【2025/7/19完結済み】嫌われ者の俺が美人三姉妹の家に居候することになった件について
チドリ正明
第1話 取り壊し
「は? 取り壊し!?」
俺、荒田小次郎、高校二年生。
土曜日の朝っぱらから、思わず素っ頓狂な声が出た。
「……大家のおばあちゃんが倒れてねぇ。息子さんが戻ってきて、跡を継ぐことになったんだけど……取り壊すって言い出してさ」
アパートの管理人をしていたお爺さんが、申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。俺、ここ追い出されたらいく場所ないんですけど? というか、もうすぐ中間試験なんですけど? これから勉強しようと思ってたんですけど?」
「そう言われても……道路の水道管工事に合わせてこの辺りの地盤沈下の調査も入って、なんか色んな法律に引っかかることが判明したんだ。いまさら修繕も間に合わないってさ」
完全に予想外だった。
アパートの取り壊しなんて、普通もっと前から言うもんだろ。そう思うのは当然だと思う。
でも、管理人さんの目は完全に「俺も被害者なんだよ」って訴えてたから、強く出る気も失せてしまった。
とりあえず文句を飲み込んだ俺は続けて尋ねた。
「で、退去期限は?」
「三日後」
「短ッ!?」
「すまん、本当にすまん! でもこれはもう、決まっちまってるんだ……このアパートは今にも壊れそうな状態みたいなんだ。だからどうかそんな睨みつけないでほしい!」
「……睨んではないんですけど、この目は生まれつきですし」
それにしてもクソすぎる。あまりにもクソすぎる。
法律とか告知義務とか、色々あるはずだろ。だけど、地盤沈下って言われると弱い。何より、たった三日じゃ引っ越し先なんか見つかるわけがない。
「ちなみに、引越し費用の負担とか引越し先を探してくれたりとか……」
「何もしないみたいだよ。事情が事情だからって理由でね。もしお金とか色々文句があるなら弁護士を立ててかかってこいって言ってたからね」
「横暴だな!」
「ははは……まあ、大変だとは思うけど頑張ってよ。お茶くらいはご馳走するからさ」
「すみません、取り乱してしまいました。お気遣い感謝します……」
こうして俺の退去が確定した。中学時代からこのアパートで一人暮らしをしてきたが、まさかたった四年でおさらばすることになるとは思わなかった。
とりあえず、父さんに助けを求めよう。
俺一人じゃ引越し先なんて探せないし、そもそも契約なんてできっこない。
このアパートに一人で住めていたのだって、大家のおばあさんが無理を聞いてくれたからだしな。
「はぁぁ……憂鬱だな」
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「——ってことで、俺、三日後に住む場所がなくなるんだけど、何かアテとかある? すぐに引越し先を見つけてくれるとすごく助かるんだが」
『ハッハッハッハッー! まさかの展開だな!』
電話越しの父さんはそれはもう楽しそうに笑っていた。すぐ後ろにいるであろう母さんも「あらあら」と呑気な様子だ。
「笑い事じゃねぇんだけど……」
『笑うしかないだろ? だって、流石に三日で部屋は探せないぞ? それも、小次郎が好きそうな、古くてカビ臭くて湿っぽい木造アパートなんて中々ないからなぁ……どこもかしこも取り壊されてるだろ? なんでそんな部屋が好きなんだ? 綺麗な方がずっといいだろ?』
「いや、この際、そんな条件はどうでもいい。そもそも父さんと母さんにお金やら何やら全部工面してもらってるわけだし、そこに文句をつける気はねぇよ」
俺がそんな家を好む理由は置いておくとして、とにかく早急になんとかしないとまずい。高校二年生でホームレスになりたくない。ダンボールハウスはごめんだ。
『んー……あ! それなら、一つだけアテがあるぞ! 父さんが新しい部屋を探す間、そこを仮住まいにするのはどうだ?』
「仮住まい?」
『ああ。ちょうど旧友が小次郎のアパートの近くにでっけぇマンションの一室を持ってるんだ。今思い出したよ』
「仮住まいってことはその人の部屋に居候するってことだよな?」
『ああ。父さんが話を通せば今すぐにでも引っ越せるぞ』
「……いや、それ本当に大丈夫か? こっちは赤の他人なんだが? 流石に知らない家族と住むのは気が引けるな」
父さんは前のめりな口調でノリノリになってるが、そんなホームステイみたいな感じで暮らすのは気が重くなる。
『安心しろ。実際に住んでるのは小次郎と年が近い高校生が三人だ。向こうも父さんたちと同じく海外赴任中みたいでな。詳しくは聞いてないが、明るい性格で楽しい子たちらしいぞ?』
「年の近い、って……そいつ、女とかじゃないだろうな?」
『どうだったかな? 父さんはそういうプライベートな話を根掘り葉掘り聞くのは苦手なんだよ』
うさんくせぇ。
でも、この機会を逃したらもうどうしようもなくなる気がする。
「わかった。ちなみに、仮住まいが見つかるまではどのくらいかかりそう?」
『あー、契約とか諸々含めて最低でも一ヶ月くらいだろうなー。向こうには話は父さんから通しておくから、小次郎は荷物まとめて準備しててくれ。何かわかったらまた連絡するからな』
「……了解。ありがとう。一ヶ月だけ頑張ってみるわ」
『おう。頼んだぞ! お金の心配はいらないからな! こう見えても父さんは稼いでるんだ!』
こうして父さんとの通話が終わった。
風で軋む狭い部屋に座り込む俺は、荷造りを続けながらため息を吐いた。
「はぁぁ……こんな顔で怖がられなきゃいいんだがな」
行く場所があるだけまだマシだった。
俺の顔立ちじゃ、ネカフェでも通報されかねないしな。
元ヤンの父さんの旧友って聞くと嫌な予感しかしないけど、今はもうやりようがないから仕方がないか。
一ヶ月、たった一ヶ月だ。その間、適当にやり過ごすとしよう。
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