『光の羅針盤 〜迷いと輝きの創作ステージ〜』

mynameis愛

第1話「掲示板前で交わる視線」

 午後の太陽が校舎のガラスに反射し、眩しさに目を細めた。

 翔陽学園に入学してまだ数日。心陽は、学園正門前の掲示板の前で、足を止めていた。

「……創作ステージ、グランプリ?」

 掲示板にはいくつかの告知が貼られていたが、その中でもひときわ目を引く大きなポスター。金色の縁取りに、大きなフォントで書かれた文字が踊る。

『翔陽学園 創作ステージグランプリ 開催決定!』

対象:1年生〜3年生混合チーム(最大10名)

内容:脚本・演出・音楽・ダンスなど総合舞台創作

優勝:全国大会出場+学園最高栄誉「光章」授与

 心陽の目が、ポスターの左下に小さく書かれた「昨年度優勝チーム:Light Makers」という文字に留まる。

「創作……か。なるほど、ただ演じるだけじゃないんだ」

 演劇とも違う、文化祭の出し物とも違う。音楽、照明、脚本、ダンス、演出……そのすべてを自分たちの手で作り上げるというプロジェクト。それは、心陽が中学の頃からずっと思い描いていた“みんなでひとつの世界を作る”という夢に、どこか通じるものがあった。

「けど……集まるのかな、こんなのに乗ってくれる人」

 まだ知り合いもほとんどいない。クラスの誰が何に興味があるのかも把握しきれていない状態だ。

 そんな時だった。心陽の視界の端を、黒いフードパーカーの男子生徒が横切っていった。ちら、と視線を投げた彼もまた、ポスターの前で立ち止まった。

 その瞳が、まっすぐポスターを射抜いていた。

(見てる……興味、あるのかな?)

 彼は、心陽の存在に気づくと、一瞬だけ目を細めて──そして視線をそらそうとした。

 心陽は思わず声をかけていた。

「あの、それ……気になります?」

 男子生徒は少し驚いたように眉を動かしたが、返事はしない。

 だが、それが“関心がない”という意味ではないことは、何となく伝わった。言葉の代わりに、彼は再びポスターに視線を戻している。心陽は、そっと距離を詰めた。

「私、このポスター見て、ちょっとワクワクしたんです。“全部、自分たちで作る舞台”なんて、なかなかないじゃないですか」

 少しの沈黙。彼は、ポケットに手を突っ込んだまま、ぼそりと呟いた。

「……簡単なもんじゃないよ。ああいうのは」

 声には確かな体験がにじんでいた。単なる否定ではない。過去に、似たようなことを経験したことのある人間の、それだ。

(あ、この人……何かあったんだ)

 心陽は決めた。興味を引き出すのではなく、“その理由”を知りたかった。

「名前、聞いてもいいですか?」

「翔馬。榊 翔馬」

 無愛想に見えて、その一言は丁寧だった。

「私は心陽。篠原 心陽です。まだ誰も仲間はいないけど……でも、翔馬くんみたいに、何か思いがある人とだったら、一緒にやってみたいなって思った」

 翔馬は彼女の言葉を、冗談だとは思っていないようだった。彼の目が、一瞬揺れる。

「……無理だよ。俺は、ああいうの……向いてない。昔、失敗した」

 やっぱり、と心陽は思った。

「でも、過去の失敗が“今”に活かせるって、すごいことだと思う。私だったら、そういう人の意見をすごく大事にする」

「俺の失敗、笑えないよ。舞台、本番中に事故があって、照明が落ちて……人が怪我した。俺が作った演出だった。二度とやらないって、決めたんだ」

 その告白は、想像よりずっと重かった。だが、それでも。

「……怖いんですね」

 翔馬がはっとしたように、心陽を見る。

「でも、“怖い”って思えるってことは、ちゃんと考えてたってことですよね。その気持ち、大事にしてくれるなら……それだけで、私は翔馬くんと組む価値があると思う」

 翔馬は目を伏せたまま、何も言わなかった。

「答えは、今じゃなくていいです。ポスターの募集締切、来週の水曜までだから。それまでに“やってみよう”って思えたら、また話しかけてください」

 心陽は軽く会釈をして、その場を離れようとした。

 だが──背後から、低く、けれど確かな声が届いた。

「心陽」

 立ち止まると、翔馬はまだポスターを見たままだった。

「……もし、もう一度やるなら。絶対に、同じ失敗はしたくない」

 心陽は、静かにうなずいた。

「それなら、私も全力で考える。チームとして、同じ方向を向けるように」

 春風が、掲示板の端を揺らした。


 それから数日、翔馬は何度か、掲示板の前を通っていた。心陽に再び声をかけることはなかったが、ポスターの前ではいつも足を止めていた。

(やっぱり、気になってるんだ)

 その様子を、心陽は窓から静かに見守っていた。

 放課後の図書室。彼女は創作舞台に使えそうな資料を手に取り、ページをめくっていた。SF設定の舞台構成、ストーリープロットの基本構造、過去の演劇部の記録。

(ただ楽しいだけじゃ、舞台は作れない。けど、怖いからって踏み出さなければ、何も始まらない)

 彼女の頭の中には、すでに“舞台の核”となるアイディアが芽生えつつあった。

「未来都市に、迷子になったひとりの少年。彼が出会ったのは、“光で言葉を紡ぐ”チームだった――」

 そのとき、背後から声がした。

「なんか、面白そうな話してるな」

 振り返ると、図書室の入り口に翔馬が立っていた。いつものフードではなく、制服のシャツの袖をまくっていた。少しだけ、柔らかい表情。

「話……聞かせてくれない?」

 心陽は、驚いた顔のあとに、ゆっくりと笑顔を見せた。

「もちろん!」

 それが、彼らの“最初の一歩”だった。

 次の日の昼休み。中庭のベンチに座った心陽と翔馬は、構想を話し合っていた。

「迷子の少年……っていうのは、自分の居場所が見つけられないってこと?」

「うん。けど、周りにいる人たちが、彼に“光”でヒントを与えていく。光は、言葉の代わりになるんだ」

「照明演出のアイディアが活かせるってことか」

 翔馬の声に、かすかに熱が戻り始めていた。

 そのときだった。

「それ、面白そうだね」

 声の方を向くと、細身で無口そうな男子が立っていた。手には分厚いノート、胸ポケットにはデジタルタブレット。

「……史弥。1年A組。データ分析、得意」

 彼はすっとベンチに座り、ノートを開く。

「この“光”の演出、数値で制御できる。照明の角度・色温度・明暗変化、全部スクリプトで管理可能。あと、予算計算も」

 心陽が目を丸くした。

「すごい……! えっと、よかったら、私たちのチームに入ってくれませんか?」

「条件次第。俺の“やりたいこと”ができるなら、参加する」

「その“やりたいこと”って?」

 史弥はノートの端をトントンと叩いた。

「“舞台の光で、観客の心拍数を操る”。照明効果と心理の相関データ、分析中」

 翔馬が、珍しく吹き出した。

「……面白いやつが来たな」

 心陽も、くすっと笑った。

「いいね、それ。じゃあ、チーム名は──“NEO LIGHTS”ってどう?」

 “光の可能性を、いま再び”という意味を込めて。

 誰も返事をしなかったが、史弥の手元で、ノートにその名前が記されていくのが見えた。

 そして、翔馬がぼそりと呟いた。

「……悪くないな、それ」

 風がまた吹いた。まだ誰も知らない、舞台の始まりを告げるように。

(第1話 完)

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