第20話「言葉が足りていない」

「あっ……えっと……。夕食の支度をしようと思って」

「そういうことは那波に任せている。花純は気にしなくていい」


おそらく何もしなくていいと、気づかってのことだろう。


だがこれまでずっと使用人として南条家に暮らしてきた花純には、何もしないのは罪悪感で押しつぶされるに等しいこと。


チラッと那波に目を向けると、那波は苦境に立たされたような顔をして唇を固く結んでいた。


その困り果てた姿に、花純は無意識に背筋を伸ばして前のめりとなる。


「私にお食事の用意をさせていただけませんか?」

「なっ……」


「ここでお世話になる以上、何かお役に立ちたいのです。家事でしたら慣れておりますので……」


「もう南条家にいる時のように無理をしなくていい。那波もいるから気負わなくてもいいんだ」


「でしたらなお。ずっと家事をしてきたので、それがないと蛍ちゃんと向き合うのが気恥ずかしいのです」


ね、とお米をよそい終えた蛍に問いかけるが、いつも通りにそっぽを向かれてしまった。


どうしたものかと苦笑いをしていると、蛍は那波を上から下まで観察して駆け寄っていく。


「ご飯。花純が作ったのがいい」

「! 蛍ちゃん……!」


那波の白シャツをひっぱり、一途に見つめる蛍。


その姿に感極まって目頭が熱くなってしまう。


沈黙を貫いたり、何も聞く気はないと暴れる時もある。


まだまだ蛍の気持ちはわからないことが多いが、少なくとも蛍も花純に歩み寄ろうとしてくれているとわかり、涙をにじませた。


(そっか。少しわかったかも)


全部を背負うな、と紫暮は言いたいのかもしれない。


程度がわからないから那波に任せろと一言で片づけてしまうが、本心は違うだろう。


花純が最優先にするのは蛍との交流であり、楓に会うまで守り抜くことだ。


それまでの時間、それ以降の時間。


花純は紫暮でも那波でも頼っていいのだと、そう言われているような気がして胸が熱くなった。


「お料理は私にさせてください」

「花純……!」


「配膳や後片付けを手伝っていただけると助かります。那波さん、お願いできますか?」

「! ……もちろんです」


花純の発言を受け、那波は安堵の笑みを浮かべて肩をおろす。


おそらく那波は料理が苦手だ。

とはいえ、何もしないわけにもいかないので試行錯誤したのだろう。


やわらかい微笑みを向けてくる那波に、花澄は南条家の時と異なり一人ではないのだと実感した。


「無理はしないように」


言いくるめられた紫暮は、やけくそに後頭部をかくと耳を赤くしたまま背を向ける……がすぐに振り返る。


「食事はともに。お前は俺の番なのだから」

「! は、い……。ありがとうございます……」


お礼をすると、紫暮は肩を強張らせてすぐに去ってしまう。


紫暮なりに花純の望む距離を見いだそうとしてくれている。


強引なところもあるが、やさしい人だと知り花純は自然と表情をほころばせていた。




***


食事を終え、那波に風呂場へ案内される。


(お米。おいしかったなぁ……)


南条家では食事も人目を盗んででしか食べられなかった。


炊き立てのお米を食べたのはいつぶりだろうかと、蛍といっしょに湯に浸かって考える。


蛍がタオルを湯面に浮かせ、空気で膨らませて指でつつく。


南条家よりも大きなお風呂で、蛍は気分が良いのか顔の半分を湯に沈めてブクブクと泡を吐いた。


口数は少ないが、蛍の子どもらしい姿に花純はようやくこの決断をしてよかったと安心を得た。


蛍に浴衣を着せて風呂から部屋に戻る。


縁側を歩いていると、閉め忘れた木戸の向こう側に群青色の夜空が見えた。


半分に浮かぶ月と、時折空から流れ落ちる星に魅了され、目が離せなくなる。


楓もこの夜空を観ているだろうか……。


「楓……。早くしないとどんどん大きくなるんだからね」


小さな手を握り、花純は木戸を閉めると蛍と部屋に入る。


これから布団を敷いて寝よう、そう思っていたのに襖を開けると……。

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