雨宿りの静寂
緋翠
雨宿りの静寂
春の長雨は、ここ数日途切れることなく降り続いていた。雫が窓を叩く音は、世間の喧騒とは隔絶された、私だけの静かなBGMだった。
部屋の片隅にあるソファに深く身を沈め、読みかけの本を開く。文字を目で追うより、耳に届く雨音に意識が向かう。この一人きりの空間が、私にとって何よりも心地よかった。
世間一般には、一人でいることは寂しいこと、とされているらしい。休日に予定がないことをSNSに書けば、決まって「大丈夫?」「誰か誘いなよ」といったコメントがつく。でも、私はそんなお節介な言葉に、いつも小さな違和感を覚える。
なぜ、一人でいることが「大丈夫じゃない」のだろう?
幼い頃から、私は集団の中にいると疲れてしまう性質だった。小学校の休み時間は、友達と鬼ごっこをするよりも、図書室で分厚い本を読んでいる方が好きだった。
運動会の練習では、皆で声を合わせて応援歌を歌うよりも、グラウンドの隅で一人、草花を眺めている方が落ち着いた。決して人嫌いなわけではない。ただ、多くの人の視線や感情が交錯する場に身を置くと、無意識のうちに自分のエネルギーが吸い取られていくような感覚があった。
社会人になってからは、その傾向は一層顕著になった。仕事は好きだ。同僚との連携も、必要最低限はこなせる。しかし、仕事終わりに皆で連れ立って飲みに行くのは、私にとっては苦行に近い。笑顔で相槌を打ち、気の利いた冗談を言う。そんな社交辞令の応酬に、心は軋む。だから、いつも適当な理由をつけては、真っ先に会社を後にした。
読書に飽き、ふらふらと散歩に出掛け、帰路につく道すがら、傘に当たる雨音だけが私を包み込んだ。どうしょうもなく、雨が好きだ。絶え間なく降り続く雨音は人や物の騒音を掻き消してくれた。
簡素なコンビニに立ち寄り、一人分の夕食と、食後のデザートを吟味する。誰かと相談することもなく、誰かの意見に合わせる必要もない。ただ、自分の「今」が食べたいものを選ぶ。その自由が、何よりも尊い。
部屋の灯りをつけ、買ってきたばかりの弁当を温める。温かい湯気が立ち上り、醤油とだしの香りが部屋に満ちた。テレビはつけない。スマートフォンも、用がなければ触らない。ただ黙々と、自分のペースで食事を進める。私は一口一口、食材の味を確かめた。そんなささやかな行為が、疲弊した心に栄養を与えてくれた。
食事が終わり、洗い物を済ませると、再びソファに座る。窓の外は、もうすっかり闇に包まれている。雨音は相変わらず降り続き、その規則正しいリズムが、私の心を深い静寂へと誘う。誰にも気兼ねすることなく、ただ自分自身と向き合う時間。この至福の瞬間を、私は何よりも大切にしている。
寂しい、なんて感情は微塵も湧いてこない。むしろ、この穏やかさに満たされた空間こそが、私にとっての安息の地なのだ。明日も、明後日も、きっと私はこの場所で、自分だけの心地よい時間を過ごすだろう。雨音が、まるで私を肯定するかのように、優しく降り続いていた。
雨宿りの静寂 緋翠 @Shirahanada
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