第29話 封じられた拳、残された力

 ヤールの店に到着する頃には、俺の身体はほとんどフィーナに支えられている状態だった。まさか、指輪一つでここまで弱るとは……。


「どうしたんですか、若旦那!」


 ヤールが目を丸くして駆け寄ってくる。


「実は……この指輪が呪われていたみたいで。どんな効果が付与されているかわからないんだ。鑑定してくれないか?」


俺が短く事情を説明すると、ヤールはすぐに頷いた。


「わかりました。すぐに鑑定しましょう」


 ヤールは俺の装着している指輪をルーペでじっくりと観察し、いくつかのチェック項目を確認していく。そして最後に、低い声で何かの呪文のようなものを唱えた。おそらくはそれが鑑定系のスキルなんだろう。


「……これは……」


 ヤールの顔色が変わった。深刻そうなその表情に俺は内容を覚悟した。


「これは、かなり強力な呪いがかけられています。装備者の筋力や耐久といったパラメータを大幅に下げる効果です。ステータスはご確認されましたか?」


「いや、確認してない。……ステータスオープン」


 俺は意識を集中し、いつものようにステータス画面を呼び出した。


―――――――――――――――――


名前:ハヤツジ アヤト

ジョブ:――

称号:ゴブリンスレイヤー

レベル:1


【能力値】

HP:60/90(-330)

MP:360/390

筋力:15(-58)

耐久:17(-66)

敏捷:10(-38)

知力:34

精神:78

器用:51


【スキル】

正拳突き:使用不可

連牙拳:使用不可

迅脚:使用不可

連閃脚:使用不可

その他、攻撃系スキルはすべて使用不可


―――――――――――――――――


「……これは、ひどいな」


 思わず呟いてしまう。筋力系のパラメータが、およそ五分の一になっている。おまけに俺の主要な攻撃手段のスキルはほぼすべて使えなくなっている。これだけ体がだるいのも納得だ。


「解除するにはどうすればいい?」


「強力な解呪魔法が必要になりますな。大聖堂にいる上級司祭クラスの力でなければ、この呪いは解けないでしょう。この街では難しいですな」


「そんな……」


 フィーナが不安そうな声を上げる。


「破壊は? 装備そのものを壊せば……」


「やめておいた方がいいでしょう。呪いの装備は無理に外そうとすれば、装備者に大きな負担がかかります。場合によっては……命に関わるかもしれません」


 こんな指輪一つでここまでの事になるなんて。もっと警戒すべきだった。


「……くそっ。これじゃ、ダンジョン攻略もままならないな」


「ダンジョンだなんて、とんでもない! とても戦える状態ではありませんよ。それはご自身が一番よく分かっているはずです」


「……それでも、俺は行かないといけないんだ」


「落ち着いてください。ダンジョンは逃げません。調査は他の冒険者に任せれば――」


「それじゃ、ダメなんだ」


 俺の語気が、少し強くなる。


「どういうことです?」


 ヤールの問いに、俺は溜めていた感情をぶつけるように話した。リョウタのこと。ギルドでの嫌がらせ。そして、今回の指輪の件。


「……そこまでの事情があるのなら……。一度、ギルドに相談してみてください。直接的に手助けは難しいかもしれませんが、何か手立てが見つかるかもしれません」


 フィーナと目を合わせる。

 迷いはなかった。


「行こう、フィーナ」

「はいっ」


 リョウタの仕掛けた罠に屈するつもりはない。たとえ足元をすくわれたとしても、立ち上がって、前へ進む。


 俺たちはギルドへと向かった。希望の糸を、たぐり寄せるために。



***



 受付のミランダに事情を話すと、すぐに奥の応接室に案内された。


「少し待っててくださいね」そう言い残してミランダが部屋から出て行く。そしてしばらくすると一人の男性と一緒に応接室に戻ってきた。


「こちら、この街のギルドのギルドマスターをしている。ジェイクさんです」


「初めまして、ジェイクだ。よろしく。君の活躍の話は既に耳に入っているよ」


 短く切りそろえられた髪に鍛え上げられた肉体。まるで軍人みたいだ。ロビーにいた冒険者たちとは一線を隔す事は俺でもわかった。


「アヤトです」

「フィーナといいます。よろしくお願いします」


 握手を交わして椅子に腰を下ろす。

 その様子を見てジェイクは何かを察したようだった。


「それが、呪いの指輪か。かなり体に負担がかかっているようだな」


「ええ、まあ、そうですね……」


 俺は順番にギルドに来るまでの経緯を説明した。


「なるほどな。話には聞いていたが、リョウタという勇者はなかなかに執念深い性格をしているらしい。狩場の件といい困ったものだ」


「他の冒険者からも何件かクレームをいただいているんです。でも、ギルドとしてはなかなか対応することも難しく……」


 ミランダが申し訳なさそうに顔を伏せる。


 フィーナが、少し遠慮がちに、それでも真剣なまなざしで口を開いた。


「どうしてですか? もしかして、あの人が勇者ということと関係があるんですか?」


「その通りだ。リョウタの行動は見過ごせないものがある。だが、彼は冒険者である前に勇者なんだ。勇者の管理は王族直属の存在。下手に動けば、王族との軋轢を生むことになりかねない」


 なるほど、そういうことか。リョウタは王族の権力を振りかざしてやりたい放題してるってわけだ。

 だが、今はリョウタの事はどうでもいい。沈黙が流れる中、俺は口を開いた。


「俺は……何もあいつをどうこうして欲しいっていうわけじゃないんだ」


 ジェイクの灰色の鋭い瞳がこっちを見ていた。


「俺は、あいつより先にダンジョンを攻略する。そのために、一刻も早く今の状況をどうにかしたいだけです」


「……だが、残念ながら、その商人が言うようにすぐに指輪の呪いを解くことは難しいな……。仮に王都まで呪いを解きに行ったとしても戻ってくるまでには数か月はかかるだろうな」


 まあ、そうだろうな。正直そこには期待はしていない。


「どうしてもダンジョンにこだわるんですか?」


 ミランダが、攻めるでもなく、真剣なまなざしで問いかけた。


「あいつが、ダンジョンを攻略してしまえば、また自分を正当化するに決まってる。この街でも、ギルドでも、勇者として居座る。それを止められるのは、正面から実力で上回るしかない」


 俺の言葉に、応接室の空気が静まった。


「ですが、――今の状態では……あまりにも無謀です」


 ミランダがフィーナへ視線を向ける。彼女にかかる負担が大きすぎると、言外に示していた。


「ああ、分かってる。だからこそ……今の俺でも戦える方法を探してるんだ」


 俺はスキルウィンドウを開いて、ステータス画面をふたりに見せた。


「この呪いで、筋力も敏捷も使い物にならなくなった。けど、精神と知力には影響がない。……つまり、そこを軸にすれば、まだ可能性はあると思うんだ」


「――なるほど……魔法を新たに習得しようということか?」


 俺は首を横に振って否定する。


「俺はたぶん、魔法は習得できない。出来たとしても使い物にならないんだ」


 オールFの適正画面を見せる。ジェイクの目がわずかに見開かれ、ミランダは半ば絶句していた。こんなにFだらけの人間は見たことないんだろう。


「では、どうするつもりだ? 今の状態では実戦経験も積めない。魔物と戦うこと自体が危険だ。となれば、レベルアップでスキルを習得するのも難しいだろう」


 ジェイクが静かに言った。的確で、厳しい現実だ。だが、俺にはそれを上回る特性がある。

 俺はひとつ、深呼吸をしてから告げた。


「……実は、俺には“ある特異性”がある。レベルや経験値に関係なく、鍛錬を積むことでスキルやステータスを上げられるんだ」


 ミランダの眉が動く。ジェイクは、目を細めて言った。


「なるほど。それが適正Fでもミノタウロスを倒したという秘密か……。それが本当なら……思い当たる場所がひとつある」


 ジェイクは少し言葉を選ぶように間を置き、それから静かに口を開いた。


「辺境伯の管轄に、マナの濃度が極端に高い土地がある。森の奥、精霊が住むと言われている“祈りの窟(いわや)”。そこは王都の宮廷魔導士すら修行に使う場所だ。ただし、一般人は立ち入りが制限されている」


「……“祈りの窟”、か」


 聞き慣れないその名前に、俺は思わず問いかけた。


「そこって、具体的にどんな場所なんですか?」


 ジェイクは口元を引き結び、静かに答える。


「古くは精霊たちの礼拝所だったと伝えられている土地だ。今では王都の魔導士たちが、“限界を超える”ための試練の場として使われると聞く。中には、精神を砕かれて戻ってきた者もいるほどの場所だ」


 思わず背筋が伸びる。訓練の場とはいえ、ただの修行では済まされない雰囲気があった。


「けど……そこに入れれば、何か得られるかもしれない……?」


「ああ、可能性はある。ただし、それを受け取れるだけの覚悟がある者に限る」


 覚悟か。それなら望むところだ。俺の鍛錬Sはそういう場所で輝くもんだろ。


「可能性があるなら行ってみます。その辺境伯に取り次いでもらうことはできますか?」


「ああ、もちろんだ。ミランダ、辺境伯邸へ案内してやってくれ」


「はい、ギルドマスター」


 こうして俺たちは、次なる希望を求めて、辺境伯のもとを訪れることになった。


「危険を恐れないか……。勇ましいものだな、それが勇者ということか」


 ジェイクがぽつりと呟いた。その声には、皮肉でも否定でもなく、むしろ少しだけ感心したような響きがあった。

 呪われた状態でも立ち止まらず、突破口を探し続ける姿を、彼なりに認めてくれたのかもしれない。


 けれど俺は、自分が勇者だなんて思ったことはない。

 これはただ――絶対に、負けたくないって気持ちの先にある道を選んできた結果なんだ。

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