#55 北と南。内と外。

 南側での銃声が空気の奥にほどけたのを合図に、グリーンは踊り場の手前で足を止めた。二階へ続く階段の途中から見おろせば、エントランス下の出入り口に四人、銃を肩に遊ばせたまま立っている。気の抜けた仕草の隙間に、場を張る硬さだけが残っていた。


 実況・末永【南側で交戦が始まった直後、こちら北側の戦場変華は足を止めて観察に入ります】

 解説・潮崎【無理に同時突入を狙わず、相手の注意が南へ向いた瞬間を拾う狙いですね】


「どうしたの?」

「イエロー、構えて」

「え? え…… うん」


 イエローは戸惑いを声の端ににじませながらも、ライフルを肩に乗せた。頬に当たるストックが冷たく、右手の汗がわずかに滑る。グリーンは視線を逸らさず、低く短く続ける。


「合図したら、奥のガラス扉を撃ち抜いて。上部狙いで、確実に壊す」

「了解」


『ここでガラスを割るの、視線誘導として強い』

『グリーンの真剣な顔、良すぎん?』


 最初の発砲から三十秒ほど。グリーンは鞄の口を指先で押し開け、金属の輪に触れた。


「それは?」

「スモークグレネード」


 実況・末永【ここで二階からのスモーク投入ですね。まずは見え方を制御します】

 解説・潮崎【煙で出入り口の動線を曖昧にした直後、ガラス上部を抜いて音と破片で注意を散らす。いい狙いですね】


((二階に到着。三階の屋上駐車場を目指す))


 レッドの無線が耳をかすめる。

 

「三階到達後はいったん待機。状況次第で追って指示する」

「了解!」

 

 本家ゲームのGSEでは、装備並びに所持アイテムには重量制限があり、プレイヤーの体型によって持ち歩ける総重量が決定される。

 

 その上でそれらはゲーム中ずっと負荷としてプレイヤーにかかってくる。

 走るにしても、それだけの重量を持ってということになるため、速く走ることも長距離を走ることも難しくなる。

 

 しかしトルトラでは戦うのは主に十代の少女たち。

 それをそのまま適用していたのでは、まともに戦場を移動することもままならなくなる。

 なので諸々の装備品の重量は低めに設定されており、かつ鞄の中にある時にはその重量を感じることなく動くことができるとなっていた。

 

『レッドの脚、いつも速い』

『上からの圧、来るやつだ』


 四十五秒を数え、グリーンの指が弾む。煙幕は手すり越しに弧を描き、出入り口の足元へ転がった。小さく跳ねる音に、男たちの気配が硬くなる。


「なんだ! 敵か?」

「グレネードだ!」


 白い煙が床の白線を呑み込み、膨らむように広がっていく。視界が曇るより早く、グリーンが言う。


「イエロー、今」

「OK」


 乾いた破裂音。背後のガラスが上から割れ、光の帯が砕けた破片に散る。驚きが怒鳴り声に変わる。


「撃ってきたぞ!」

「中に逃げ込め!」


 実況・末永【出入り口のNPCはディスプレイの陰へ後退。戦場変華、目的は“追わせず入る”です】

 解説・潮崎【相手に前へ出る理由を与えないのが肝。煙と破砕音で(いる場所)の手がかりをずらしています】


『音で煽って煙で消える、上手い』

『下は幻影撃ってるだけになってる』


「もう一発、ガラス」

「了解」


 イエローは煙の向こうに形のなくなった開口部を頭の中でなぞり、角度だけを信じてもう一度撃つ。砕け残っていたガラスがまとまって落ち、警戒の怒声が空転した。


「よし、行くよ」

「うん」


 グリーンは短い弾幕を煙に向けて置き、すぐ背を返して階段を駆け上がった。二人は踊り場を抜け、二階の出入り口からモール内へ滑り込む。足音がカーペットに吸われ、微かな硝煙の匂いだけが残る。


 実況・末永【二階からモール内へ侵入しましたね】

 解説・潮崎【階下ではNPCが煙に向けて威嚇射撃を行っています。幻影を追わせています】


 一階のほぼ中央には噴水があり、そこから屋上駐車場の休憩エリアまで大きな吹き抜けが伸びている。欄干に寄れば、下の展示物の影に潜り込んだ影が、いない相手へ向けてなおも弾を吐いているのが見えた。銃口の揺れは焦りのリズムを隠しきれない。


((屋上駐車場到着。今、休憩エリアにいる))


 レッドの声がもう一度落ちてくる。グリーンは欄干から視線を外し、イエローと目を合わせて、頷いた。胸の奥の緊張は静かだ。足元の床材の弾力を確かめるように、二人は二階の陰へ溶け込んだ。


 

 

 

 モール内の空気は、外気よりすこし冷たい。磨かれたタイルに照明が淡く映り、甘い匂いがわずかに残っていた。南出入り口を抜けたノヴァは、吹き抜け手前でいったん止まり、北から届く乾いた銃声の間隔を数える。


「二手に分かれる。私はヒナとそのまま進む。リンはチェリーと階段で上へ。速度は落とさない。警戒は目だけで」


「了解」


「任せて」


 短い返事のあと、靴音が軽く刻まれる。ノヴァとヒナは店舗のディスプレイを使い、隠れながら進む。リンとチェリーは階段の手すり内側に体を沿わせる。階上を警戒しつつ、ゆっくりクリアにしてゆく。

 

 北側での銃声が届いてくるが、油断はできない。リンが西側を。そしてチェリーが東側を一通りチェックした。

 

 ((二階西側、クリア))

 ((同じく東側、クリア))

 

 無線に対して、ノヴァが返す。

 

 ((そのまま前進。北側の様子を確認できるところまで進む))

 

 ヒナは頷き、サブマシンガンを胸に引き寄せる。エスカレーターの櫛の先で光が瞬き、上がりきった踊り場に季節のポスターが揺れていた。二階の通路は人影がない。遠くの欄干の向こう、北側の一角だけが薄くざわめいている。


 実況・末永【ここでガーデンフォースは、部隊を二手に分けて、一階と二階から同時に北側を目指したわけですが】

 解説・潮崎【NPCとの戦いに乗じて戦場変華を攻撃する。または、NPCを倒し切った後の油断を突く。といった狙いだったのかも知れません】


 二階ではリンとチェリーが。そして一階ではノヴァとヒナが身を屈めながら北に向かって進んで行く。絨毯の敷かれたフロアのおかげで、足音を気にすることなく一気に。

 

 周囲への警戒を怠っていたわけではないが、銃声があることで、“そこで銃撃戦が行われている”と無意識に思い込まされていたことにはまだ気づかなかった。

 

 一階と二階の部隊がほぼ同時に吹き抜け区画にたどり着く。

 ここはモールのほぼ中央に位置する広場。“ほぼ”というのは、正確には北側に近い場所だったから。

 

 一階の噴水広場からは、もう目と鼻の先にNPCの部隊を捉えることができた。

 

 ((二階部隊も一階に合流する))

 

 リンが無線で伝え、一人止まったエスカレーターを慎重に下り始めたところで。

 乾いた狙撃音。

 

 三階の休憩エリアから虎視眈々狙っていたレッドの一撃がリンを捉えた。

 リンの肩が弾かれ、膝が折れた。空いた手すりに指が掠り、靴がエスカレーターの段鼻で空回りする。銀色の段に背中を打ちながら、音だけを残して落ちていった。

 

 「敵襲!? どこから?」

 

 ヒナが怯えて声を上げる。と同時に、狙撃音に気づいた北側のNPCもモール内、自分たちの背後に意識を向けた。


 実況・末永【三階の休憩エリアからワンショット。レッド、正確です】

 解説・潮崎【二階へ降りる瞬間を突かれました。〈移動の節〉は狙撃手のごちそうです】


「リン、ダウン。三階北、休憩エリア、射点確定」

 チェリーは即座に身を切り、広告スタンドの陰へ滑り込む。スコープを割って覗く角度は浅い。高所の欄干だけが視界の隅で光った。


 その刹那、下の展示物の影がこちらを捉えた。北側のトラッシュジャッカルが一斉に身を起こし、南へ向けて一段高い怒声を重ねる。


「来てるぞ! 南からだ!」

「抑えろ、抑えろ!」


「前へ」

 ノヴァはライオットシールドを斜めに立て、噴水の縁へ寄せる。ヒナがフラワーポットの影をひとまたぎ、サブマシンガンを短く刻んだ。散った硝煙の甘い匂いに、破片が混ざる。


『リン…… 今のは痛い』

『でもノヴァの押し、速い』

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