第25話 連携の刃、加速する三重奏

 火と煙とステータス異常のエフェクトが入り乱れる戦場の中、俺たちは着実に戦果を上げていた。


 とはいえ、こちらのHPはじわじわと削られ、回復アイテムも残り少ない。

 スキルのクールタイム管理も限界が見え始めていた。


 「前方、2時の位置!『使徒』の強襲型が来る!」


 ミリアの声で、視線を向ける。

 向こうから駆けてくるのは、大剣を背負った黒髪の男プレイヤー。

 『星巡りの使徒』の幹部クラス──恐らくエリスに次ぐ実力者だ。


 「ユズちゃん、こっちの左から迂回して援護を──」


 「させませんよ」


 突然、俺たちの側面に回り込むように現れたスピア使いの女性が、ユズの動線を封じる。


 「くっ……!」


 敵が動き始めた。

 混乱が解け、ついに『星巡りの使徒』の本気が表に出てきたのだ。


 「ベビーさん……!」


 「わかってる!」


 俺は『夜泣き』を発動。


 「うぇえええええええん!!」


 周囲にピンク色の音波が拡散し、敵味方問わず睡眠判定をばら撒く。

 運良く、突撃してきた幹部組がその場で足を止め──パタン、と眠りについた。


 「落ちた! 1人寝たよ!?」


 「睡眠有効! 今がチャンス、ミリア!」


 「『エターナル・ミスト』!」


 ミリアが視界を覆う霧の魔法を展開。

 視界を遮り、ユズが再び動けるようになる。


 ──その瞬間。


 戦場の構図が、少しだけ動いた。


 敵の包囲陣の左翼が──崩れた。


 「ここだ……!」


 俺たちは一瞬の隙を見逃さなかった。

 3人で中央突破を狙い、眠った幹部たちをスルーして、乱戦状態から脱出する。


 相手の戦術が緻密なら、こちらはそれ以上に“乱戦上等”。

 混乱を制した側が主導権を握るのだ。


 俺は最後に振り返り、エリスを見た。


 彼女は、騒がしい戦場の向こうで静かにこちらを見つめていた。


 その顔に、ほんの一瞬──“笑み”が浮かんだ気がした。


 勝ち筋は、まだ遠い。


 でも、“勝てる可能性”が現実として見えた。


 たった3人でも、誰かの背中を守って、前に進めるって──

 それを証明する戦いが、まだまだ続いていく。



 霧が戦場を包み込み、視界は白く曇っていた。

 でも俺たちは、その中を迷わず走る。霧はミリアが張ったもの。ユズの剣が敵の注意を逸らし、俺の『夜泣き』で混乱が拡がった。

 10人に囲まれた状況からの──まさかの脱出。


 「……ふぅ。何とか、抜けたか……」


 瓦礫の陰に隠れながら、俺は一息つく。

 赤ちゃんにしてはだいぶ激しい動きだけど、こっちはスキル移動と転がりで移動距離を稼げる。

 地味に優秀なのだ、這いよる寝返り。


 「ベビーさん、大丈夫……?」


 ミリアがすぐそばで肩を落としていた。さすがにMPの消費が激しかったようだ。


 「まあ、ミルクがあればどうとでもなる。飲ませてくれ」


 「えっ、今ここで!? う、うん……ちょっとだけなら……」


 ミリアの手から小瓶を受け取り、俺はちゅーっと吸う。回復音がポヨンと鳴り、体力とMPが少しだけ戻る。


 「くぅー、生き返る……」


 「こ、これ実況に映ってないよね……?」


 「安心しろ。映ってても、癒やし枠だ」


 ユズが周囲を警戒しながら、剣を構え直して振り返る。


 「でも、向こうもすぐ立て直してくるよね……どうする?」


 「こっちも、次の攻めを考えるしかないな」


 残り人数──こちら3人。向こうはまだ10人も残っている。

 でも、混乱で前線は崩壊気味。まだ、希望はある。


 「やるぞ。三人で、最後までやりきる。それがうちのギルドの……泣き虫と魔法使いの、戦い方だろ?」


 俺の言葉に、ミリアとユズが静かにうなずいた。


 「うん。最後まで、一緒に」


 「わたし、逃げないよ。守るためにも、ちゃんと戦う」


 その時だった。


 ──ズン。


 地面が小さく揺れた。いや、正確には“踏み鳴らされた”音だ。重装の足音。


 「来る……!」


 瓦礫の向こうから、のっそりと現れたのは、『星巡りの使徒』の重量級タンク担当、ガレアス。

 分厚い金属鎧に身を包み、巨大な盾とハンマーを構えてこちらに迫ってくる。


 「やっと見つけたぞ……赤子ども。今度こそ、正面から叩き潰す」


 「赤子どもってなんだ、三人いるうち一人しか赤ちゃんじゃないぞ」


 言いながら、俺は身構える。タンクタイプは単体ではさほど怖くないが──

 この状況で時間を稼がれると、他の敵が合流してくる。


 「ミリア、準備を」


 「了解。詠唱入る!」


 「ユズ、タイミング合わせてくれ」


 「うんっ、絶対外さない!」


 ──3人の呼吸が合う。この数日で何十回も繰り返してきた動きが、今ここで真価を発揮する。


 俺たちの“ギルドバトル”は、まだまだこれからだ。



 目の前に立ちはだかるのは、『星巡りの使徒』の重装戦士──ガレアス。

 でかい、硬い、鈍い。そして、タンク型にしてはやたらと殴りが重い。


 「逃げ道は、ないぞ……」


 奴は巨大なハンマーを肩に担ぎながら、じわじわとこちらへ詰めてくる。

 機動力こそ低いが、一撃を喰らえば即終了──まさにゲーム的な意味でも、現実的な意味でも“即死”。


 「ユズ、ミリア。あれ、俺の突撃で動き止める。あとは任せた」


 「え!? ちょっ、ベビーさん! 無茶じゃ──」


 「いいんだ。これは、俺の仕事だ」


 俺は一歩、前に出る。

 そして、可愛くかつダイナミックに叫んだ。


 「スキル発動──『ハイパーハグダイブ』!!」


 キュピーンという謎の効果音と共に、俺は跳躍する。

 空中で一回転しながら、ガレアスの顔面めがけて一直線にダイブ──


 「なっ……!?」


 ドゴォッ!!


 ──命中。

 スキル効果により、ベビーはガレアスに“抱きついた”。

 抱擁ダメージ発生。しかも“柔らかい敵に特効”の条件付き。


 「……なんだこの……妙にエモい圧力は……!?」


 「特効だ……!」


 盾も鎧も無視して、内部にダメージが通る。

 ステータス異常『混乱』付与発動、ガレアスがふらついた。


 「今だ、ミリア!!」


 「『フロスト・バースト』!!」


 ガレアスの足元に氷の魔法が炸裂、地面を凍結させて移動速度を大幅に減少させる。

 視界が一瞬、白く染まる。


 「ユズ、頼んだ!」


 「いっけぇええええええっ!!」


 剣が一閃、凍結した地面を滑りながら加速し、ユズの突きがガレアスの腹部に叩き込まれる。


 ──クリティカルヒット。


 衝撃でバランスを崩したガレアスは、そのまま後ろの瓦礫へ倒れ込み、動きを止めた。


 『星巡りの使徒・ガレアスを撃破しました』


 システムログが、俺たちの勝利を告げる。


 「や、やった……!? ベビーさん、すごすぎる!!」


 「……あの攻撃、スキル名に似合わず高火力過ぎる……」


 「ハグに全力を込めた結果だ……!」


 俺たちは状況の把握をしながら、次の行動を検討した。

 周囲にはまだ敵の気配がある。油断すれば、一瞬でひっくり返される戦局だ。


 「でも、これであのタンクがいなくなった。少しだけ、動きやすくなるね」


 「ああ、次の一手が重要だ。今のうちに距離を取って、体制を整えよう」


 残り、敵は9人。


 まだ“勝利”が見えてきたわけじゃない。

 でも、“不可能”という言葉が少しずつ遠ざかっていくのを、俺は確かに感じていた。



 「……ガレアス、落ちたか」


 どこかで誰かがつぶやいた。

 それを合図にしたように、戦場の空気が変わる。


 静かに、しかし確実に──『星巡りの使徒』の中心が動き出す。


 その人物は、瓦礫の塔の上からこちらを見下ろしていた。

 長い銀髪と銀と青のローブ、宙に浮かぶような軽やかさ。

 ギルド『星巡りの使徒』のリーダー、『エリス』。


 「そろそろ、わたしも遊びに行こうかしら」


 彼女の足元がふわりと浮かび、次の瞬間──

 風も、音も、視界もない。


 「!? 消えた……?」


 ──いや、違う。速すぎて、見えないだけだ。


 「上っ!」


 ユズの叫びと同時に、ミリアが防御魔法を張る。


 「『ヴェイル・シールド』!!」


 青い障壁が展開された瞬間、空から閃光が走った。

 エリスが放った『フォトン・スラスト』が魔法障壁に直撃し、激しい光を散らす。


 「……さすがね、ミリア」


 「うぅ、痛かった……けど、間に合った!」


 エリスは軽く笑みを浮かべたまま、空中で止まる。

 その背中には、まるで星屑をまとったようなエフェクトが漂っていた。


 「ここまで仲間を支えて戦えるって、ちょっと……羨ましいわ」


 「……エリス」


 「でも──羨ましいだけじゃ、勝てないの。わたしも、『星巡り』を背負ってるから」


 次の瞬間、空から星が降る。


 エリスがスキルを詠唱する。

 その詠唱は、ただの魔法ではない。演出と力を兼ねた、ギルドリーダーだけが持つ専用スキル。


 「『スターゲイザー:天啓の雨』」


 夜空のような空間が戦場に広がり、上空から小さな光弾が無数に降り注いだ。

 範囲は広大。逃げ道がない。


 「ミリア、ユズ、後ろに!」


 俺はスキル『這いよる寝返り』を発動し、爆風の中を転がるようにしてミリアとユズを庇うように配置につく。


 ドォン、ドォン、ドォォォン!!


 爆発と光の中で、システムログがちらつく。

 回避成功、ガード成功、微量のダメージ。だが致命傷は避けた。


 光が収まった時、エリスはすでに別の場所に移動していた。


 「ふふっ、やっぱり楽しいわね……赤ちゃん」


 「俺は別に……遊びに来たわけじゃないんだけどな」


 「それでも──あなたたちは、目立ちすぎたわ。ここで潰しておかないと、未来が変わってしまう」


 その言葉には、どこか運命のような重みがあった。


 ──エリスが本気を出してきた。


 ここからが、本当の“ギルドバトル”の核心。

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