第2話「疫病神と虐げられて」
「蛍ちゃんは久美子さんの着物が欲しいの?」
問いかけても蛍は答えない。
イヌツゲの緑に隠れ、こちらをジッと見つめるだけだ。
花純が視線をあわせるとすると、蛍はすぐにそっぽを向いてしまうので十日経っても心の距離は縮まらなかった。
「たしか荷物のなかに素敵な着物があったよね。真っ赤な紅葉の――」
「あら、花純お義姉様。おはようございます」
花純の言葉を遮るようになまめかしいツンと尖った声がした。
蛍に意識を集中させていた花純は、近づいていた気配に気づけずに慌てて振り返る。
そこには飴色の波打つ髪をした南条家の一人娘・久美子がいた。
華やかな容貌に花純はとっさに腰を低くし、風で乱れた髪をそのままに頭を垂れる。
「おはようございます、久美子さん。今日はお早いようで……」
「朝っぱらからずいぶんと暴れまわったようね。騒がしくて起きちゃったわ」
「も、申し訳ございません……」
早朝から蛍が家中を走り回り、それをトメが目くじらを立てて追いかけていた。
二人の追いかけっこは近所迷惑になるほど騒がしかったと、花純は決まり悪くなって頭をあげられない。
それを冷ややかな眼をして一瞥するのが久美子だ。
「あちこち土汚れが目立ってイヤだわ」
「すみません……。すぐに対応します」
浴衣を羽織っただけの久美子が艶っぽく口角を引き上げて、道化師のように笑む。
南条家の直系巫女であり、唯一の子どものため周りから大事に大事に育てられた一人娘だ。
たった一人の跡取りであり、本家に残された生粋の巫女。
花純とは従姉妹の関係にあたる存在だった。
「本当に困るわ。南条家にろくでなしの子どもがいるなんて。せめて巫女の力があればよかったのに」
「……申し訳、ございませ……」
「恥知らずの子ども。その子どもから生まれた子ども。……鬼子なんて。南条家の汚点だわ」
久美子が目を向けるのは花純ではなく、さらにその向こう側にいる蛍だ。
木に隠れているとはいえ、ハッキリと声が届くように久美子は明瞭に語った。
あきらかな嫌味だが、事実のため花純は顔をあげることも出来ずに拳を握りしめる。
久美子の言う通り、花純は”南条家の汚点”であり、”鬼子”と呼ばれる存在だったから。
「トメが怒っていたわよ。わたくしの大事な着物を汚されたと」
さっそくトメが久美子に告げ口をしたようだ。
取り返して早々に実物をみせて話す。
従姉妹といえど、花純は南条家の者ではなく使用人として扱われていた。
「申し訳ございません。しっかりと汚れをおとしてお返しします」
「結構よ。……父親に似て悪い子ね。母親はどんな顔をしているんだか」
飴色の波打つ髪を指先でいじり、小馬鹿にする顔つきで花純を鼻で嗤う。
花純を通じて蛍を侮辱。
さらにその向こう側に繋がる楓。
誰かもわからぬ母親。
全員を軽蔑する視線と言葉に、花純は何も言い返せない。
そうして黙っていると、空は薄暗い灰色に覆われてポツポツと水滴をこぼしだす。
頬に雫が落ちて、激しくなる様子に花純は拳を握りしめて久美子に一礼すると、蛍を迎えにイヌツゲの影まで出た。
「蛍ちゃん。風邪を引くから中に入ろう。ね?」
やさしく声をかけているつもりだが、蛍は警戒して首から下は見せようとしない。
無理強いしても蛍は泣きわめき、困り果てた花純に久美子が苦り切った顔をする。
何を選んでも花純に良いことはなく、弟の顔を思い浮かべては疲労感にうなだれてしまいそうになっていた。
「疫病神。この鬼子め」
小雨をすり抜けて耳に直接届いた声。
背後でひときわ不機嫌を凝縮した低い声に振り返ると、今度は空が光るとほぼ同時に雷が落下した。
――ピシャアアアアアン!!
「蛍ちゃんっ!!」
近くに落ちた雷に花純は必死になって蛍の手を引き寄せ、覆いかぶさるように抱きしめる。
焦げ臭さが充満したと思えば、一気に雨が強くなって地面を叩きつけていた。
空から墨汁を垂らされたと錯覚するほどあたりは暗くなった。
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