第3話:出口なき迷宮

 第三話 出口なき迷宮


 第一層の探索を続けて、だだっ広い石造りの空間を奥へ進んでいくと――

 その先に、明らかに他と違う“構造”が見えた。


 緩やかに続く石の階段。壁に沿って上へと伸びており、まるで天へ昇るような不自然な傾斜だった。


「……これ、もしかして地上に繋がってんのか?」


 思わず呟いていた。

 希望はいつだって、唐突に姿を見せる。


 足元でルルが、くるくると跳ねながらついてくる。まるでこいつも期待しているかのようだった。

 音のない足音を響かせながら、俺たちは階段を上る。


 上に行くほど、空気が違った。

 篭っていた湿気が薄れ、風のようなものが頬をかすめる。ほんの僅かでも流れがあると、それだけで希望が膨らんでしまう。


 最上段には、壁に空いたアーチ状の通路が口を開けていた。

 その奥には、ぼんやりと明るい光が揺れていた。


 差し込むような自然光――そう、“見える”光。


「……マジかよ。ほんとに、外?」


 信じたい気持ちが、警戒を押し流した。

 ルルを置き去りにするように、俺は駆けた。

 駆け上がり、駆け抜け、光の中へと――


 ――ドンッ!!


「ぐあっ……!?」


 突然の衝撃。肩から全身にかけて、打ちつけられたような痛みが走った。


「……な、なんだ……これ……!」


 目の前には、何もない。だが、確かに“ぶつかった”。

 見えない壁。透明で、無機質で、冷たく、硬い。


 恐る恐る手を伸ばす。

 指先が、その面に触れる。ガラスのような感触。だが、びくともしない。


「嘘だろ……?」


 拳で叩き、叫んだ。

 肩をぶつけ、蹴り、押し返した。


「ふざけんな……! 出せよ! 開けろよ……!」


 出られない。

 地上は、目の前に“ある”。なのに、触れられない。


 まるで、透明な棺の中に閉じ込められているような――そんな感覚。


(……俺は、閉じ込められてる……本当に……)


 希望だった光が、今では酷く残酷な幻のように思えた。

 目の前にあるというのに、絶対に届かない。


「……クソが……ッ!」


 壁に背を預け、ずるずると座り込む。

 力が、抜けていく。


 しばらくそうしていたが、やがて俺は重たい足取りで階段を降りていく。

 第一層の無機質な石の空間が、まるで墓場のように感じられた。


 戻ってきたのは、地下の部屋――

 湧き水が流れ、淡い光が灯る、あの最奥の空間。


 その場に崩れるように腰を下ろした。

 ひんやりとした石壁に背中を預け、深く息を吐く。


「……女になって……わけのわからない場所に閉じ込められて……」


 声に出すことで、やっと現実が現実として受け入れられるような気がした。

 この身体は今、少女のそれだ。胸は膨らみ、手足は細く、何より……生殖器が違う。


「……夢でも見てるみたいだよ、ホント……」


 気づけばルルが心配してるかのように寄ってきていた。

 その小さな身体が、俺の腹にぴとりとくっついている。

 ぬるくて、柔らかくて、生きている――そんな当たり前の温度が、妙に心を落ち着かせた。


「……もう、いいや。少しだけ、寝る……」


 体を横たえると、急にまぶたが重くなった。

 ずっと緊張しっぱなしだったせいか、気が抜けた瞬間に、眠気が津波のように押し寄せてくる。


 スライムのぬくもりを感じながら、急速に意識を手放した。


 ……


 ……


 気づけば、“そこ”にいた。


 真っ白な空間。天も地も境界もなく、ただただ白。


 その中央に、俺は一人で立っていた。

 何の足場もないはずなのに、足の裏には確かな感触がある。


「……夢、か……?」


 声が響かない。反響すらないこの場所に、ただ息を吐くように言葉が消えた。


 だが次の瞬間、目の前に“もう一人の俺”が現れた。


 見覚えのある顔――今の、女の姿の俺。

 だがそいつは、俺とは違う表情を浮かべていた。


 にやりと、妖しく笑う。


「ようこそ、私の――愛しき器」


 その声に、背筋が粟立った。


「……なんだここ。誰なんだ、あんた」


 そいつは俺に近づき、手を伸ばした。


 夢のはずなのに、心臓が高鳴る。


 何かが、始まりつつある――

 そんな予感だけが、確かな現実だった。

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