『俺達のグレートなキャンプ46 伝説の和食ソムリエと鯖の味噌煮勝負(キャンプ場で)』

海山純平

第46話伝説の和食ソムリエと鯖の味噌煮勝負(キャンプ場で)

俺達のグレートなキャンプ46 伝説の和食ソムリエと鯖の味噌煮勝負


「おーーーい!千葉!富山!今回のキャンプは史上最高にグレートだぞ!」

石川の声が山梨県の奥多摩キャンプ場の静寂を破った。夕陽が山の向こうに沈みかけ、オレンジ色の光がテントサイトを柔らかく照らしている。焚き火の薪がパチパチと音を立て、火花が宙に舞い上がっては消えていく。

「また始まった...」富山がマシュマロを串に刺しながらため息をついた。彼女の眉間にはすでに深いしわが刻まれている。この表情を見ると、石川がまた何か突拍子もないことを考えているのがわかるのだ。「今度は何をするつもりなの?石川」

石川は焚き火の前で立ち上がり、両手を大きく広げた。まるで舞台俳優のような大げさなポーズだ。「聞いて驚け!今回の暇つぶしは『伝説の和食ソムリエと鯖の味噌煮で料理対決』だ!」

千葉がマシュマロを口から出しそうになった。「ぶっ!すげー!和食ソムリエって何者なんだ?」彼の目がキラキラと輝き、まるで少年のような表情を浮かべている。石川の無茶な提案にいつも真っ先に食いつくのが千葉だった。

富山が焚き火の向こうから石川を睨みつけた。「ちょっと待ちなさいよ。キャンプ場ですること?料理対決って何よ」

「実は昨日、キャンプ用品店で運命的な出会いがあったんだ!」石川は興奮で頬を紅潮させながら続けた。「白髪で威厳のある老人がいてな、その人が突然俺に声をかけてきて『若者よ、君はキャンプで何をしているのじゃ?』って聞くんだよ」

千葉が身を乗り出した。「それで?それで?」

「俺が『奇抜でグレートなキャンプをしています』って答えたら、その老人の目がギラリと光って『面白い!わしは五十年間、日本全国の鯖の味噌煮を食べ歩いている和食ソムリエじゃ。君たちと勝負してみたい』って言うんだ!」

富山の顔が青ざめた。夕闇が迫る中、焚き火の炎が彼女の不安そうな表情を浮かび上がらせている。「まさか...その人を呼んだの?」

「もちろん!明日の夕方にここに来てくれることになってる!我々と鯖の味噌煮で真剣勝負だ!」石川は拳を天に向かって突き上げた。

「えええーーーー!?」富山の悲鳴が夜空にこだました。隣のテントサイトから「うるさーい」という声が聞こえてきた。

翌朝、石川は朝霧がまだ立ち込める中、車のエンジンを勢いよくかけて近くの魚屋まで飛ばした。タイヤが砂利を蹴散らす音が朝の静寂を破る。

「鯖を20匹ください!新鮮なやつを!」石川は魚屋の店先で息を切らしながら叫んだ。

魚屋の店主が新聞を読む手を止めて、眼鏡の奥から石川を見つめた。「2、20匹?お客さん、料理屋でも始めるの?」

「違います!鯖の味噌煮で伝説の和食ソムリエと真剣勝負するんです!負けられない戦いがそこにはあるんです!」石川の目には闘志が燃え上がっている。

店主が困惑した表情で首をかしげた。「...はあ。まあ、お客さんが言うなら...」

一方、キャンプ場では千葉が大きなリュックサックを背負って戻ってきた。リュックがパンパンに膨らんで、今にも破裂しそうだ。

「石川!大変だ!」千葉は息を切らしながらリュックから次々と味噌のパックを取り出した。「八丁味噌、白味噌、赤味噌、合わせ味噌、田舎味噌、西京味噌...全部で15種類の味噌を揃えたぞ!」

富山がコーヒーを飲んでいる手を止めて、呆然とその光景を見つめた。「ちょっと待って!そもそも私たち、鯖の味噌煮なんて作ったことないのよ?というか、キャンプでそんな本格的な料理作るの?」

「大丈夫だ富山!」石川が戻ってきて、魚の入ったクーラーボックスを勢いよく地面に置いた。氷が飛び散る。「俺には秘策がある!昨夜、料理動画を50本見て、ノートに詳細をメモした!」

石川は胸ポケットから何やら走り書きだらけのノートを取り出した。ページがぐちゃぐちゃで、字も読めないような状態だ。

富山がそのノートを覗き込んで、さらに青ざめた。「50本見ただけで勝てるわけないでしょ!しかもこの字、ミミズが這ったみたいで読めないじゃない!」

しかし千葉は相変わらず楽観的だった。彼の周りには虹でも見えているかのような明るいオーラが漂っている。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!きっと美味しい鯖の味噌煮ができるよ!俺、なんか既にワクワクしてきた!」

昼過ぎ、隣でキャンプをしていた家族連れが、三人の騒がしい準備を見かねて近づいてきた。お父さんは困惑した表情で、お母さんは苦笑い、小学生の息子は興味深そうに目を輝かせている。

「あの...何をされてるんですか?」お父さんが遠慮がちに聞いた。テーブルには大量の味噌が山積みになり、クーラーボックスからは魚の尻尾がはみ出している。どう見ても普通のキャンプの光景ではない。

「実は!」石川が満面の笑みで振り返った。その笑顔があまりにも眩しくて、お父さんは思わず目を細めた。「今日の夕方に伝説の和食ソムリエが来て、鯖の味噌煮で真剣勝負するんです!」

お母さんが首をかしげた。「え...伝説の?」

「そうです!日本全国の鯖の味噌煮を食べ歩いて五十年の大ベテランです!その道のプロ中のプロ!」石川の説明に熱が入る。手振りも大げさになってきた。

家族の小学生の息子、太郎くんが目をキラキラさせて飛び跳ねた。「すげー!僕も見たい!料理バトルだ!」

お母さんが慌てて息子を引き寄せた。「ちょっと太郎!迷惑をかけちゃダメよ」

その時、お父さんが恥ずかしそうに手を上げた。「実は...私、料理が趣味でして...もしよろしければ、アドバイスさせていただけませんか?」

石川が飛び上がって喜んだ。まるで宝くじに当たったかのような表情だ。「本当ですか!?これはグレート!運命の出会いです!」

富山がほっと胸をなでおろした。「助かった...一人でもまともな人がいてくれれば...」

田中さん(隣の家族のお父さん)の指導のもと、いよいよ鯖の味噌煮の特訓が始まった。キャンプサイトは急に料理教室のような雰囲気になった。

「まず鯖は霜降りをします」田中さんが丁寧に説明しながら、お湯を沸かした鍋を準備した。「熱湯をかけて臭みを取るんです。これが美味しく作るコツなんですよ」

「おおーー!」千葉が感動して手を叩いた。「知らなかった!勉強になるなあ!」

石川がメモを取りながら叫んだ。「これはまさにプロの技術だ!田中さん、あなたも和食ソムリエですね!」

田中さんが苦笑いを浮かべた。「いえいえ、そんな大層なものじゃ...ただの趣味です」

富山が恐る恐る鯖を手に取った途端、滑りのある鯖が手から飛び出した。「うわー!鯖が滑る!」鯖はテーブルの上でピチピチと跳ねている。

太郎くんが大笑いした。「おばさん、面白い!鯖が逃げてる!」

「おばさんって言わないで!お姉さんよ!」富山が赤面しながら鯖を追いかけた。

田中お母さんが微笑んで見守っている。「賑やかで楽しいですね。うちも混ぜてもらっていいですか?」

夕方5時が近づくにつれ、キャンプサイトには緊張感が漂い始めた。石川は何度も時計を見て、千葉は味噌の配合を確認し、富山は心配で落ち着かない様子だ。

そして約束の時間ちょうど、本当に白髪の老人がキャンプ場の入り口から現れた。背筋がピンと伸び、威厳のある歩き方だ。まるで時代劇から抜け出してきたような雰囲気を纏っている。

「お待たせいたしました。わしが和食ソムリエの山田じゃ」

石川が興奮して駆け寄った。「山田さん!本当に来てくださったんですね!感激です!」

山田老人は周りを見回した。気がつくと、キャンプ場の他の人たちも集まってきている。総勢20人ほどの観客ができていた。まるで縁日のような賑わいだ。

千葉がささやいた。「すげー盛り上がってる!なんか本格的になってきたぞ!」

富山が緊張で震えている。「どうしよう...こんなに人が見てる...」

山田老人が威厳ある声で宣言した。「では、始めようか。制限時間は1時間。わしも同じように鯖の味噌煮を作る。出来上がったものを皆で食べ比べて、より美味しい方の勝ちじゃ」

観客からどよめきが起こった。まるで料理番組の収録現場のような雰囲気だ。

「了解しました!」石川が敬礼のポーズを取った。

太郎くんが審判役を買って出た。「よーい...スタート!」

いよいよ料理バトルが始まった。石川チームは三人で手分けして調理開始。

「千葉!鯖の下処理頼む!田中さんに教わった通りにだ!」

「富山!味噌の調合だ!15種類をブレンドして究極の味を作るんだ!」

「俺は火加減を調整する!これが勝負の分かれ目だ!」

石川の指示が飛び交う中、三人は慌ただしく動き回った。まるで戦場のような騒がしさだ。

一方、山田老人は一人で黙々と作業を進めている。その手つきは無駄がなく、確かに職人のそれだった。包丁の音がリズミカルに響き、まな板の上で鯖が美しく切り分けられていく。

「すげー...山田さんの包丁さばき、テレビで見るプロの料理人みたい」観客の一人がつぶやいた。

田中さんが石川たちにアドバイスした。「落し蓋を忘れずに!味が均等に染み込みますから!」

「おお!ありがとうございます!」千葉が慌てて落し蓋を探した。

20分経過。キャンプサイトには二つの鍋から立ち上る湯気で、まるでサウナのような状態になっている。

千葉が慌てた声を上げた。「石川!鯖が崩れそうだ!どうしよう!」

「大丈夫だ!丁寧に扱えば...あ!」

石川が鍋をかき混ぜようとした瞬間、鯖が一匹、キャンプファイアの中に飛び出してしまった。炎が一瞬大きく燃え上がる。

「あーーーー!」三人の絶叫が響いた。

観客から大きな笑い声が起こった。「がんばれー!」「ドンマイ!」

富山が冷静に対処した。「大丈夫、まだ19匹ある!一匹くらい大丈夫よ!」

30分経過。山田老人の鍋からは、なんとも言えない食欲をそそる香りが漂ってくる。観客たちがその香りに誘われて、無意識に山田老人の方に近づいていく。

「うわー...いい匂い...お腹空いてきた...」

「これは絶対美味しいやつだ」

一方、石川チームの鍋からは...何やら不穏な香りが漂っている。

富山が不安そうにつぶやいた。「なんか焦げ臭くない?大丈夫?」

石川が強がった笑顔を浮かべた。汗が額から流れ落ちている。「大丈夫だ!これも味のうち!個性的な味になるんだ!」

しかし千葉が鍋を覗いて青ざめた。「石川...これ、味噌が底に焦げ付いてる...どうしよう...」

「え???」石川も鍋を覗き込んで愕然とした。

山田老人が振り返った。まるで父親が子供を心配するような優しい目だ。「大丈夫かね、若者たち?」

「だ、大丈夫です!」石川が慌てて答えた。顔は真っ赤だ。

田中さんが駆け寄った。「火を弱くして、水を少し足してみてください!まだ間に合います!」

「ありがとうございます!」

残り15分。石川チームは必死に立て直しを図った。三人の額には汗が光り、必死さが伝わってくる。

「千葉!新しい味噌を追加だ!」

「富山!お酒を入れて臭みを飛ばそう!」

「みんな、諦めるな!俺たちのグレートなキャンプ魂を見せるんだ!」

観客たちが自然と応援し始めた。キャンプ場全体が一つになったような雰囲気だ。

「がんばれー!」

「石川チーム、ファイト!」

太郎くんが大声で叫んだ。「おじさんたち、かっこいー!諦めないで!」

その時、山田老人が意外なことを言った。作業の手を止めて、石川たちを見つめている。

「ふむ...若者たちの情熱、なかなか見どころがあるのう」

「時間でーす!」

太郎くんの声で、1時間の調理時間が終了した。三人はへとへとになって、その場にへたり込んだ。

石川が汗を拭った。「ふー...なんとか形になったか?」

千葉が心配そうに鍋を見た。「見た目は...まあ、鯖の味噌煮だよね?多分...」

富山がため息をついた。「山田さんのと比べると...雲泥の差ね」

確かに、山田老人の鯖の味噌煮は美しく盛り付けられ、香りも素晴らしい。一方、石川チームのものは...見た目がちょっと残念で、なんだか不安になる色をしている。

「では、試食じゃ」山田老人が落ち着いた声で言った。

まず山田老人の鯖の味噌煮を皆で試食した。一口食べた瞬間、観客から感嘆のため息が漏れた。

「うまーい!」

「これはプロの味だ!」

「さすが伝説の和食ソムリエ!」

「こんな美味しい鯖の味噌煮、初めて食べた!」

観客から賞賛の声が次々と上がった。山田老人は謙遜するように微笑んでいる。

次に石川チームの鯖の味噌煮。皆が恐る恐る箸を運んだ。一瞬、静寂が流れる。

「...あれ?」

「意外と...美味しい?」

「なんか素朴な味で、キャンプらしくていいね!」

「愛情がこもってる感じがする!」

田中お母さんが微笑んだ。「手作りの温かさが伝わってきます」

山田老人が石川チームの料理をゆっくりと味わった。しばらく黙って考えていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「...負けじゃ」

「え?」全員が驚いた。観客がざわめいた。

「確かにわしの鯖の味噌煮は技術的には上じゃろう」山田老人が続けた。「しかし、料理で一番大切なのは技術だけではない。心じゃ」

石川が困惑した。「心...ですか?」

「君たちの料理には、仲間と一緒に楽しく作る喜びが込められておる。失敗を恐れず、みんなで協力して最後まで諦めない心が味に表れておる」

千葉が感動して涙ぐんだ。「山田さん...」

「そしてなにより」山田老人が周りを見回した。「君たちは料理を通じて、こんなにも多くの人を笑顔にした。これ以上の勝利はないじゃろう」

観客から温かい拍手が起こった。夕闇の中、焚き火の光に照らされた皆の顔が幸せそうに見えた。

「実はな」山田老人が微笑んだ。「わしも最近、一人で料理を作ることが寂しくなっておった。君たちのような仲間がいて羨ましい」

石川が立ち上がった。「山田さん!今度一緒にキャンプしませんか?」

「え?」

「俺たちのグレートなキャンプに参加してください!次回は『伝説の和食ソムリエと作る究極のキャンプ料理』で決まりです!」

千葉が興奮した。「それいいね!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」

富山も笑顔になった。「今度は最初から山田さんに教えてもらいましょう」

山田老人の目が潤んだ。「...ありがたい。ぜひ参加させてもらおう」

田中さんも手を上げた。「僕たちも次回参加したいです!」

「太郎も行く!」太郎くんが飛び跳ねた。

「みんなで行きましょう!」

その夜、焚き火を囲んで皆で鯖の味噌煮を食べながら、石川が満足そうにつぶやいた。

「今回もグレートなキャンプだったな」

千葉がにっこり笑った。「料理対決が友達作りになるなんて思わなかった!」

富山が安堵の表情で言った。「今回は意外と良い結果になったわね。でも次回はもう少し普通のことしない?」

山田老人が星空を見上げた。「久しぶりに心から楽しい時間を過ごした。ありがとう、若者たち」

「山田さん、次回はどんな料理に挑戦しましょうか?」石川が目を輝かせて聞いた。

「そうじゃな...今度は天ぷらはどうじゃろう?」

「天ぷら!?」富山が慌てた。「キャンプで天ぷらって危険じゃない?油が跳ねるし、火事になったりしない?」

「大丈夫だ富山!」石川が立ち上がった。「俺たちなら何でもできる!次回は『伝説の和食ソムリエと天ぷら祭り』だ!」

「またやるの...」富山がため息をついたが、その顔は笑っていた。

焚き火の炎が夜空に舞い上がり、また新たなグレートなキャンプの始まりを告げているようだった。

~第46回 完~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『俺達のグレートなキャンプ46 伝説の和食ソムリエと鯖の味噌煮勝負(キャンプ場で)』 海山純平 @umiyama117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ