春風、後襟にひかれて

浜霧あお

第1話 憧れのセーラー服!

 私は昔から、セーラー服に憧れていた。中学1年生のとき、高校生の先輩と話す機会があって、高校生の優しい先輩と、すごく青春っぽいセーラー服に見惚れていた。

私の中学は至って普通のブレザーで、スカートも柄が無い地味なものだった。この近くの学校もブレザーが多くて、街角で見かけるセーラー服はとても存在感があった。

3年になってからは進路選びが始まり、高校の情報を手に入れる機会が増えた。しかし、多くの高校は制服が変わっていて、セーラー服が残っている県内の学校は一つだけ。

それが「県立想青そうせい高校」だった。

昔に話した高校生が正にここで、私は県立想青高校に受験することを決めた。偏差値も倍率も、私にとっては無茶に近くて、かなり勉強した。母親はなぜここを選んだのか理解できなかったらしい。だから何度も説教されたり、妨害されたり…でも、全てを捧げる勢いで勉強して、親にも騙すようなことをしてまで受験した。


そして、去る冬明けの朝、スマホに届いた通知は「合格」の二文字が表示されていた。


合格しても、忙しい日々は続く。やっぱり高校生として気持ち良いスタートを切りたいし、そのためにもやることは山積み。

でも、これだけは本当に楽しみだった。あこがれのセーラー服に袖を通すこと!入学するずっと前から、その瞬間を夢に見ていた。志望校にした理由も、1日10時間も勉強したことも、こんな小さな夢のためなのかと言われるかもしれない。でも息の詰まるような中学生活、何の夢もない中で唯一見つけられた、人生初めての夢なんだ。こんなに闘志を燃やしたことは、15年の人生で初めてだった。先生の忠告も、母親の命令や妨害も掻い潜った。こんなに自我を出したことも、初めての経験だった。

 採寸の日、百貨店の臨時スペース。私は初めてセーラー服に触れた。こんな構造になってるんだ…襟と胸のところがスナップ止めで、冬の間はちょっと寒そうだな、とは思った。

でも、この白い3本線が入った真新しいセーラー服を袖に通した瞬間、いろんな懸念とか不安とか、全部どうでもよくなるぐらいに高揚感が高まる。毎日この制服を着て学校に行けるとか、まるで現実じゃないみたいだった。

でも…

後ろから母の声が聞こえる。何だか嫌な予感がした。

「サイズはこんな感じですね。ご購入は…」

「いえ、中古を買うので大丈夫です!」

なにそれ

そんなの聞いてない

「え…中古?」

「当たり前でしょ」

中学の時は普通に新品だった。

私の家庭は金持ちじゃないけど、貧乏ではない。

つい数ヶ月前は父が車を買い替えた。

制服が買えないほど困窮している状況なんかじゃない。

「でも、3年間も着るのに…」

「は?あんだけわがまま言って行かせてもらってる方なんだから弁えなよ(笑)」

 その顔を見て、どうしようもなく悔しくなった。私の親はいつもそうだ。母が望んだ道、敷いたレールからすこしでも外れようとすると、上手くいかないように妨げる。そして上手くいかなかったら嘲笑う。私を馬鹿にして笑う。

 今までもよくあることだった。だからあまり刺激しないようにしてたけど…今回はさすがに心に来た。あれだけ努力したのに。でもまたヒステリーになられても困る、面倒臭い。というか、もう争う気力もない。どうせ聞き入れてもらえないんだし。

 翌日。はぁ、とため息をつきながら、リユースしてるらしい店に向かった。

 

端から端までぎっしり制服で詰まっていて、探しても探しても見つからない。そろそろ心が折れそうなので、仕方なく店員に聞いてみた。

「想青高校ですか…ちょっとまってね」

そう言って探しに行ってから、体感10分ぐらいだろうか、申し訳なさそうな顔でおばちゃんが戻って来た。

「ごめんね〜一応あったんだけど…」

それはかなり状態が悪かった。襟のラインが黄ばんでいて、脇から下にそれなりの破れがあった。そして、スカートは右側がめくれ上がるように破れていた。しかも周りに"削れたような跡"があって、とても着れるような物じゃなかった。

「他には…」

「うーん…申し訳ないんだけど、うちにはこれしかなくて…」

頭が真っ白になった。昨日の夜、スマホの地図で調べたが、この地域にリユース店はここしかない。市外まで出ると、かなりの交通費がかかる。きっと母親は、その出費さえ許してくれないだろう。

「あ、あぁ〜そうなんですね…」

私の内心とは裏腹に、口は体裁を保とうとしているらしい。

「本当にごめんね〜、その卒業生はみんな引っ越して行っちゃうらしくて…入荷したら連絡しますか?」

あぁ、嫌だ面倒臭い。

「いえ…時間も無いので買います、直せるので」

「本当に良いの?」

「大丈夫です…」

私はいつもこうだ。相手が配慮してくれたとしても、手を煩わせたくない。早く終わらせたい、手を引っ込めたい。今日もそれが出てしまった。はあ、嫌だそんな自分が嫌だ。

 店を出た時には心が死にそうだった。制服はまぁ…自分で何度か直したことあるし、一応何とかなると思う。一番辛いのは高校生になっても親に振り回されるし、それを拒否できない自分だった。本音を出せない、自分を出すのが怖い、一歩踏み出すことができない。場当たり的な考えでその場から逃げて、自分からさらに悪い方に行ってしまう。私はこのまま、大人になっても弱い自分のままなのだろうか。家に帰って、その日私はただ泣いていた。

 

春休みを制服の補修と課題に費やし続け、気づけば入学式が目前まで迫っていた。結局、中学の友達と遊びに行くこともなく春休みが終わる。高校生に向けてなにか準備が出来たかと言われれば、インスタで数人繋がったぐらいだ。

 最近体調も変な気がする。制服に体調不良に、私の心はサンドバッグじゃないぞ、神様。

今日もなんだか身体がだるいし、疲れてるように感じる。こんな状態で入学式を迎えられるんだろうか。

先の見えない明日に向かって、私はベッドに倒れた。


──────────────────


「信号が、青になりました」

鳥の音。

やば、早く行かなきゃ…

約束の時間はあと10分しかない…

「危ない!!!」

誰かの叫ぶ声。

「…………えっ?」

ズドーン!!!

衝撃。

飛び散る。

何かが壊れる。

服が破れる。

サイレンの音が聞こえる。

誰かがさけんでいる


どごうがきこえる


いし…き…が………



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