死神見習いと100の旅路で
水瀬千暁
第1話(1)~死神見習いと人の世界~
扉を抜けた先に待っていたのは、どこまでも広がる蒼穹でした。
眼下には人々が暮らす街があります。
立ち並ぶ家々。なびく旗。笑顔で走り回る子供たち。
そこには、命の営みが広がっていました。
少し視線をあげれば、広大な自然が広がります。
海に山に森に川に……。
自然で暮らす動物たち。小さな村もありました。
これから、この世界でどんな人と出会うのでしょうか。
どんな経験が私を待っているのでしょうか。
想いをはせるだけで、胸がドキドキします。
あとは、少しばかりの不安も。
灰桃色の髪に薄藤色の瞳。
黒のローブに身を包むその少女は、どこか儚げで幻想的な雰囲気を感じさせます。
小柄な体に愛らしい顔立ち。
美少女と聞かれれば、もしかしたら私の顔を浮かべる人もいるのではないでしょうか?
なんだか少し恥ずかしいですね。でも、悪い気はしません。
そんな少女の名前は、イザベル。
死神見習いの、イザベルです。
私は今日、この日、一人前の死神になるために
魔界(ノクティエル)から人間界(ミレア)に降り立ちます。
……のはずなのですが。
「あびゅびゅびゅばばっばば」
人間界へ通じる扉を抜けた先に待っていたのはまさかの上空。
優雅に詩的に登場してみましたが、そんな余裕ありません。
急降下まっただ中です。
「どぅぶぶびょびょばばぶぶ」
私の肩に爪を立てて必死にしがみつくのは使い魔の黒猫・クロエ。
小さなその身に風を受け、とてもブサイクな顔になっています。
なんて語る私も全身で風を受けます。
口の中、まぶたの裏、とにかくあらゆるところへ風が入り込みます。
その表情はなんと表現したらいいのでしょうか。
とりあえず、美少女とはほど遠いことは確かでしょうね。
「死ぬ! 死ぬ! このままでは墜落して死にます!」
まさに死の形相。
死を司る神(見習い)がいきなり死ぬって笑えません。
というか……ふつうこういうのは街の中ですよね?
扉を抜けたら街が広がり、ゆきかう人々と──という展開では?
先生め……いつか弔ってやる……。
そんな文句もむなしいかな。重力にまかせるまま、さらに勢いを増して落下します。
ヤバい。マジで死ぬ。
ペシ! ペシ! とクロエが私の頭を叩きます。
「こんなときに何するんですか⁉」
ですがクロエは叩き続けます。
「そ、そうだ……! 羽衣!」
秀才な私ははたと思いつきました。
身にまとうこの羽衣を使うことで私は空を飛ぶことができるのです。
意識を集中させて、羽衣の操作を試みます。
養成学校時代はコントロールが利かずにうまく飛べませんでした。
ですが、今の私はもう違います。
「なんだあれ?」
「人じゃね?」
「空から落ちてきてるの?」
「やべーな」
街の人々が空から落ちる美少女に目を奪われています。
みんなとても心配そうです。
すでに上空20メートルほど。
これはかなり強い力で飛ばないと、落下の勢いに負けてしまいそうです。
私はくわっ!と目を見開くと同時に羽衣に力を込めます。
そして見事に落下の勢いを殺し、地面スレスレで止まることに成功しました。
……ふう、一安心。
そういえば昔、先生がこんなことを言っていました。
『イザベル、あなたは気を抜くとすぐに羽衣操作が乱れるから最後まで気を抜いてはダメですよ』と。
力を込めすぎたせいでしょうか。
今度は羽衣が、上空に向かって飛び上がりました。
「おお、飛んだ」
「女の子だったね」
「でもあんまり可愛くなかったな」
「やべーな」
誰ですか可愛くないと言ったのは。絶対あとで弔います。
しかし今は暴走した羽衣を止めるのが先決。
ああだこうだしているうちに、この街にある時計台にぶつかり強制的に暴走は収まりました。
その後は、最新の注意を払いながら地上に降り立ちます。
すでに満身創痍。身も心もボロボロです。
「……マジで死ぬかと思いました」
ですが、これでようやくこの世界での試練を始めることができます。
その試練とは──死神見習いから一人前の死神になるための最終試練。
人間界(ミレア)で命と触れ、命を学び、命を慈しむ心を育むもの。
そして──100の死を見届けること。
私はほんの数刻前のことを思い出します
*
「命の輪廻は3つの世界がそれぞれの役割を担うことで回り続けます」
魔界(ノクティエル)にて。
紅く長い髪をなびかせながら、私の恩師、フレア先生が言います。
その言葉はいつもよりも温かく聞こえました。
まるで最後の授業をするようでした。
「思えば、何度も伝えましたね」
「そうですね。もうばっちりです」
私は先生の教えを思い出します。
この世界は3つに別れています。
魂が祝福される世界──天界(セレフレア)。
魂が肉体と結びつき命として輝く世界──人間界(ミレア)。
終わりを迎えた魂が新たな魂となるために還る世界──魔界(ノクティエル)。
この3つの世界がそれぞれの役割を担うことで命の輪廻は保たれます。
そして、人間界(ミレア)で終焉を迎えた魂を肉体と切り離し、魔界(ノクティエル)へ導く使命を担うのが『死神』と呼ばれる存在です。
私の生まれた魔界(ノクティエル)という世界では、死神は多くの者が憧れる存在です。
ですが、誰もがなれるわけではありません。
命の輪廻を担うその存在は、限られたごく一部の者のみがなることを許された奇跡のような存在なのです。
そんな死神を育成するための学校が死神養成学校。
私はここの生徒であり、フレア先生はそこの先生であり死神でもあります。
つまり、フレア先生はすごい方なのです。
「卒業のタイミングが同期とは随分離れてしまいましたね。それでも、よく頑張りました」
フレア先生は私の頭を優しくなでます。
走馬灯のように、養成学校での日々を思い出します。
“はじまりの家系”でありながら“落ちこぼれ”の烙印を押された私を、フレア先生だけは諦めることなく教え導き続けてくれました。
思わずこみ上げものがありましが、それをグッと飲み込みます。
私の頭から手を放し、フレア先生は言います。
「あなたは無事、養成学校を卒業しました。もうここで学ぶことはありません。ですが、これで死神になれるわけではありません。わかっていますね?」
「はい、先生」
「あなたはこれから人間界(ミレア)に行き、多くの命と共に生活をするのです。そこで100の命の死を見届けなさい。中には目を逸らしたくなることもきっとあるでしょう。ですが、今日この日まで諦めなかったあなたならきっと乗り越えられると私は信じています」
──私のあとに続く子供たちよ。命を愛しなさい。命を知り、命を慈しむ心を持ちなさい。でなければ、我々はただの死の神となってしまう。
この言葉は『はじまりの死神』と言われる方。
つまり、私のご先祖さまが残した言葉です。
この理念の元、死神養成学校では卒業した生徒に最終試練として人間界(ミレア)に行くことが命じられるのです。
そこで、多くの命と出会い100の死を見届けます。
その日々の中で命を慈しむ心を育み、その心を持てた者のみが死神になることができるのです。
ですが、この最終試練こそが最大の壁とも言われているようです。
その理由はわかりませんが、達成者は1%にも満たないと聞きます。
「100の死すべてを見届けたとき、あなたが死神としてふさわしい心を持てていると判断されれば、晴れて一人前の死神として認められます」
フレア先生はあるものを取り出し私に渡します。
その形はまるで懐中時計のようでした。
中を開けてみると長針が一本だけあり、周辺には10単位で数字が刻まれ、一周するとちょうど100になります。
「これは『巡魂(じゅんこく)の時計』と言います。あなたが一つの命を見届けるごとに、針が一つ進みます。そして100の死を見届けたとき、針は一周し試練は終了し、死神になることができるかどうかの最終選別となります。」
私は巡魂の時計を見つめます。
この針が一周したとき、私が死神になるにふさわしい心を持てているかどうか──。
どうやらそこで運命が決まるようです。
「この試練に期限はありません。つまり、あなたが諦めない限り可能性は残り続けます。どうかこの学校で学び過ごした時間を忘れないでね」
言いながら、フレア先生は私を抱き留めます。
「はい! ありがとうございます!」
「まったく……あなたは返事だけはいつも素晴しいんだから」
呆れたように笑うフレア先生。
「でも、その明るさを忘れないでね。あなたもイザベルのことをサポートしてあげてね」
フレア先生は私の足元で寝そべるクロエに声をかけます。
こんな感動的な旅立ちの場面でもマイペースなのが私の使い魔なのです。
まったく、一体誰に似たのでしょうか。
フレア先生が手を振るうと、私の後ろに扉が現れました。
人間界(ミレア)へ続く扉です。
この先には、まだ見ぬ世界が待っています。
期待と好奇心と少しばかりの不安を抱きながら、私は扉に手をかけます。
クロエが肩に飛び乗り、いよいよ旅立ちのときです。
「では先生! いってきます!」
一人前の死神になるために。
死を巡る物語がいよいよ幕をあけるのです──。
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