#45 テレビ局は非日常
ゴールデンウィークに入ると、宇都宮でも各所でイベントが立て続けに開かれる。
とりわけオリオンスクエアのアニメフェスタは毎年盛況で、県内外から人波が押し寄せる。北関東最大のアニメイベントと謳われるのも頷ける盛況だ。
そのほか食の催しやベルモールのイベントでも、アイドルたちは引っぱりだこ。
この期間だけは、トルトラ由来の仕事の制約や事務所の垣根を越え、各グループがさながら“戦友”のように現場を回す。
アイドルたちは宇都宮を拠点としているが、イベントは宇都宮だけとは限らない。県内全域で呼ばれるので、他事務所所属の複数グループが、同行ロケバスで移動し、ポイントごとに事務所の車へ乗り換え、それぞれの会場へ散っていく——そんな慌ただしさが、いまも街を駆けていた。
その喧騒から半歩離れた千堂事務所にも、この日やるべき重大な案件があった。
巧翔は、ちゆき・巡・縁の3人を連れて、アングラTVを訪れていた。
理由は単純明快。顔見せ。というのが一番ではあるが、ちゆきと巡のトルトラ用の3Dモデル作成のための採寸。それと、データのための体力測定という理由もあるのだった。
体力測定は引率ついでに自分も受ける羽目になり、渋々やって来たのだが、なぜか武琉もくっついてきていた。
紀壱郎のワゴン車を借り、四人を乗せてアングラTVに着くと巡と縁は少し緊張した様子を見せる。
「ほ、本当に私たち、入ってもいいんですか?」
「うん、呼び出されてるからね。むしろ、お客さんだぞ! くらいの態度で入ってもいいくらいじゃないか?」
「無理ですよ。だって、テレビ局ですよ?」
声を若干振るわせる縁に、ちょっとしたイタズラ心でそう言った。
「大丈夫スよ。ただの挨拶ですから」
すぐさま縁にフォローを入れる武琉。平静を装ってはいるが、若干声が高くなっているのは突っ込まないでおく。そのかわり、別のことを突っ込む。
「ところで武琉くんはなんでついてきたのかな? 呼ばれてないよね?」
「僕は…… 唐沢さんから言われて、その…… 手伝いをしてるスから、その定期報告も兼ねてスよ」
実際、そうであってもなくても別に構わない。ただちょっとからかってみたかっただけなので。
局内に入ると、ロビーのモニターにはテロップが無音で流れ、照明の白さが床のワックスに反射している。
受け付けのそばに、みた顔が待っていた。
クセの強い秘書、ミヲリだった。
「こんにちは、貴志さん。お待ちしておりました」
「こちらこそ、よろしくお願いします…… っ」
そこまで口にして、巧翔はミヲリの名前をちゃんと知らないことに気がついた。
そこから先をどう話したものか思案していると、それを察した様子でミヲリが笑う。
「立花 ミヲリです。あの人の変なカリスマ性からか、いつも初対面では名前を覚えられることは少ないので、気にしないでください」
「なるほど。唐沢さんの話しは人を惹きつけますからね」
とは返したものの、少なくとも半分は貴女のやり取りにもあると思うんだけど。とは言えなかった。
ミヲリの指示でちゆきと巡は女性スタッフと一緒に更衣室に向かった。
一度登録した体型データは当面トルトラの基準値になる——だから今日の数値は彼女たちの“初期装備”だ。緊張することなく、自然体で動くことをアドバイスしておいた。
特に巡にとっては、テレビ局内など初めて訪れる場所だから、緊張するなということ自体酷だ。しかしその点は、ちゆきがどうにかしてくれると信じていた。
巧翔と武琉と縁の三人は社長室のはずだったが、先客があるらしく、空いている楽屋へと案内された。
遠くのスタジオから低いキックの音が、空調の風に混じって鼓膜をくすぐった。
楽屋では、例によってエナジードリンクを出された。
いただきながら、もしやこれは唐沢のプロデュースしたエナジードリンクなのでは? というのと、社長自らエナジードリンクを愛飲することで、社員は問答無用で厳しいスケジュールで仕事をさせられているのでは?
とも思ったが、おそらくそんなことはないのだろう。
「貴志さんは、着替えを別室に用意してございますので、着替えた後に地下のスタジオまでお越し下さい」
そうこうしていると、自分だけお呼びがかかった。巡たちと同じように運動能力の測定を行うのだろう。だがそれであれば先に言って欲しかった。
もうエナジードリンクを飲んでしまったので、お腹がたぷたぷする。一気飲みするほど若くなくてよかったが、半分でもちょっとキツイ。
本来なら唐沢と話して、巡たちの測定諸々が済んだ後に行う予定だったのだろうが、先客との話が思いのほか長引いているようだった。
巧翔は控え室を出ていきしなに。
「武琉くん、変なことしちゃダメだぞ」
と茶化すように言葉を投げた。
「しないスよ!」
と、ムキになる様子を楽しむと、それにミヲリが続けた。
「それでは、あとは若い者同士で……」
と言って扉を閉めた。
扉の向こうから「しないスよ!」ともう一度聞こえた。
ミヲリの顔を見てサムズアップすると、「wktkが止まりません」と、ミヲリもニヤリと笑みを浮かべて返したのだった。
巧翔は、局内でそれ言う? をグッと飲み込んだ。
隣の部屋で着替えを済ませた巧翔は、指示どおりエレベーターへ。表示板には【B1 大スタジオ】とあり、そのまま地下へと籠が降りていった。
その頃。同じく着替えを終えたちゆきと巡。
ソファに腰掛ける巡は、落ち着かない足先を止められずにいた。そこへちゆきが正面に立ち、にっこり笑う。
「大丈夫ですよ、巡さん。今日は撮影じゃなくて“身体測定だけ”。新学期に学校でやったのと同じです」
顔の前、三十センチほど。その声はとても落ち着いていて、よく通る。
「そっか、そうだね。ただの身体測定か……」
巡の心が落ち着いた。肩からすっと力が抜ける。まだデビューすらしてないのだから、カメラの前に立つとか、そんなことがあるわけがない。
テレビ局という、今まで非日常だった空間に入れられただけで己を見失うとは…… 思わず小さな苦笑がこぼれた。
「ありがとう、ちゆきちゃん。おかげで落ち着くことができたよ」
と、笑顔を返すことができた。
ちゆきも「よかったです」と満面の笑みでそれに応えててくれた。
ドアがノックされる。
「採寸室、準備できました。ご案内します」
と、スタッフの声。
ちゆきが「お願いします」と先に立ち、巡も深呼吸ひとつ。二人は白い廊下へ歩き出した。
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