第38話「希望のプロトタイプ」

 絶望。それが、今、二つの宇宙を繋ぐ、唯一の共通言語だった。

 第七艦隊旗艦アークロイヤルのブリッジでは、アレンとサントス提督が、異世界の指導者たちとの、悲痛なまでの通信を続けていた。ホログラムに映し出される、崩れゆくアルカディアの白亜の城壁、黒い塵と化していくシルフヘイムの巨大樹、そして、ヴォイド・ビーストの影に覆われたヴォルガノンの暗い坑道。どの世界もまた、UGEの艦隊が直面しているのと同じ、通常兵器がほとんど通用しない、悪夢のような敵を前に、なすすべもなく、ただ蹂躙されていた。

「くそっ! これでは、ジリ貧だ……!」

 サントス提督が、怒りと無力感に、コンソールを強く叩いた。ハイゼンベルクとの内戦どころではない。このままでは、人類も、そして、存在さえ知らなかった隣人たちも、全てが、この宇宙から消滅してしまう。

 その、誰もが希望を失いかけた、その時だった。

「……いや、まだ、手はあります」

 アレンの声は、静かだったが、その場の全ての者の注意を惹きつける、強い意志がこもっていた。

「僕らは、バラバラに戦っているから、負けるのです。科学も、魔法も、精霊術も、魔工学も、単独では、ヴォイドという、宇宙の理そのものを汚染する『病』には、対抗できない。ですが、もし、それらの力を、一つに束ねることができたなら……」

 彼は、自らがヴォルガノンの「炉」で発見した、失われた叡智――『エーテル物理学』の可能性を語った。科学と魔法を融合させ、ヴォイドの『混沌』に対し、秩序の力そのものを叩きつける、全く新しい兵器。

「僕に、各世界の最高の知恵と技術を貸してください。対ヴォイド用の、希望のプロトタイプを、造り上げます」

 それは、あまりにも大胆で、そして、あまりにも荒唐無稽な、最後の賭けだった。


 作戦の舞台は、ヴォルガノンに定められた。アーティファクト「炉」が持つ、莫大なクリーン・エネルギーと、ドワーフたちの比類なき技術力が、必要不可欠だったからだ。

 UGEの最新鋭工作艦が、ティア・ゲートを通り、ドワーフの地下帝国へと、恐る恐る、しかし歴史的な、最初の着陸を果たした。

 帝国の中心、大神殿の大工房が、前代未聞の「共同開発室」となった。そこには、二つの宇宙の、最高の頭脳と、最高の技術者が、集結していた。

 アレンとソラリスが、エーテル物理学の理論と、科学的な設計図を提供する。

 ボルガ族長率いる、帝国最高の職人『炉守』たちが、その灼熱の溶鉱炉で、未知の合金を鍛え上げ、兵器の器となる、強靭な砲身を造り上げる。

 リアーナが、アルカディアから派遣した、王宮魔術師たちが、その砲身に、エーテルエネルギーを増幅させ、安定させるための、複雑なルーン文字を刻み込んでいく。

 そして、エルドラは、シルフヘイムから、通信を介して、そのエネルギーが、ただの破壊の力にならぬよう、宇宙の理と「調和」させるための、古の精霊の言葉を、静かに、そして厳かに、唱え続けていた。


 だが、その共同作業は、困難を極めた。

「こんな、のっぺりとした設計に、魂が宿るか!」ドワーフの職人が、アレンの設計図に、不満の声を上げた。

「この、鉄臭い金属には、マナが、うまく馴染みませんわ!」アルカディアの魔術師が、悲鳴を上げた。

『論理的に説明のつかない、その『魂』や『馴染み』といった、非科学的な概念が、作業効率を著しく低下させています』ソラリスが、冷静に、しかし火に油を注ぐ分析を告げる。

 文化も、常識も、そして、ものづくりの哲学さえも違う。彼らの間には、見えない壁が、何度も立ちはだかった。

 その壁を、一つ一つ、取り払っていったのは、アレンだった。

 彼は、ドワーフの職人に、自らの設計の、その曲線や比率に隠された、美しい数学的な「秩序」を、ホログラムを使って、情熱的に説明した。

 彼は、アルカディアの魔術師に、科学的な触媒を用いることで、金属とマナの親和性を高める方法を、実践して見せた。

 彼は、ソラリスに、エルフの「調和」の概念が、実は、複雑なエネルギーのバランスを、直感的に最適化する、一種の超並列処理であることを、教えた。

 アレンは、もはや、ただの外交官ではない。異なる世界の、異なる言語を、互いが理解できる「共通の言葉」へと翻訳していく、唯一無二の、通訳者であり、調停者だった。

 やがて、彼らの間から、不信や対立は消え、代わりに、互いの技術への、純粋な敬意が生まれ始めていた。


 そして、ついに、その兵器は、完成した。

 対ヴォイド兵装、試作一号機。コードネーム、『エーテル・キャノン』。

 それは、アレンの《オデュッセウス》の、洗練された白い装甲と、ドワーフが鍛えた、無骨な黒鉄の砲身が、融合した、奇妙で、しかし、どこか神々しい姿をしていた。砲身には、アルカディアの魔術師が刻んだルーンが、エルフの祈りを受けて、穏やかな光を放っている。

 誰も、見たことがない。科学と魔法が、本当の意味で、一つになった、最初の産声だった。

 エーテル・キャノンは、急遽、《オデュッセウス》の主砲として、換装された。

 目標は、火星軌道上に出現した、巨大なティア・ゲート。そこからは、今も、無数のヴォイド・ビーストが、防衛線を突破し、火星の都市へと、降り注いでいる。


 《オデュッセウス》は、サントス提督の艦隊と、レイラの遊撃隊に護衛され、ゆっくりと、目標のティア・ゲートへと、接近していく。

 目の前には、宇宙そのものが、病的に裂けた、巨大な傷口。その紫色の渦の中心は、あらゆる光を飲み込み、絶対的な虚無へと繋がっているように見えた。

 ブリッジに、アレンの、静かで、そして、決意に満ちた声が響く。

「ソラリス、全エネルギーを、エーテル・キャノンに。……僕らの、全ての希望を、この一撃に込める」

 アレンが、発射トリガーを、引いた。

 放たれたのは、レーザーでも、ミサイルでもない。

 それは、純粋な、どこまでも白い、「秩序」そのもののエネルギーの奔流だった。ヴォイドの「混沌」に対し、生命と、宇宙の「調和」の意志を、叩きつける、光の剣。

 その白い光は、音もなく、一直線に、ティア・ゲートの、暗黒の渦の中心へと、吸い込まれていった。

 次の瞬間。

 世界から、音が消えた。

 そして、全てが、真っ白な光に、包まれた。

 その光が、希望の夜明けとなるのか、それとも、最後の断末魔となるのか。それを知る者は、まだ、誰もいなかった。

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