第11話「とんだすれ違い」※

「!? えっ! あの……」

「鬼子でも番は番だ。別にかまわない」


口にした瞬間、理性が切れたのか紫暮は容赦なく距離を詰めてくる。


「番とは生涯をともにする伴侶だ。つまり俺の妻にお前がなるということで」

「そっ……そんなはずは……! こ、これ以上、鬼の血を繋げては……ひゃっ!?」


端正な顔が花純の耳元に触れ、息がかかると鼓膜が強く震えた。


この距離感は初対面にしては狂っていると抵抗しようと身をよじれば、紫暮の唇が下降して首筋に牙が立てられる。


「んんっ……!」


痛いはずなのに、全身が甘く痺れる。

恥ずかしさに目を回していると、今度は右頬にくすぐったい感触が触れた。


これは一体なにが起きているのか?


視界が涙でにじんでいく。

初対面の相手にここまで触れられると、さすがの花純も耐え切れない。


嫌だと口にしないのは、おとなしくしているのが一番傷つかずに済むと知っているから。


「いゃ……いやぁ! こんなのは……」


嫌とはまた違う。だけどそれ以外に適切な言葉が見つからない。


「私に番がいるなんて間違いですっ!!」


ダイキライな自分を”番”だと言う龍人。

何かの間違いでないと花純は受け止められない。


鬼子の血を断たなくてはならない。愚かで弱虫な花純を愛する人なんていない。


番だから紫暮も惑わされているだけで、本当に花純だから愛してくれているはずがないのだから。


「申し訳ございませ……。やめてください。叔父上には私から破断になったと伝えます。だからどうか離して……」

「それは俺に死ねと言うのか?」


冷めた声にハッと顔をあげると、薄紅色に染めた尾が花純の頬を撫でだす。

いつのまにか頬を伝っていた涙を、紫暮は不器用に撫でて眉根にシワを寄せた。


怒っているようだが、それ以上に切なさが上回って花純は返事ができない。


「龍人の尾だ。番にだけ反応して毛先が染まる」

「あ……」

「龍人は番を認知したらもう離れられない。これは本能なんだ」

「だ、だから私ではなく……」

「疑うな。悪いが俺は引かんぞ」


真面目さを通り越して意地を貫く姿。

麗しい見目だが、譲ろうとしないところは少しだけ幼く見える。


熱い感情をぶつけられると、いくら花純でも流されてしまいそうだ。


誰かが花純を好きになってくれるなんてありえないのに、紫暮の切実さには揺れてしまう。


(だけど私は南条家を離れるわけには……)


まわりに蔑まれようが、暴力を振るわれようが、花純には一つだけ譲れないことがある。


花純の望みは、行方不明になってしまった楓を見つけること。


この四年間、ずっと楓の手がかりを求めてひっそりと動いてきたが、何も見つけることは出来ず。


十日前に楓の娘と名乗る蛍が現れた。

これは楓に繋がる道が開かれたのかもしれないと、花純は希望を抱く。


今、蛍を見捨てては楓に会えない。

同じように鬼子だと蔑まれる蛍を放ってはおけない。


あの楓が娘を放っておくはずがないと信じたかった。


蛍を守り抜いてみせるから、どうか楓に会わせてと何度も神に願って今日まで生きてきたのだから。



「あなたの番じゃありません! 私はあの子を……蛍ちゃんを守らないと――!」

「……あの子?」

「ひっ!」


必死になりすぎて言葉を考える余裕なんてなかった。

”子”という単語を聞いた途端、紫暮のまとうオーラがどす黒く変化する。


番に舞いあがっていたのが一変、花純の苦手な赤黒さをまとって後ろから圧迫するように力を込めて押さえつけてきた。


「どういう意味だ? 俺以外に相手がいるのか?」

「ひぃっ!?」


疑念が肌を刺激するほどに伝わってくるが、流されるわけにはいかない。

置いてきてしまった蛍を思い出すだけで胸が裂けそうだ。


もしここで花純が蛍から離れたらきっと、二度と蛍は笑うことが出来なくなる。


そんな悲しい思いは嫌だと、今までNOの言えなかった花純は思いきり紫暮にぶつけることにした。


「子どもがいるんです! 蛍ちゃんを置いて紫暮様の番にはなれませんっ!」

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