第12話 狂人
プロジェクターに映し出された教室は、ミカの時とは違って拷問道具はなかった、泣き叫びながら運ばれてきた彼女は、教室中央の椅子に縛り付けられる。何度も何度も謝りながらなく彼女と、彼女をじっとみて動かない萌実のお姉さんは対照的だった。
凛花は、本当に人狼だったのだろうか。
私はミカの時とは違ってじっとプロジェクターの映像を眺める。彼女が人狼でない場合、私は殺される。死が間近に迫っているのに不思議と怖くないし冷静だった。ミカの死を目撃し、仲良しグループに友情なんてなかったのだと理解させられ心はぐじゃぐじゃに疲弊しきっているからだろう。
***
やっぱり、凛花が人狼だった。
萌実のお姉さんの尋問で語られた事実に私は、強い責任感を覚えた。なぜなら、凛花が萌実を脅したのは「グループでの序列を上げるため」だったが、確かにグループでの序列は凛花が一番下だった。その自覚が私にもあったからだ。
もしも、私たちが凛花をもっと平等に扱っていれば……こんなことにはならなかったのだ。私たちは常に誰かが下とか上とか、そんなくだらない事でただ少しの優しさを持たなかった事で一人の女の子を死に追いやってしまったのだ。
凛花の絶叫が響き、私は耳を塞いだ。凛花の腕に焼き印が押され、痛みと苦しみに悶える彼女は見ていられるものではなかった。
私は、自分が助かったからか恐怖というものはなかったがその代わりに罪悪感に襲われていた。今回の出来事は全部、自分のせいじゃないかと。
あの時、もしも凛花と平等に接していたら。あの時、萌実に声をかけていたら。あの時、あの時、あの時。
鮮明に思い出すことができる高校二年生の記憶。私は、何もしなかったのだ。ミカの影に隠れて、グループで序列の高い自分に自惚れて。恐ろしい兆候を見過ごしてしまったのだ。
凛花の腕に注射が打たれて、彼女が静かになった。「出荷」「使う」という言葉はきっと、彼女は不慮の事故を装って殺され、ミカの妹のようになってしまうのだろう。謝っても、泣いても許さない。そんな萌実のお姉さんの強い思いが私をあたらめて怯えさせた。
萌実のお姉さんは、カメラの方をじっと見て、しばらくするとパッと笑顔になった。そして、彼女は言ったのだ。
「さて、楽しい楽しい時間は続きますね。たった今、人狼が死亡しました! ここで、市民陣営の勝利が確定!」
それを聞いて、理子が「いや!!!!!」と絶叫した。彼女は私の想像通り、狂人だったのだ。そして理子は私をギッと睨んで
「唯、私を騙したんだ」
と怒鳴った。確かに、私は理子を騙した。理子が高い確率で狂人だとわかっていて、彼女が凛花に投票するように、人狼のふりをした。それは、私自身を守る行動だったが、理子からしてみれば嘘をついて彼女を死へと追いやる汚い行為だろう。
咄嗟に、私の口からは謝罪が漏れる。
「ごめん」
「そっか、私なんか死ねばいいって思ったんだ」
理子は目を真っ赤にして、私に掴みかかって肩をどんっと突き飛ばす。私は抵抗できずに何歩か後ろに下がった。
でも、理子に死んでほしいなんて思っていない。仕方がなかった、それだけだ。
「違う!」
「違くないよね。私が狂人だってわかって人狼のふりしたんだ! ひどい、この悪魔!」
「私は、澄子を……」
私は黙っている澄子の方を見た。私と澄子は生きて出られるはずだ。けれど、澄子からは強く鋭い視線が向けられていた。
「澄子……?」
「唯を殺せばよかった」
普段、お淑やかで優しい彼女からは想像できない声だった。澄子は市民のはず、なのにどうしてそんなことを言うんだろう?
「なんで? 澄子は生き残ったんだよ? 理子が狂人なら澄子は市民でしょう?」
「私、狂人」
呆れた時、吐き捨てるように彼女は言った。胸ポケットからカードを取り出して私に投げて寄越した。そこには大金を浴びるように手を広げている狂ったような女がえらがれていた。カードの名は
狂人」だった。
「え……? 狂人は理子じゃないの?」
私は思わず理子の方を見た。彼女も困惑した様子で私と澄子を交互に見つめ、そして胸ポケットからカードを取り出した。
理子のカードには、たくさんの本に囲まれ狂った表情で笑う女が描かれていた。カードの名前は「狂人」だった。
「狂人が……二人?」
私は、自分のカードを二人に見せる。そして、理子が言った。
「唯が守ったのって澄子?」
「うん……でも狂人だなんて」
「狂人も人間だから人狼に襲撃される。つまりは、騎士が護衛することもできるってことか。そっか、そういうこと、あはははは」
理子は何かを理解したのか狂ったように笑い出した。私は何がなんだかわからず彼女から離れてじっと状況を見守った。
「唯は、最後に萌実を助けようとしたから騎士。多分、ミカも狂人だったんでしょう? 萌実を殺す最後の一手を打った凛花が人狼。いじめに加担した私、澄子、ミカは狂人。これ、狂人村だったんだよ」
狂人村。
人狼ゲームにおいて、結構マニアックな特殊ルールが適用されるもの。普通、人狼陣営は市民陣営よりも少人数で行われるが、この狂人村では「騎士」以外はみな狂人になるので「人狼をつってはいけない、狂人が犠牲になって人狼を勝たせなければいけない」という状況になる。
つまり、狂人たちは自らが処刑されるようなムーブをすることで人狼を守り、勝利へ導く。ただ、狂人は能力のない役職なので人狼が誰かを知らないし、騎士が誰であるかも知らない。
なので、誰が人狼なのかを見極め騎士を殺しそして犠牲になっていく。狂人にとっては全くメリットのないゲーム。
——この村に正義なんてなかった。
その上、今回私たちはカミングアウトを禁止されていたことから狂人村と気がつくこともできなかった。それは理子にとっても凛花や澄子にとっても不利に働いてしまった。彼女たちはそれぞれ「狂人は一人しかいない」と思い込んでしまっていたのだ。
「私、死ぬんだ……嫌だよ。助けてよ」
澄子が泣き出した。つられて、笑っていた理子も静かになる。
私は、友達を騙して、殺して。
——私だけが勝者になってしまったのだ。
廊下を歩く軽快な音が聞こえた。スキップでもしているみたいな音、萌実のお姉さんだろう。彼女は、教室に入ってくるとまるでプレゼントをもらったみたいに笑顔で言った。
「楽しいゲームは終わり。人狼陣営の二人は負けたから処刑だよ。さ、みんな。澄子ちゃんと理子ちゃんをそれぞれ運んじゃって!」
悲鳴を上げながら教室の中で逃げ惑う二人を、目出し帽の男たちが簡単に捕まえてしまった。澄子も理子も私に手を伸ばし「助けて! 唯!」と叫ぶ。私は、息が浅くなって、苦しくなって、涙が止まらなくなってしゃがみ込んだ。二人を殺したのは私だ。私が票を誘導して殺した。私のせいだ、私のせいだ。
息ができなくなって、ヒュウヒュウと喉が鳴る。涙と鼻水が流れてぼたぼたと教室の床に落ちた。
「唯ちゃん、期待以上の動きだったよ。私が書いたシナリオとは違ったけれど、やっぱり萌実が期待しただけあるかも?」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。見上げると、彼女は優しい笑顔を浮かべていた。その様子があまりにも恐ろしくて、私が子供のように「あぁ」と声を上げて泣いた。
「唯ちゃん、せっかく勝ったのに待たせてごめんね。私、あの二人とそれぞれお話しなきゃいけないからさ。もう少しここで待っててね」
まるで、妹の友達に話しかけるみたいに彼女は言った。私は、人を殺してしまった。友達を何人も。
私は生き残っていい人間じゃない。
「じゃあ、あとでね。唯ちゃん」
彼女が教室を出ていくと、男たちはまたプロジェクターの準備を始めた。
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