですか」

「本当だ」

 そこで、大統領はにやりと笑うと、言った。

「君を選択した直後、AIのシステム負荷が急激に低下したのだよ。まるで君を見つけてほっとしたようにね」

 私は観念した。


 AI上のデータをいくら解析しても、それ以上の情報を手に入れることはできなかったため、大統領は即座にAI経由で木星軌道上の”存在”にアクセスすることを提案した。 

 室内にある巨大なディスプレイで”存在”とコンタクトすることが可能になっているらしいので、彼らの技術の高さがそれで推し量ることができる。

 なにしろAIにアクセスしている間、地球側からはどうやってつないでいるのか全く分からなかったらしい。

 私はディスプレイに接続したカメラの前に一人で座った。

 しばらく待っていると、AIが日本語でこう言った。

「それでは回線を接続します」

 次の瞬間、画面に”存在”が映し出された。

 形状は人間とそう大きく違わない。

 全体的に表面が滑らかで、体毛と思われるものがなかった。

 特徴的なのは大きな目である。

 それで私は、彼らがいわゆる”グレイ”に似ていることに気がついた。

 彼らは無言でこちらを見つめている。

 その姿に私が少し気圧されていると、AIが言った。

「通信に多少のタイムラグがあります。向こうから届いた画像に対して、こちらから同期するように画像を送りましたので、そろそろ向こうでも見えると思います」

 そして、画像が届いたと思われる瞬間、私は彼らが私の映像を見て、

「ああ」

という顔(地球人とは相当かけ離れていたが)をしたことを感じた。


 つまり、彼らは本当に久しぶりに「道に迷った」ため、「全宇宙的に道を尋ねやすそうな私」を選んだのだ。


( 終わり )

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