オリオン
冬島れん
第1話 青空
黒髪にグレーの瞳。それが駿の特徴だ。両親や兄も黒目なので、そこがコンプレックスでもあったが。
「……また、あの夢か」
どこかの部屋に閉じ込められる幼い自分。泣き叫んでも、ドアを叩いても、真っ暗な部屋で泣いている。“お兄ちゃん”が助けてくれた。その顔を忘れてしまったけれど、駿にとって恩人だ。
二階から下りて台所に行き、朝食を作り始めた。あまり料理は得意ではないが、ほうれん草のおひたしと焼き鮭、そして二人人分の弁当が二時間かけてようやくできた。出来上がった料理を居間の机に運んで一息つく。
「っと、起こしにいくか」
駿の住む家はいわゆる武家屋敷だ。今は亡き祖父が駿に遺したが、駿ひとりにはとても広すぎた。親友の
父はずっと東京に住みたかったらしく、東京本社に異動が決まった時は奇声をあげていた。父は「駿なら任せられる!」と言って、最近出来上がった新築マンションに引っ越した。
二階に上がり、千景の部屋に向かった。ふすまを開けると、布団のかたまりが目に入る。
「千景、起きろ」
布団からもぞもぞと動き手がのびる。そして金髪の頭がのそりと出てきた。
「あー……、もう朝ぁ?」
「朝だよ。これから朝食だから着替えろよ」
「あぁー……、ねみぃ……」
「夜遅くまで起きてるからだろうが」
「システムエンジニアは夜にも案件が来るんだよ。俺だって寝たいわ。フリーランスにでもなろうかなー」
「ハッカーのくせに……」
いただきます、と言って千景は料理を口に運んだ。
「半生……」
「前より進歩しただろ」
祖父が亡くなり、駿が家を継いだばかりの頃の料理はひどかった。みそ汁はわかめでみちみちで味が薄く、ご飯はおかゆ状態、卵焼きは焦げていた。
「……。まあ成長したわ」
その料理の味をを思い出したのか、千景は苦い顔をする。
朝食を食べ終わると食器をシンクに置いて、学校指定のカバンに手をかけて登校準備をしていると――。
「駿ーー! 学校行こーー!!」
バカでかい声が家に響く。居間は玄関から離れているが、それでも聞こえてくるその声を駿は知っている。駿は頭を抱え、千景は遠い目をした。
「居間にいても聞こえるこの声は……」
「一緒にソードアンドシールドやろーぜ!」
「ニキ……」
カバンをひっかけて、駿はまだ朝食を食べ終えていない千景に声をかける。
「行ってきまーす!」
「おー」
ドタバタと急いで駿が家を出た。それを見送ってコーヒーを飲みながら千景はつぶやく。
「……あいつ、食器洗いの当番、俺におしつけたな」
◇◇◇
「ニキ、うるせえ」
家を出てみれば、駿と同じ制服を着た桃色髪の少年。その隣には呆れて何も言えない赤髪の少年がいた。
「はろー、駿」
同級生のニキが笑ってゲーム機を見せる。制服はブレザーだが、ニキのネクタイがべろんべろんに結ばれていた。仕方なく、ニキのネクタイを結び直す。
「駿、千景は?」
「仕事ー」
「大変じゃん。なー、りょーちんどう思う?」
「……俺に聞くなよ」
「ニキ、めっちゃワイシャツにしわ寄ってるぞ。アイロンかけろよ」
「あい……ろ、ん?」
ニキには通じないようだ。
「なあなあ、俺もさ駿の家に住んでいい? 最近雨漏りがひどいし、瓦礫の上に布団敷いてるから、よく寝れなくてさー……」
「お前廃墟にでも住んでるの?」
駿たちはニキの家を知らない。家族についてもだ。ニキ自身が話さないので駿たちも無理に聞こうとは思わなかった。
「別に住んでもいいけど、掃除とか料理は協力しろよ」
「やったーーー!!」
「……あんまニキを甘やかすなよ」
「いや、単純に家が広すぎて掃除が行き届かないんだよね。よかったら遼も住む? 」
遼は少し考えこむと、「……保留」と答えた。遼なりに思うところがあるのだろう。遼は口数は少ない。しかも家族の話をされることを極端に嫌がる。両親のことは少し話すが兄と妹のことは口にすることはない。
「あ、遼がブルーな気分に! よっしゃ俺が――」
「もしアピカ音頭歌ったらぶちのめすぞ」
ニキが黙って挙げていた手をおろした。歌う気だったらしい。駿はそれを軽くスルーした。制服の胸ポケットには、亡き祖父が遺した手帳がある。その最後のページには、【
「化野……」
書生姿の青年が思い出される。今はまだ大丈夫。駿はそう思って、言い合っている二人に、「早く行こうぜ」と学校に行くため歩き出した。
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