第41話「再契約を要求します」
紫暮の口から語られた母・綾芽の想い。
そして会ったこともない鬼の父・秋兎のこと。
知らなかった愛情が繋がって、紫暮は花純を番だと大事にしようとした。
人の想いが繋がった結果だとすれば、花純は祝福しかない感情に頷いてしまいたかった。
番だと伝えてくれる紫暮に、同じ想いだと抱きつきたかった。
だが現実は、花純を紫暮の番と認めなかった。
ホンモノの番・梨亜奈が現れたことで紫暮が当然だと思っていた現実が崩れた。
「番と心が通じないこともあるんだな……。いや、わからない。あれは本当に番なのか?」
「紫暮様……。私は……」
「いや。だとしても俺は花純、お前が好きだ」
「んっ……ぅ……」
噛みつかれる。
距離をゼロより近づけようとして、唇の薄皮がめくれてしまうほどに熱くせまられた。
突き飛ばせない。
突き飛ばしたくない温もりに身をゆだね、花純は自分がどうしたいのかをぼんやりと考える。
(お母さまの願いがなかったら好きになってくれなかった? そうだったら私は紫暮様を受け止めないの?)
そう考えるのは全部他責だ。
一切、花純がどうしたいかが含まれていないと気づき、憤って紫暮の肩を押して唇を離す。
そして今度は花純から、押し倒す勢いで紫暮の唇にキスをした。
夏の暑さで、汗が混じるしょっぱさの濃い口づけ。
セミの鳴き声がじりじりと脳内を焦がしていく。
唇が離れたとき、花純は紫暮に馬乗りになって赤い瞳に水膜を張らせた。
「契約は……一方的に破棄するのはダメです」
頭皮からにじんだ汗がこめかみを伝って紫暮の頬に落ちる。
きっと父・秋兎のように狭い世界で生きてきて、目の前に現れた人に希望を見た。
鬼子だと忌み嫌われてきたが、誰とどう生きたいかくらいは自由だと紫暮の肩に指をはわせた。
――空色に、天翔ける龍を見た。
「私は楓を見つけて、蛍ちゃんと再会させる。そしたら紫暮様の妻になるのです」
「花純……」
目を見張った紫暮に、感情があふれ出して大粒の涙まで落ちた。
「そしたらみんなで一緒に暮らしたい。好きな人たちとともにいるのは自由ですよね?」
「……あぁ、自由だ。誰を好きになるのも自由だ」
願わくば、番でありたい。
この想いは紫暮に抱かせてしまったものかもしれない。
”鬼の誘惑”なんてわからないものだが、あってもなくても紫暮の気持ちを失いたくないものだ。
龍人にとっての番にはなれなくても、紫暮といたいから妻になる。
もう、負けない。
これ以上、自分を卑下しては紫暮の覚悟に失礼だ。
――私なんか、ってもう言わない。
「認めない」
夏の空が一変、暗雲がかかって雨が降り出した。
ゴロゴロと雲が唸り声をあげた直後、屋敷の近くに雷が落下した。
暗くかすんだ視界、雷が光ると逆光に一人の女龍人の輪郭が浮き出てくる。
「梨亜奈さん……」
「番とは唯一無二。あなたは略奪者。……返してよ、アタシの大事な紫暮様を」
「梨亜奈。俺は花純を愛してる。俺はもう龍人の国には帰らない」
「じゃあアタシはどうなるの? 番のいない女になれって?」
「……お前はまだ若い。もしかしたら……」
「もしかしたらで解決するわけないじゃない!!」
強烈な雷が納屋に落ち、焦げ臭さが充満する。
黒い煙をあげて火を強くしていく光景に、那波が蛍を連れて駆け寄ってきた。
紫暮は舌打ちをすると、花純を後ろに守って空に向かって手を伸ばす。
手のひらに水の球が凝縮され、雨の流れが納屋に集中する。
水の球が納屋の上で破裂すると、焼失するところだった納屋は重みでつぶれて鎮火した。
はじめて目の当たりにする龍人の能力に驚き入る。
紫暮は龍人でありながら、一族をまとめる長になるよう望まれるくらい強い存在だと痛感した。
暗雲は雨を止めるとゆっくりとスライドしていき、空に虹がかかる。
通り雨として霧に近いこまかな水が頬をかすめていった。
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