第五話 トキメキのクラスメイト

長谷光葉(ながたにてるは)は、心の中で大きく頷いていた。


(これだわ! 運命の出会いってヤツよ!)


 教室の窓から差し込む春の陽光に、淡く照らされた彼の横顔。朝、暴走トラックを素手で止めたあの謎の少年が、まさか同じクラスだったなんて!


(これって、アレじゃない? 食パンくわえて登校してたら、角でぶつかった相手が超絶イケメンで、恋が始まる──みたいなシチュエーション!)


 しかもその彼が、超常現象並の謎の力を持っていて、実は地元じゃ有名なスーパー男子とか……そんなスペック、ある!? いや、ある。今、目の前にある!


(これは僥倖……圧倒的僥倖……ッ!!)


 顔が自然とほころび、口元が緩んでいくのを止められなかった。ごらんのとおり、彼女は中二病でロマンチスト、そしてSF・超常現象ヲタクである。しかも行動派。見た目こそ清楚でお嬢様然としているが、中身は飛んで火に入る夏の虫。謎を感じれば即ダイブ。そう、光葉は「突撃型乙女」だった。


(彼には、絶対……何かある! 恋と謎、なんて素敵な組み合わせなの……)


 白岳が教室を出た瞬間、光葉も席を立ち、小走りで追う。


「ごめんね、用事があるから、また明日ね♪」


 誘ってきた女子たちに爽やかに笑顔を向け、あっさりと切り上げる。目線はただ一人、廊下を進む白岳の背中をロックオン。その様子を、もう一人の女子が見逃さなかった。


 西条ジェシカ──その肩にかけたレザーのショルダーバッグは、表面こそオシャレなカジュアル系だが、中身は軍用。折りたたみ式防弾盾、自動拳銃、手錠にスタンガン──とんでもない物騒さである。


(……接近者確認。長谷光葉。対象と接触中。身元、即時照会を要請──)


 彼女はCIAのジュニアエージェントにして、シークレットサービスの現地担当。仕事モードに入ったジェシカは、冷ややかに光葉の動向を睨みつけると、同じく席を立ち、教室をあとにした。


(白岳ヤスアキ……私が守ってあげる)


◇◆◇


 午後の光が少しずつ傾きはじめた呉の街。僕は原宮高校の校門を出て、ゆるやかな坂道を下っていた。

春の風が制服の裾を揺らし、遠くでカモメが鳴いている。呉市美術館の横を抜け、レンガ道の坂を下って、眼鏡橋バス停が見えてきた、そのときだった。


「白岳くん! ちょっと待って!」


 背後から、勢いのある声。 ──来た。 センサーはとっくに彼女の接近を検知していた。けれど僕は、気づかないフリを決め込んでいたのに。


「長谷さん? 何か用?」


 僕は努めて無表情で、振り返る。


「うん! 今朝のお礼をちゃんと言いたくて! それと、白岳くんに聞きたいことがあって!」


 息を切らしながらも、瞳はキラキラと輝いている。


「聞きたいこと……?」


「そうなの! あの暴走トラックをどうやって止めたのかって! バンパー、ぐしゃっと凹んでたし……」


(やばい。完全に見られてる。あの時の“物理停止”が……! 口止めしなきゃ!)


 僕が思考を巡らすと、頭のどこかで思考補助的人工知能が『人知れず彼女を亡き者にする10の方法』をシミュレートし始める。


(おい、不穏すぎるだろ! 停止。 即座にだ)


 首を横にぶんぶん振って、その物騒なアイディアをかき消した。そんな僕の混乱の最中、さらなる波乱がやってきた。


「Mr.白岳! ちょっといいかな? 君に話があるんだ」


 透き通る声とともに、もう一人の女子──西条ジェシカが現れる。


「西条さん……?」


「折り入ってお願いがあって来たの。少しだけ、時間もらえる?」


 その声音は穏やかだが、瞳には何か鋭いものが宿っていた。その場に、ぴりっとした静寂が走る。……しかし、光葉は怯まなかった。


「西条さん。ごめんね? でも白岳くんとは先約があるの。明日にしてもらえるかな?」


「うん、どうする? Mr.白岳?」


 僕は目の前の二人の美少女を交互に見た。どちらも譲る気ゼロ。


(あぁもう、何なんだこのモテイベントは!?)


 しかし、今は何よりも“口止め”が最優先。


「今日は長谷さんと話すよ。西条さん、ごめん。また明日、時間つくるから」


 ジェシカの顔が一瞬、素で止まった。 ポカーン。 そして、信じられないものを見たように、僕と光葉を見比べていた。僕はその視線から目を逸らし、光葉と一緒に歩き出した。


【西条ジェシカの心の声】

(……な、なにそれ? 私が選ばれない!? こんなこと、今までに……ないわよ!?)

(護衛しやすくなるから、彼女になってあげようって思ってたのに! シミュレーションの成功率も高かったのに!)

(くっ……ジャパニーズ男子って、何考えてるか本当にわかんない!)


◇◆◇


 僕たちは、中通り商店街の裏にあるカフェに入った。平日の昼下がり。人影は少なく、店内には微かにジャズが流れている。光葉と向かい合って、僕は紅茶を一口。


「ねぇ白岳くん、本当のところ教えて。あのトラック、どうやって止めたの? 気とか? 念力? それとも……まさかのロボット?」


「いや、偶然だよ、偶然!」


 焦って声が裏返る。


「たまたまタイミングが良くて、ブレーキも効いてて、俺の踏ん張りがいい感じに加わって──」


「それ、嘘でしょ」


 あっさり断言された。


「普通じゃないよ、あれ。スゴかったもん。人間離れしてた。だから聞いてるの。君って、未来人? それとも宇宙人?」


(いや、そこ!?)


「違う! 僕は──まあ、普通の高校生、かな……たぶん……」


 その“たぶん”の部分が、いろいろと危うい。光葉は目を細めて、僕をじっと見つめた。


「ふーん。じゃあさ、今朝のこと、誰にも言わないって約束しようか?」


「うん、それは助かるよ……!」


「ただし、条件付きでね」


「……えっ」


 光葉はニッコリ笑った。まるで勝利の確信に満ちた探偵のように。


「私と付き合うか、最低でも友達になること。それが条件」


 思わずお茶を吹きそうになった。


「えええ!? そ、それって……」


「うん、どっちでもいいよ。選ばせてあげる♪」


 選択肢、実質一択──!! ……でも、ここで断ったらマズい。


(よし、ここは“最低でも友達”で切り抜ける!)


「……分かった。じゃあ、友達から、なら」


「やったぁー!!」


 光葉は両手を軽く突き上げ、小さくガッツポーズ。 まぶしい。


「じゃあ、明日から一緒に登校しよ♪」


 そう言って笑いかけてきた彼女は、本当に眩しかった。でも──その笑顔の裏に、どんな波乱が待っているのか。 僕は、まだ知らない。

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