第20話「星々の交信」

 地下帝国ヴォルガノンの大神殿は、地底の星空の下、灼熱の熱気と、祈るような静寂に包まれていた。

 最後の仕上げ。それは、二つの世界の技術が、一つの奇跡を生み出すための、荘厳な儀式だった。

 帝国最高の職人である『炉守(ろもり)』たちが、燃え盛る溶鉱炉で鍛え上げた、寸分の狂いもないクリスタルの台座を、慎重に、そして敬虔に設置していく。その動きは、長年の経験に裏打ちされた、完璧な調和の舞のようだった。

 そして、アレンが、その新しい台座に固定された調律クリスタルに、そっと手をかざす。彼のケイローン・バンドから、無数の医療用ナノマシンが、青白い光の霧となって放たれた。ナノマシンは、クリスタルに生じた原子レベルの微細な亀裂へと浸透し、原子と原子を繋ぎ合わせるように、その傷を内側から修復していく。

 伝統的な槌の音と、未来技術の静かな駆動音。その二つの音が、神殿の中で、奇妙に、しかし美しく共鳴していた。

 やがて、アレンは顔を上げた。

「……終わりました」


 神殿に、張り詰めた緊張が走った。全てのドワーフが、固唾をのんで、その瞬間を待っている。

 族長ボルガが、ゆっくりと「炉」の前へと進み出た。彼は、古のドワーフ語で、荘厳な祈りの言葉を捧げ始める。

「目覚めよ、我らが祖にして神、偉大なる『炉』よ! その鉄の魂に、再び火を灯し、その溶岩の血潮を、再び我らに! 今こそ、その新たなる鼓動を、聴かせたまえ!」

 ボルガは、両手で、ルーン文字が刻まれた巨大な起動レバーを握りしめ、渾身の力を込めて、それを押し込んだ。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、「炉」は、深く、そして力強い、一つの鼓動を打ち鳴らした。ゴオオオオオン……!

 表面を巡るルーン文字の光が、もはや病的な青白さではなく、清浄で、力強い、純白の輝きへと変わる。都市全体に、安定し、そして清浄なエネルギーが、まるで夜明けの光のように満ち溢れていく。止まっていた歯車が、再び滑らかに回転を始め、消えかけていた街の灯りが、以前にも増して力強く輝き始めた。

 帝国の心臓は、蘇ったのだ。

「おおおおおっ!」

「『炉』が……我らの神が、お戻りになられたぞ!」

 ドワーフたちが、大地を揺るがすほどの、歓喜の雄叫びを上げた。ボルガは、その目に涙を浮かべながら、アレンの肩を、骨が砕けんばかりの力で、しかし親愛の情を込めて、強く叩いた。

「よくやった、アレン! お前は、我ら帝国の、真の友だ!」


 ボルガは、約束を守った。彼は、アレンに、アーティファクト「炉」の深層アーカイヴへの、完全なアクセス権を与えた。

「好きなだけ見るがいい。お前には、その資格がある。始まりの民が遺した叡智を、お前のような男が継ぐというのなら、わしは何も言わん」

 アレンは、ソラリスと共に、《オデュッセウス》のブリッジで、情報の海へとダイブした。そこは、まさに叡智の宝庫だった。彼の知らない、エーテル物理学の、さらに高度な応用技術が、無数に記されていたのだ。

『アレン、これは……! 次元断層を、人為的に安定させ、ティア・ゲートを制御する技術です!』

『こちらには、対ヴォイド用の、指向性エーテル兵器の設計図もあります! これを応用すれば、カドゥケウスを遥かに上回る非殺傷兵器が……!』

 ソラリスが、珍しく興奮した声で、次々と発見を報告する。

 そして、アレンは、その中でも、ひときわ異彩を放つ、一つの理論を発見した。

「……エーテルの共鳴を利用すれば、異なる宇宙の『同じ属性を持つ物質』同士で、限定的な情報の送受信が可能になる……? ソラリス、これは」

『超次元通信システム、とでも呼ぶべきものです。ティア・ゲートを介さずに、異なる宇宙と、直接コンタクトが取れるかもしれません』

 その可能性に、アレンの心は震えた。これがあれば、孤立した世界たちが、手を取り合い、連携することができる。


 アレンは、ボルガに協力を要請した。「炉」の莫大なエネルギーを使えば、この理論を実践できるかもしれない、と。ボルガは、二つ返事でそれを許可した。

 《オデュッセウス》のブリッジと、「炉」の制御室が、直接リンクされる。アレンは、通信の「鍵」として、二つのアイテムを、通信増幅装置にセットした。

 一つは、リアーナから預かった、アルカディア王家の紋章が刻まれたペンダント。

 もう一つは、エルドラから授かった、シルフヘイムの精霊の力が宿る、道しるべの石。

「炉」から供給された、膨大なクリーン・エネルギーが、増幅装置へと流れ込む。

「接続シークエンス、開始! 目標、宇宙コード、アルカディア!」

「目標、宇宙コード、シルフヘイム!」

 ブリッジの空間に、激しいエネルギーのノイズが走る。時空の壁を超え、星々の海を超え、届け、僕らの声――!

 やがて、ノイズは収まり、メインスクリーンに、二つの映像が、まるで奇跡のように結ばれた。

 片方のスクリーンには、驚きと、そしてあふれるほどの喜びに顔を輝かせ、「アレン!」と叫ぶリアーナの姿があった。彼女の後ろには、片腕を吊りながらも、力強く頷くガレイドの姿も見える。

 もう片方のスクリーンには、全てを予期していたかのように、その深い緑色の瞳で、静かにこちらを見つめる、賢者エルドラの姿が映し出されていた。

「リアーナさん、ガレイドさん! エルドラ様も! 聞こえますか!」

 アレンは、三つの世界の指導者たちに向かって、ヴォルガノンでの出来事を語り、そして、今こそ、種族も、常識も、世界の壁さえも乗り越え、ヴォイドという共通の脅威に立ち向かうための、真の協力体制――「多次元宇宙連合」を結成すべきだと、その魂の全てを込めて、熱く、力強く呼びかけた。

 歴史が、大きく、そして確かに動き出した瞬間だった。


 ――だが、彼らは誰も知らなかった。

 その歴史的な通信そのものが、さらに別の、招かれざる聴衆によって、静かに傍受されていることを。


 遠く離れた、別のティア・ゲートの影。そこに潜む、一隻の漆黒のステルス艦。そのブリッジで、一人の女性が、メインスクリーンに映し出されたアレンたちの会談の様子を、冷たい、しかし愉悦に満ちた笑みを浮かべて、眺めていた。

「……多次元宇宙連合、ね。おとぎ話みたい。でも、面白くなってきたじゃない」

 フロンティア同盟、特殊工作部隊のエース、レイラ・カースティン。彼女は、しなやかな指でコンソールを操作し、通信記録を保存した。

「UGE(統合政府)より先に、この異世界っていうお宝、いただくとしますか」

 新たなプレイヤーが、静かに、しかし確実に、この壮大な盤上へと、その駒を、進めていた。

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