第32話 歩む者

 窟の中は、外の陽光とは打って変わって薄暗く、無駄のない石造りの空間だった。祈りの窟――古来、精神の試練の場とされる場所。


 俺が中央の円形の石床に足を踏み入れた瞬間、周囲の壁に沿って青白い炎がひとつ、またひとつと灯っていく。その光は眩しすぎず、けれど、確かに空間の輪郭を浮かび上がらせた。


 ……自己と向き合う、か。

 クレアの言葉を思い出す。

 俺はその場に胡坐をかき、静かに目を閉じた。


 音は何も聞こえない。風すら流れてこない完全な静寂。

 ゆっくりと呼吸を整え、精神を内へと沈めていく。


 ――どれくらい時間が経ったのか。


 突然、ざわつくような人の声が耳を打った。 声につられて目を開くと、かつて通っていた学校の教室が目の前に広がっていた。

 あれ? どうしてこんな所にいるんだ? 直前まで何していたのか、ちっとも思い出せない。


「うおっ、俺Sランクだった! やっべ、最強じゃん!」


「ちょっ、お前ステータス200超えてんの!? チートかよ!」


「ジョブ“竜騎士”とか、くっそカッコいいんだけど」


 そこにいたのは、間違いなく俺のクラスメイトたち。 どこかで見たことのある光景。そんな気がする。


「アヤト、お前はどうなんだよ?」


 誰かが声をかけてくる。 訳が分からない状態で、俺は促されるままに自然にステータス画面を開いた。


 ――ジョブ:なし。適性:オールF。能力値:すべて1。


「はっ、マジかよ。こいつ、ゴミじゃん」


「使えねー……こんなんが勇者? 笑わせんなって」


 歓声は冷笑に変わり、空気が一変する。いつの間にかどこかの王族までもが現れ、俺を「処刑対象」とまで言い放った。


 逃げ出したくても、足が動かない。頭を抱え、縮こまった俺の髪をつかみ、無理やり顔を上げさせたのは――リョウタだった。


「ゴミ勇者は、村人でもやってろよ」


 その言葉が、深く突き刺さる。

 俺は何者にもなれない。

 誰の役にも立てない。


 ……ずっと思ってた。誰にも言わなかったけど、どこかで諦めてた。

 「俺なんて、いてもいなくても変わらないんだろ」って。

 だけど――それでも、まだ俺は、ここに立ってる。


 ……俺は……


 そのときだった。 胸元で“チリ……”と、何かが微かに鳴った。 何かが、体の奥底から応えてくる。視界の端に、ステータスウィンドウが浮かぶ。


 画面中央に、新たな文字列が浮かび上がっていた。



≪称号:村人――小さき者として生きる覚悟≫



 瞬間、意識の底で何かが弾けた。

 俺は……村人に助けられ、命を繋いだ。

 薪を割り、水を運び、畑を耕し、時に裁縫までやった。その行動一つ一つが俺の糧になった。無駄になったことなんて一つもない。


 鍛錬は、俺の歩みだ。誇っていいはずだ。

 ゆっくりと顔を上げる。

 驚いた表情のままのリョウタに、俺は拳を握り直して向き合った。


「……うるさいんだよ」


 一撃。

 拳が振り抜かれた瞬間、世界がガラスのように砕け散った。



≪ステータス更新≫


名前:ハヤツジ アヤト

ジョブ:―――

称号:村人

レベル:1

HP:60/90

MP:75/75

筋力:18

耐久:18

敏捷:12

知力:12

精神:15

器用:14



 そして、次なる試練が――俺を待っていた。


 気づけば、俺は夜の村の広場の中心にいた。

 息が詰まりそうな圧迫感がある。見上げると三体の巨大なミノタウロスが、俺を取り囲んでいたのだ。


 地響きを立てて振り下ろされる拳。避けきれずに何発も受け、骨が砕け、血が噴き出す。遠くでは、村人たちが取り囲み、沈痛な表情でこちらを見ていた。

 吐き気を催すような痛みに思わず膝を折る。それでも倒れるわけにはいかなかった。


 胸の奥が再び熱を帯びる。画面が明滅し、ステータスウィンドウに文字が浮かぶ。



≪称号:ミノタウロスハンター――恐怖を越えて拳を貫いた証≫



 こんなところで……負けるわけにはいかない。


 俺は血まみれの拳を握りしめ、咆哮とともに一体を殴り飛ばす。肉が裂け、骨が砕ける手応え。残る二体も、拳と膝でねじ伏せるようにして打ち倒した。


 立ち尽くす俺の前に、ステータスが更新されていく。



【ステータス更新】


名前:ハヤツジ アヤト

ジョブ:――

称号:ミノタウロスハンター

レベル:1

HP:120/340

MP:200/340

筋力:50

耐久:68

敏捷:30

知力:15

精神:68

器用:30



 そして――



 視界が揺れ、次の敵が姿を現す。 銀の鎧に身を包み、冷たい視線をこちらに向ける女騎士。その姿は、どこかで見た記憶があるが、思い出す事が出来ない。頭の整理が追い付かないうちに、剣を構えた彼女は、躊躇なく俺へと突っ込んできた。


 ――ザクリ。


 鋭い痛みが腹部を貫く。熱と冷たさが混じる感覚に、吐き気がこみ上げる。口から血がこぼれた。それでも、俺は剣を抜こうとはしなかった。踏みとどまった足が体を押し返す。


 画面が再び明滅する。



≪称号:女騎士を屈した者――信頼と誇りを折らずに導いた絆≫



「――ぐ、ああああああっ!」


 痛みとともに湧き上がる力をそのままに、俺は女騎士に組み付き、そのまま押し倒して馬乗りになる。 拳を振り上げた俺の顔を、彼女は穏やかな笑みで見上げていた。

 その姿が蜃気楼のように揺らぎ、静かに消えていく。



【ステータス更新】


名前:ハヤツジ アヤト

ジョブ:――

称号:女騎士を屈した者

レベル:1

HP:121/385

MP:350/380

筋力:69

耐久:76

敏捷:36

知力:26

精神:76

器用:35



 次の瞬間、四方八方から無数の足音が響いた。


 ゴブリンの群れ。


 小柄な身体で群れをなして襲いかかってくる彼らに、俺はもみくちゃにされ、殴られ、蹴られる。さらにはアーチャーたちの矢が容赦なく降り注ぎ、追い打ちをかけるようにゴブリンロードが巨大な棍棒を振りかぶる。


 その棍棒を、俺は両腕で受け止めた。


 耐えられる……!


 そして、その瞬間――



≪称号:ゴブリンスレイヤー――窮地を切り開いた先陣の風≫



「――そこだッ!」


 力を込めて踏み込み、渾身の蹴りを放つ。

 ゴブリンロードの身体が吹き飛び、後続のゴブリンたちもろとも瓦礫の中へと沈んでいった。



【ステータス更新】


名前:ハヤツジ アヤト

ジョブ:――

称号:ゴブリンスレイヤー

レベル:1

HP:280/420

MP:380/390

筋力:73

耐久:83

敏捷:48

知力:34

精神:78

器用:51



 静寂。戦いが終わったあとの空気が、痛いほど重くのしかかる。暗闇の中、俺はただ一人、立ち尽くしていた。

 その時だった。 目の前に、再びステータス画面が現れる。



≪称号反応検出≫


『村人』――小さき者として生きる覚悟

『ミノタウロスハンター』――恐怖を越えて拳を貫いた証

『女騎士を屈した者』――信頼と誇りを折らずに導いた絆

『ゴブリンスレイヤー』――窮地を切り開いた先陣の風



――称号が、あなたを“証明”する。



 その瞬間、画面に新たな称号が浮かび上がった。



≪称号:歩む者≫



――新たなスキルを閃きました――


『心撃(しんげき)』

効果:敵の精神を穿つ一撃。使用時、装備・防御効果無視のダメージ。

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