第52話「鬼の子」
物言わぬ龍は胴体を反らし、薄紅色に染まった尾を左右に揺らしてから花純の濡れた頬を拭う。
ニセモノでも愛されていると、やさしさに息を呑んで花純の口角がゆるんだ。
「……ありがとうございます」
この人を好きになってよかった。
たとえニセモノだとしても、簡単に譲れるような恋ではないと、花純は不敵に笑うと今にも暴走しそうな楓に手を伸ばす。
――分別のつかない恋。
だけど大切な人たちを失うような愛し方はしない。
ホンモノだった梨亜奈にだけ、罪悪感は一生消えないだろう。
それでも紫暮を愛してしまったので渡したくないと思ってしまった。
楓に幸せになってほしい。
片割れの弟。
蛍を抱きしめて、光莉に愛を伝えて。
花純の願いは最初から楓を見つけて蛍と再会させることだ。
誰かを傷つけて愛を得た花純には進めない道を、片割れの弟に託す。
どうか鬼子であっても幸せな家族でいられると信じさせて。
自分の気持ちを押し殺すことばかり覚えてしまった蛍をめいっぱい愛してあげて。
子どもらしく笑える未来を。
――鬼子は花純だけで充分だ。
「楓! 私が受け止める! だから手を伸ばして!!」
『花純……』
「守るものがあるならちょっとは頑張ってよ! 私もがんばるから! 負けないから!!」
諦めるのは簡単だ。
卑屈になって「どうせ」と言っていればそれが正義になる。
何か努力をしたわけでもなく、才能があったわけでもない。
産まれたときから”鬼子”と蔑まれ、身内にさえ対等に扱ってもらえなかった。
つくづく鬼子とは呪わしい。
挙句の果てに龍人を惑わし、奪ってしまった。
嫌われ者の鬼子。
裏切り者の鬼子。
だけど人の心は知っている。
愛されることを知っている。
卑下することだけが花純を構成しているわけではない。
愛を知っているから、愛してほしい。
たとえそれがニセモノだったとしても、欲しい愛があるから。
欲しいものは引き寄せる。
花純自身が魅力的な存在になって、選んで後悔のない女性になるから。
――来い。こい、こい、こいっ!!!
――”鬼の誘惑”とやらの力があるならば、楓にまとわりつく鬼たちよ、来い!!!
楓に抑えられていた鬼たちがざわめきだし、黒いモヤをうねらせる。
紫暮の力を借りて鬼を取り込もうとする花純のもとへ、枷となっていた鏡が割れて鬼たちの影がいっせいに花純に襲いかかった。
恐ろしさに花純は怖気づきそうになるが、紫暮の角を掴んで弱さを支えてもらう。
花純を人身御供とし、封じれば一番楽だろう。
楓ほど器用に鬼たちを抑えられるかは不安だが、この先鬼喰いとして動かさないためと思えば踏ん張れたはず。
これは賭けだ。
楓から花純に身を乗りかえるのにどれほど間が空くかわかっていなかった。
媛巫女たちが鬼喰いを封じる際は、楓が乗っ取られる可能性を考慮していなかった故に隙がうまれた。
想定の有無で、花純たちが発揮する力は何倍にも膨らむことを証明してみせよう。
「紫暮様っ!! お願いします!!!」
楓から鬼たちが抜けきって、花純の身体を欲しだす。
瞬きもせぬうちに飛びかかってくる鬼の影たちに、紫暮は全身全霊の水の球を放つ。
龍気の加わった強力な攻撃は、鬼の影たちに直撃する。
怨念と化した鬼たち。
鬼が鬼を取り込んで力を蓄えてきた。
それが”鬼喰い”の正体。
鬼を倒すために生まれた存在が、恨みに転じて逆襲を果たす。
鬼たちが最初から怨念だったわけではなく、憎しみ怒りなどを取り込んで”鬼”として目覚めた。
鬼の最終形態は、”怨念”だと花純は拒絶した負の塊の幸せを祈った。
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