オリオン

冬島れん

第1話 青空

 駿しゅんの朝は早い。午前五時に起き、制服に着替える。苦手だったネクタイを結べるようになって成長したと思う。

 黒髪にグレーの瞳。それが駿の特徴だ。両親や兄も黒目なので、そこがコンプレックスでもあったが。

「……また、あの夢か」

 どこかの部屋に閉じ込められる幼い自分。泣き叫んでも、ドアを叩いても、真っ暗な部屋で泣いている。“お兄ちゃん”が助けてくれた。その顔を忘れてしまったけれど、駿にとって恩人だ。

 二階から下りて台所に行き、朝食を作り始めた。あまり料理は得意ではないが、ほうれん草のおひたしと焼き鮭、そして二人人分の弁当が二時間かけてようやくできた。出来上がった料理を居間の机に運んで一息つく。

「っと、起こしにいくか」

 駿の住む家はいわゆる武家屋敷だ。今は亡き祖父が駿に遺したが、駿ひとりにはとても広すぎた。親友の千景ちかげは「駿はひとりだと死にそうだから」と、駿を心配して梓川邸あずさがわていに住むこととなり寂しくなくなったが。

 父はずっと東京に住みたかったらしく、東京本社に異動が決まった時は奇声をあげていた。父は「駿なら任せられる!」と言って、最近出来上がった新築マンションに引っ越した。

 二階に上がり、千景の部屋に向かった。ふすまを開けると、布団のかたまりが目に入る。

「千景、起きろ」

 布団からもぞもぞと動き手がのびる。そして金髪の頭がのそりと出てきた。

「あー……、もう朝ぁ?」

「朝だよ。これから朝食だから着替えろよ」

 薄氷色うすらひいろの瞳が眠たげに開かれる。まだ完全には目を覚ましていないらしい。寝間着代わりの短パンとのびきった大きめなTシャツ姿の千景が、あくびをしながら眠そうに着替えて始める。

「あぁー……、ねみぃ……」

「夜遅くまで起きてるからだろうが」

「システムエンジニアは夜にも案件が来るんだよ。俺だって寝たいわ。フリーランスにでもなろうかなー」

「ハッカーのくせに……」

 いただきます、と言って千景は料理を口に運んだ。

「半生……」

「前より進歩しただろ」

 祖父が亡くなり、駿が家を継いだばかりの頃の料理はひどかった。みそ汁はわかめでみちみちで味が薄く、ご飯はおかゆ状態、卵焼きは焦げていた。

「……。まあ成長したわ」

 その料理の味をを思い出したのか、千景は苦い顔をする。

 朝食を食べ終わると食器をシンクに置いて、学校指定のカバンに手をかけて登校準備をしていると――。

「駿ーー! 学校行こーー!!」

 バカでかい声が家に響く。居間は玄関から離れているが、それでも聞こえてくるその声を駿は知っている。駿は頭を抱え、千景は遠い目をした。

「居間にいても聞こえるこの声は……」

「一緒にソードアンドシールドやろーぜ!」

「ニキ……」

 カバンをひっかけて、駿はまだ朝食を食べ終えていない千景に声をかける。

「行ってきまーす!」

「おー」

 ドタバタと急いで駿が家を出た。それを見送ってコーヒーを飲みながら千景はつぶやく。

「……あいつ、食器洗いの当番、俺におしつけたな」


◇◇◇


「ニキ、うるせえ」

 家を出てみれば、駿と同じ制服を着た桃色髪の少年。その隣には呆れて何も言えない赤髪の少年がいた。

「はろー、駿」

 同級生のニキが笑ってゲーム機を見せる。制服はブレザーだが、ニキのネクタイがべろんべろんに結ばれていた。仕方なく、ニキのネクタイを結び直す。

「駿、千景は?」

「仕事ー」

「大変じゃん。なー、りょーちんどう思う?」

「……俺に聞くなよ」

 りょうは面倒くさそうに口を開いた。遼はいつも不機嫌そうな顔をしているが、それでも駿が困った時にはなんだかんだ言って助けてくれる。

「ニキ、めっちゃワイシャツにしわ寄ってるぞ。アイロンかけろよ」

「あい……ろ、ん?」

 ニキには通じないようだ。

「なあなあ、俺もさ駿の家に住んでいい? 最近雨漏りがひどいし、瓦礫の上に布団敷いてるから、よく寝れなくてさー……」

「お前廃墟にでも住んでるの?」

 駿たちはニキの家を知らない。家族についてもだ。ニキ自身が話さないので駿たちも無理に聞こうとは思わなかった。

「別に住んでもいいけど、掃除とか料理は協力しろよ」

「やったーーー!!」

「……あんまニキを甘やかすなよ」

「いや、単純に家が広すぎて掃除が行き届かないんだよね。よかったら遼も住む? 」

 遼は少し考えこむと、「……保留」と答えた。遼なりに思うところがあるのだろう。遼は口数は少ない。しかも家族の話をされることを極端に嫌がる。両親のことは少し話すが兄と妹のことは口にすることはない。

「あ、遼がブルーな気分に! よっしゃ俺が――」

「もしアピカ音頭歌ったらぶちのめすぞ」

 ニキが黙って挙げていた手をおろした。歌う気だったらしい。駿はそれを軽くスルーした。制服の胸ポケットには、亡き祖父が遺した手帳がある。その最後のページには、【化野あだしのには気をつけろ】と書かれていた。

「化野……」

 書生姿の青年が思い出される。今はまだ大丈夫。駿はそう思って、言い合っている二人に、「早く行こうぜ」と学校に行くため歩き出した。

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