#29 SURVIVE FIELDへようこそ

 金曜日の夜のこと。部屋で夕食をとっていると、突然スマホが鳴った。

 ディスプレイに映った名前は、昔からのサバゲー仲間の一人だ。

 

 スピーカーモードにして応答すると、「よう巧翔、元気か! 今なにしてる?」と、やたら通る声が部屋に響き渡り、慌ててボリュームを下げた。

 

 忘れていた。地声の大きいこいつからの電話は、出る前にいつもそうしていたことを。

 

「今晩飯の途中だよ」

 

 と言うと、そいつは興味津々に聞いてくる。

 

「ほう、社長の豪華ディナーって、どんなもんなんだ?」

「ほう。もなにもあるか。普通に弁当屋の弁当だ」

 

 こいつには、かなり早い段階で千堂事務所を引き継ぐことになった話しはしてあったので、「ちぇっ」と言う短いがっかりした言葉もがっつり聞こえてくる。

 

「そんな話をするために電話して来たのか?」

「なあ、明日空いてるか?」


 芸能界は、一般企業のように、きっちり土日が休みということはない。どちらかと言えば、サービス業のそれに近い。

 所属タレントがデビューもしていない事務所では、課題は山積みでも、休みがないほどではなかった。

 

「まあ、なんとかなるけど……どうした」

「サバゲー行こかないか? 社長業も疲れるだろ? いいリフレッシュになるぞ」


 茶化すような声に、思わず苦笑が漏れる。

 

「……お前なぁ。さっきから、人の肩書きをネタに冷やかすなよ」

「いいじゃねぇか。お偉いさんが泥まみれになるの、俺ら大好きだからな!」


 冗談半分のやり取りに、心が少し軽くなる。

 

「どこでやるんだ?」

「遠くはないさ。工業団地の南にある倉庫のフィールドだ。以前やったことあったろ?」

「ああ、覚えてる。なかなか面白い場所だったよな」

 

 東部にある工業団地の南側。畑の真ん中にぽつんと残った倉庫―― かつて運送会社が使っていた建物はいま、サバイバルゲーム用のフィールドに改装されている。外壁の看板には古びた社名がかすかに残り、その上から「SURVIVE FIELD」の文字がスプレーで描かれていた。

 確かに気分転換には悪くない―― そう思って承諾した。


 翌朝。マンション前に白いワンボックスが停まり、運転席から昨日電話をかけてきた仲間が顔を出した。


「おーい、社長さん! 今日もよろしくな!」

「……その呼び方、やめろって」


 苦笑しながら助手席に乗り込む。免許は持っているが車はない。なので、いつもこうして迎えに来てもらっていた。

 わざわざ運転席から降りて来て、後部ドアを開けて待つ。荷物を受け取り、テキパキと車に詰め込む。こんなに気の利くやつじゃなかったはずだが。

 と思っていると、大仰に助手席のドアを開けて乗り込むのを待っている。

 

「お前、わざとやってるだろ」


 呆れ笑いで問い詰めると。

 

「社長なんだから当然だろ? 運転なんかせずに、全て部下に任せるもんだ」

「部下じゃなくてお前だろ」

「ははっ! 細けえこと気にすんな」


 笑いながらハンドルを切った仲間は、ふと思い出したように言った。


「そういやさ、最初はリムジンでもレンタルして迎えに行こうかと思ったんだよ」

「……は?」

「でも無かったわ、リムジン。そもそも借りる金もねぇしな。いくらかかるか知らんけど」


 ガハハと笑う仲間に、呆れ顔で返す。

 

「お前の社長のイメージは、誰がモデルなんだよ……」


 二人で笑い合いながら車は走り出す。窓の外には灰色のアスファルト、やがて工業団地の景色が流れ、畑が見えてくると、今日の舞台があった。


 車で到着すると、駐車場にはすでに二人の仲間が待っていた。これで巧翔を入れて四人、今日のチームが揃った。

 

 倉庫の正面に立つと、胸の奥で高揚感が膨らんだ。 

 久々の挨拶を済ませて、中を覗く。

 

 内部に入れば、油の染みついた匂いと木材の乾いた香りが混じって漂う。蛍光灯の光は白々しく広い床に反射し、鉄骨の影を鋭く落としていた。

 床はワックスで磨かれたオーク材。歩けば足音が壁に跳ね返り、空間の広さが響きで分かる。


 何度か来たことのある場所だが、ここは一か月ごとにマップが組み替えられる。

 上下二段に木製パレットを積むことのできるパレットラックが、障害物の役割を果たしている。

 パレットには、ドラム缶や、重石を入れて冷蔵庫に見せたダンボールが一まとまりになっていたりしていた。

 

 前回の時は、パレットラックの一面に壁や窓が再現されていて、部屋っぽくなっていた。

 

「今日は純粋な倉庫スタイルのフィールドだな」

 

 重ねられたパレットの隙間から向こうを覗き見ることができた。

 うん、楽しめそうだな。と、自然と口角が上がった。


 隣接する事務所で受付を済ませ、更衣室で迷彩服に着替える。ゴーグルを装着し、インカムを付ける。慣れ親しんだ電動ガンを握った瞬間、心臓の鼓動が一段早まる。


 待機スペースでは、対戦相手の女性チームがすでに集まっていた。今日は四対四のチーム戦。

 相手チームのリーダーと思われる、ショートヘアの女性が握手を求めてくる。

 にこやかな雰囲気で「今日はよろしくお願いします!」と挨拶され、仲間が「いやいや、手加減なしで頼むぜ」と相変わらずのでかい声で返した。


「うちのチーム、突っ込んでくる男子相手は得意なんですよ~」

 

 茶目っ気たっぷりに笑う茶髪ロングの女性。

 

「……油断しなければ、ね」

 

 淡々と告げる、小柄でメガネの女性。その冷静さに空気が引き締まる。


 巧翔は「じゃあダメだな。こっちは突っ込み突破しか頭にない脳筋どもだからな」と肩をすくめ、仲間と笑い合った。


 その輪から少し外れた位置に、もう一人の女性がいた。

 長いポニーテールが、長身と相待ってすごく絵になる立ち姿だった。

 他のメンバーとは対照的に静かで、凛とした緊張を纏っている。

 ゴーグルとキャップで顔はほとんど隠れているが、ただ落ち着いた仕草に、やけに大人びた雰囲気を感じた。


 事務所から顔を出したスタッフの声が響く。

 

「第一試合、準備してください!」


 全員がフィールド内へと移動する。

 東西に長い倉庫の、東側が女性チームの陣地。西側が巧翔たちの陣地。

 

 事前に配られたマップを元に、作戦をたてる。

 マップによると、フォークリフトが通る通路。を想定したのだろう幅広な通路が中心から十字に伸びている。だが、東西に伸びる通路は、東と西ではワンブロックずつずれていた。

 

 そういったこともあり、中央部にはわりと広い空間があった。

 巧翔たちの方は、北側の陣地のあるエリアが若干広くて、南側はやや狭い。反対に女性チームに方は南側に陣地があって、北側が狭くなっていた。

 

「で? 作戦は?」

 

 とリーダーに訊ねる。

 なんとなくその予感はあった。

 

「よし、二手に分かれる。俺とこいつで左から。お前と巧翔で右からだ」

 

 と、相変わらずのでかい声で指示を出した。

 

「おい、全部筒抜けだ」

 

 頭を抱えたのは、巧翔だけではなかった。

 言う前に指摘しても、それができないのがこの男。全員が端から諦めていたことだった。


「おい、旗は守らんでいいのか?」


 呆れながらも思わず口を挟む。だが返ってきたのは笑い声混じりの言葉だった。


「ははっ、そんなもん、敵を全員ぶっ倒せば必要ないだろ」

「そうそう! 撃ち合いで勝ってこそだろ!」

 

 その作戦には意を唱えることのない二人。結局は声がでかいかでかくないかだけの違いで、中身はみんな一緒だった。


 頼もしげというより、ただの攻め馬鹿。巧翔は小さく肩をすくめ、苦笑を浮かべる。


(まあ…… そういうチームか)


 だが、銃を握り直した瞬間に血が騒ぐのを感じた。

 

『それでは、第一ゲームスタートです』

 

 スピーカーから流れるアナウンスの直後、学校のチャイムのような音が鳴り響いた。それは倉庫作業の開始を模した合図でもあった。

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