第3話 すれ違うだけ…の、はずだった

中庭での騒動の翌日、俺はいつも通り生徒会室へと向かっていた。教室から離れた位置にある生徒会室までの廊下は人通りも少なく、昼間の騒がしさが嘘のように静まり返っていた。

廊下の角を曲がった瞬間、誰もいないと思った静寂の中にふと影が落ちた。


「……如月?」


そこには昨日出会ったばかりの如月陸の姿があった。

確認するように呼んだ名前は静寂の中で思いのほか響いていた。如月はにこっと悪戯っぽく笑いながら俺を見つめていた。なぜかその笑顔に眉がぴくりと動き、警戒心がふつふつと湧き上がってくるのは、昨日の騒ぎのせいだろうか。


「会長。偶然ですね」


「偶然⋯ねえ⋯」


偶然にしては含みのある笑顔に俺の警戒心は間違いでなかったと再認識する。


「タイミングって、大事じゃないですか」


如月の肩をすくめるような仕草からは考えがイマイチ読めなかったが、その掴みどころのない態度に、俺は僅かに距離を置く。


「昨日の顔、けっこう貴重でしたよね?」


「……は?」


思わず、語気が強くなった俺の反応を面白がるように、目を細めながら如月はさらに言葉を続けた。


「怒ってる会長。ちょっと子どもっぽくて、可愛かったですよ」


「…かわ…いい?」


言われている言葉の意味が理解できず、俺はなんとも歯切れの悪い返事をする。


(なんで…動揺してんだ俺)


「俺にはそう見えたんですよ」


如月の視線がやけに熱く感じて、その場から早く立ち去りたかった。無意識に一歩後ずさると、如月が俺の腕を掴んで制止する。咄嗟に振り払おうとするも、なぜだか力が入らなかった。触れられた箇所が、妙に熱を持つような錯覚に陥りながらも、俺は如月を軽く睨みつける。


「離せ」


「ん〜?会長、俺に話しがあるんじゃないかなぁーって」


「特にないが」


曖昧で、中々確信に触れない如月の話し方に微かに苛立ちを覚えながらも、今だ感じる自分のものではない温度がどこか落ち着かない。


「えー、“お手伝い”。探してるんじゃないの?」


その言葉に俺はピクリと眉を動かした。昨日はその話はしなかったはずだと、驚きと同時に、不覚にも動揺したことを隠すように表情を硬くする。


「なんでそのこと」


「百瀬先輩と佐伯先輩があの後話に来てくれたよ?」


俺は奥歯をギリ、と噛みしめた。


(好きにしろとは言ったが…)


「俺、いいよ?やっても」


掴んだままの腕を軽く引きながら、さらに一歩、俺との間合いを詰めると耳元にそっと唇を寄せ、囁くように言った。


「湊真先輩、気に入ったし」


その声に俺はゾクッと背筋を震わせた。如月の意図が読めず喉がひくりと鳴る。


「……っ」


そんな俺の反応に満足したように、如月はじっと見つめたまま、にやりと口角を上げる。


「今の顔も貴重じゃない?」


その挑発的な視線に、心臓がドクドクと激しく脈打つ。


「そんなわけあるか」


動揺を隠しきれず声がほんの少しだけ裏返ってしまった自分が酷く情けない気がした。


「そっか。じゃあ気のせいかな」


「……離せ」


落ち着かないのは、自分より僅かに高い体温のせいだと自分に言い聞かせながら、先程と同じ言葉しか出てこない自分にため息をついた。


「じゃあ、“お手伝い”の件、また改めて?」


「いいから離れろ」


「はーい」


今度は素直に離してくれたことに安堵しながら、掴まれていた腕を隠すようにカバンを持ち直した。


「じゃあ、よろしくね…湊真先輩?」


そう言うと、ヒラヒラと手を振りながら如月の背中が廊下の向こうへ消えていった。

俺は警戒心が溶けていくのを感じて、フゥと静かに息を吐いた。


「……なんなんだ、あいつ」


鼓動の速さの意味が分からないまま、俺の中に熱が残り続けていた。


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