第23話「それぞれの正義」
「――偽りの魔術師を、我らの新しい力で、打ち砕くのです!」
レイラの扇動的な声が、クリムゾン・ワールドの赤い大地に響き渡る。その言葉は、呪いのように、サンドクロー族の戦士たちを支配した。彼らがアレンに向ける瞳は、もはや理性の光を失い、女神から与えられた力への狂信と、自由を脅かす「敵」への、純粋な憎悪に燃え上がっていた。
数十のプラズマライフルの銃口が、一斉に火を噴く。
青白い破壊の光線が、空間を切り裂き、たった一機の《ヘルメス》に殺到した。
「くっ……!」
アレンは、常人なら一瞬でパニックに陥るであろう状況で、その思考を極限まで加速させた。彼は、圧倒的な火力を誇る敵と、正面から撃ち合うつもりなど、毛頭なかった。
《ヘルメス》の機体を、アクロバティックに反転させる。プラズマの豪雨が、コンマ数秒前まで彼がいた空間を、空しく薙ぎ払っていく。彼は、ヘルメスの持つ、圧倒的な機動力だけを武器に、死の光線が織りなす弾幕の中を、まるで踊るように、すり抜けていく。
だが、ただ避けているだけでは、状況は変わらない。
「ソラリス! 敵機のエネルギーパックの位置を、個別にマーキングしろ!」
『了解。マーキング完了。ですが、アレン、彼らを無力化するのですか? 彼らは、あなたを殺そうとしているのですよ』
「だからだ!」アレンは叫んだ。「だからこそ、僕は、彼らを殺すわけにはいかない!」
アレンは、カドゥケウスの照準を、ソラリスが示したマーカーの一つに合わせた。モードはパラライズ。だが、狙うのは人間ではない。ライフル本体に装着された、エネルギーパックだ。
放たれた青白いパルスは、正確にエネルギーパックを撃ち抜いた。高エネルギーが暴走し、ライフルは火花を散らして沈黙する。持ち主の戦士は、何が起こったのかも分からず、ただ無力化された己の武器を、呆然と見つめるだけだった。
アレンは、その作業を、機械のように、しかし、どこか祈るように繰り返した。 evasive maneuvers と、精密な武装解除。それは、彼の「殺さぬ戦い」という、揺るぎない信念の表れだった。
その光景を、丘の上の《ナイトホーク》から見ていたレイラは、苛立ちに眉をひそめていた。
「……何よ、あいつ。お遊戯でもしてるつもり?」
彼女が望んでいたのは、旧支配者に対する、新時代の力の、圧倒的な勝利の光景だった。だが、アレンの介入によって、その目論見は、茶番へと変わりつつあった。
「どきなさいよ、理想主義者(ドリーマー)」
レイラは、自ら《ナイトホーク》の操縦桿を握ると、その漆黒の機体を、アレンの《ヘルメス》に向かって、猛然と突進させた。
アレンの背後から、ナイトホークのパルスレーザーが、赤い閃光となって襲いかかる。アレンは、咄嗟に機体を横転させ、それを回避。二機の未来的な戦闘機による、異世界の赤い渓谷を舞台とした、壮絶なドッグファイトの幕が切って落とされた。
「なぜ、本気で戦わないの!」レイラの怒声が、通信回線を通じて響く。「彼らを見下しているの? それとも、このあたしを、なめているの!?」
彼女には、アレンの非殺傷主義が、強者が弱者に向ける、傲慢な「手加減」にしか見えなかった。
「違う!」アレンは、岩のアーチをすり抜けながら叫んだ。「僕は、誰の命も、これ以上失わせたくないだけだ! 君がやっていることは、憎しみの連鎖を生むだけだと、なぜ分からないんだ!」
「あんたたち、UGEの安全な檻の中で、綺麗事を教え込まれてきたエリートには、絶対に分からないわ!」
レイラの声に、初めて、個人的な、そして深い痛みの色が混じった。
「全てを奪われたことのない人間に、本当の解放の意味なんて、分かりっこないのよ! 時には、全てを焼き尽くす炎こそが、世界を浄化する唯一の方法になることもある!」
彼女の過去に、一体、何があったのか。だが、アレンに、それを聞いている余裕はなかった。
ナイトホークの攻撃は、ヘルメスを遥かに凌駕していた。アレンは、防御と回避に徹するだけで、手一杯だった。このままでは、ジリ貧だ。
アレンは、一瞬の隙をつき、ヘルメスを急上昇させると、渓谷の狭い岩壁の間へと機体を滑り込ませた。追ってきたナイトホークも、その巨体ゆえに、速度を落とさざるを得ない。
アレンは、この一瞬に全てを賭けた。
彼は、機体を錐揉み回転させながら、カドゥケウスのモードを「コンカッション」に切り替えた。そして、狙いを定めたのは、ナイトホークの機体ではない。その真上にある、もろくなった巨大な岩盤だった。
放たれた衝撃波が、岩盤を打ち砕く。巨大な岩石の雨が、ナイトホークの頭上へと降り注いだ。
「ちっ……!」
レイラは、咄嗟にシールドを張り、直撃は免れた。だが、いくつかの巨大な岩が、彼女の自慢のパルスレーザー砲塔を、物理的に破壊していた。
武器を失ったナイトホーク。レイラは、忌々しげに舌打ちすると、アレンを睨みつけた。
「……今日のところは、あんたの勝ちでいいわ。でも、覚えておきなさい」
レイラの《ナイトホーク》が、戦場から離脱していく。
彼女という「女神」を失い、武器も無力化されたサンドクロー族の戦士たちは、混乱し、やがて、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
虐殺は、止まった。だが、そこに勝者はいなかった。
後に残されたのは、破壊された砦の残骸と、おびただしい数の死体、そして、二つの部族の、癒しがたい憎しみと恐怖だけだった。
ストーンフォート族の生き残りは、アレンを、得体の知れない力を持つ、新たな脅威として恐れ、サンドクロー族は、自分たちの栄光を邪魔した、憎むべき敵として、彼を睨みつけていた。
アレンは、誰からも感謝されることなく、ただ一人、赤い夕陽に染まる、その惨状の真ん中に立ち尽くしていた。
レイラの最後の言葉が、彼の頭の中で、虚しく響いていた。
『この宇宙は、あんたが思うほど、単純じゃないのよ、アレン・クロフォード。正義なんて、人の数だけある。最後には、どちらの正義が、より多くのものを救えるか。それだけよ』
力で自由を勝ち取ろうとする正義と、対話で憎しみを乗り越えようとする正義。
アレンは、自らの信じる道がいかに困難で、そして、いかに孤独であるかを、この赤い大地で、骨身に染みて、思い知らされていた。ただ、目の前の暴力を止めるだけでは、何も解決しない。その根源にある、憎しみや、貧しさや、絶望そのものを、どうにかしなければ。
彼の使命は、ヴォイドと戦うことだけではなかった。自らの故郷の宇宙が抱える「争いの病」が、これらの新しい世界に転移するのを、防がなければならない。
アレンは、重い、重いため息をつくと、《ヘルメス》の機首を、次なる目的地へと向けた。彼の顔には、もはや理想に燃える青年の輝きはなく、複雑で、そして困難な現実を直視する、調停者の苦悩が、深く刻まれていた。
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