第6話 背中の重み
記録:2025年1月2日
調査者:中沢 廉(R.Nakazawa)
症状:持続的背部圧迫感、睡眠障害、身体錯覚
備考:1月1日を境に、夢と現実の境界が不明瞭となる。
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【現象の“侵入”】
年が明けてからというもの、私は眠ることができなくなっていた。
それは不眠というより、**“眠っても身体だけが目覚めている”**ような感覚だった。
1月1日午前3時。
布団に横たわっていた私は、明確に“何か”が背中に乗っているのを感じた。
重さは15~20kg程度。
猫や小型犬のようなサイズ感だが、それは沈まず、ただ“張り付いて”いた。
その間、私の影は“天井”に伸びていた。
部屋の灯りは消していたが、光源のない空間に、真上に向かって引き伸ばされる影が存在していた。
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【背中の“形”】
1月2日、背中に違和感を覚え、鏡で確認すると――
肩甲骨の間に、**“浮き出た指の跡”**のような盛り上がりがあった。
皮膚は赤黒く変色し、左右に広がる五本の痕。
ちょうど誰かが、後ろから私を押さえ込むように触れた位置。
私はシャツを脱ぎ、影を確かめる。
そこには、“私にはないはずの腕”がもう一対”映っていた。
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【精神と身体の“乖離”】
この頃から、私の記憶は断続的になりはじめた。
廊下を歩いていたはずが、いつの間にか隣人宅の前に立っていた。
電話の履歴に見知らぬ番号と発信記録が残っていた。
台所に立った覚えのない時間に、包丁が水に濡れていた。
特に異様だったのは、1月2日昼、ノートPCのカメラ記録に残された自分の姿である。
私は椅子に座り、無表情で画面を見つめていた。
その背後――私の背中から、“影の腕”が生えていた。
それは、私の首筋に触れるように動いていた。
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【他者の視点】
恐ろしくなった私は、大学時代の知人であり心理学研究者のS氏に連絡をとり、自宅に来てもらった。
S氏の証言:
> 「おまえ、部屋の隅に誰かいるのかと思ったぞ。黒い服着た女みたいな影が、じっとしてた。」
「でも、帰るときにはもう影がなくなってた。あれが光の錯覚だとしたら、おかしい。」
「それより、おまえ……なんで鏡、全部布で覆ってんだ?」
私は答えられなかった。
鏡を見たら、“影のほう”が自分より先に笑うのだ。
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【供養札の掘り返し】
耐えきれず、私は以前埋めた供養札を掘り返すことにした。
場所は神社裏の林。午後11時、スコップを持って一人で出向いた。
札は、以前よりも膨らんでいた。
まるで、内側から呼吸しているような“柔らかさ”を感じた。
そして裏面――
そこには、私の顔が、浅い刻み跡で描かれていた。
目と口が歪み、黒く滲んだ染みが、血のように広がっていた。
札を見たその瞬間――
私の背中に、“舌”のような感触が這った。
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【結論】
私は、“カゲシロ様”に体を貸し始めている。
影はもはや私の一部ではない。
それは、私の背中に乗った「もうひとりの存在」であり、
名前を得て、形を得て、“生まれようとしている”。
次に現れるのは、おそらく“声”だ。
影が話し始めたとき、私はもう“私”ではいられない。
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