第6話 雪が溶ける日、涙の温度

春の雪が舞い始めた午後、ソラのスマートフォンに一通のメッセージが届いた。


 『ごめん、伝えなきゃいけないことがある。会って話すのは難しい。でも、どうしても、君にだけは言いたかった』


 送信者はアキだった。

 添えられていた住所は、ソラが知らなかった病院のものだった。


 その足で病院へ向かったソラは、受付で面会を申し出た。しかし、案の定、許可は下りなかった。


 「現在は感染対策のため、家族以外の方の面会はできません」


 淡々とした受付の声に、ソラは小さく頷いた。

 それでも、あきらめきれずにロビーの隅で待っていると、ふとポケットの中でスマホが震えた。


 『病室の窓の下に、今夜21時頃来てくれないか?中庭があって、裏からなら、この時間入れるみたいなんだ。』


 ただその一文だけだった。


 そして、夜。


 雪がしんしんと降りしきる中、ソラは指定された病棟の裏手へと足を運んだ。緩和ケア病棟のガラス窓の向こうに、小さく手を振るアキの姿があった。


 室内灯の暖かさに照らされた彼は笑顔でなんとかベッドから立ちあがり、窓のところまでやってきた。

 ソラも息を切らしながら、ガラスのすぐ前まで走り寄った。


 ふたりのあいだには、分厚い硝子の壁がある。声は届かない。手も届かない。

 それでも、ソラは何度も口を動かした。


 ——なんで言わなかったんだよ。

 ——会いに来てくれてありがとう。

 ——俺、ずっとお前が好きだった。今も。


 アキはゆっくりと右手をガラスにあてた。

 ソラも同じ場所に、そっと自分の手を重ねる。


 冷たいガラスの向こう、温もりは伝わらない。

 けれど、その重なった手のひらに、すべてが込められていた。


 アキは口元で「ありがとう」と言った。

 そして、唇をガラスに寄せるようにして、静かに目を閉じる。


 ソラもまた、同じように顔を近づけた。

 ふたりの唇は、ガラス越しにそっと重なった。


 その瞬間、空から大きな雪のひとひらが舞い降り、ソラの頬に触れた。

 その冷たさに、ふいに涙がこぼれる。


 涙と雪が交わり、頬を伝って静かに溶けていった。


 見上げると、アキは微笑んだまま、口元で何かを呟いていた。

 もう、声は届かない。

 でも、ソラにはわかった気がした。


 ガラス越しの最期のキス。

 それがふたりの、すべてだった。


 雪は静かに降り続き、ソラの肩に積もりはじめていた。


そしてー暗闇を照らす雪と消失した音だけがソラとアキ、二人の終わりを告げていた、

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『君に触れた雪が溶けて、まるで涙にみえる』 漣  @mantonyao

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