第2話 触れた雪の温度



 アキとソラは、並んで歩道を歩いていた。

 雪はさらに深く降り続き、街灯の光が白い粒を照らし出していた。

 通りを行き交う人はまばらで、ふたりの足音だけが、踏みしめた雪の上に静かに響く。


 会話らしい会話はなかった。

 久しぶりの再会には、あまりにも多くの感情が入り込みすぎていた。

 言葉を選べば選ぶほど、何も言えなくなってしまう——そんな空気が流れていた。


 ソラがふと口を開いた。


 「お前、なんか……変わってないな」


 「そうか?」

 アキは足元を見ながら答えた。

 「そっちは、見違えた。少し痩せたか?」


 「社会の洗礼ってやつだよ」

 ソラが苦笑し、ポケットの中で手を組む。

 「今でもあの家に住んでるのか?」


 「ああ。出ようと思ったけど、なんだかんだ出られなかった」

 「そっか……変わらないものって、あるんだな」


 雪が静かに肩に積もる。

 ふたりは駅から少し離れた川沿いの道に出た。

 川面は雪の反射を受けてかすかに光っており、水音だけが冬の夜を彩っていた。


 「寒くないか?」とソラが言った。


 「大丈夫。慣れてるし、嫌いじゃない」

 アキはそう言いながら、手袋を外して空に向かって掌を差し出した。

 降ってきた雪が指の上に乗り、じわじわと溶けていく。


 その様子を、ソラがじっと見つめていた。

 ふいに、彼は手袋を外し、自分の手をアキの手の上にそっと重ねた。


 驚いたアキが反射的に目を上げると、ソラは何も言わずに微笑んでいた。

 ふたりの手のひらのあいだで、雪が音もなく溶けていく。

 それは、まるでどちらかが流した涙のようだった。


 「……あったかいな」

 アキがぽつりと呟く。


 「お前の手が冷たいだけだろ」

 ソラの声には笑いが混ざっていたが、その目は真剣だった。


 指先から伝わる温もりが、胸の奥まで染み込んでいく。

 遠ざけていた記憶や感情が、触れた瞬間にまた息を吹き返したような気がした。


 「……なんで、今になって、こんなふうに会えるんだろうな」


 アキの言葉に、ソラはしばらく沈黙したあとで答えた。


 「わかんねえ。でも……雪が降ると、なんか会える気がしてた」


 その言葉に、アキは何も返さなかった。

 ただ、重なったままの手を、そっと握り返した。


 遠くで電車の走る音がかすかに聞こえた。

 白い街は静寂に包まれ、ふたりの存在だけが、確かにそこにあった。

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