第9話 香りは癒しにもなり、盾にもなり、武器にもなる

 外は人々の営みがある。

 毒霧のせいで皆、顔色は今ひとつ良くないのが気がかりだけれど、それは追々なんとかしてみせるわ。

 そのためにも、ダンガルさんを説得しないといけない。

 でも――。



「ダンガルを説得できるといいですね」

「ええ。最初は街全部に香炉を置くことは流石に今は無理だと思うわ。でも、少しずつなら街を毒霧から守れる筈なのよ。まずは中止部からやってみせるわ、必ずね!」

 


 これは、勝てる勝負だと思う。

 勝てるからこそ、挑む意味がある。

 私の香りは、人の助けになる――その確信があるから、私は前を向けるの。



「私の作る香りは癒やしにもなるし盾にもなる。守る力は強いの」

「そのようだね」

「そして、人との繋がりをもたらすのも、香りだと思うわ」

「香りを浸かって、人と人を繋げていくのですか?」

「そうとも取れるし、違うとも取れるわね」

「というと?」

「人の想いを、繋いでいのよ」

「人の、想い……」



 ふとした瞬間に香るソレに、何を重ねる時がある筈。

 例えば花の香。

 母の日なんかが分かりやすいわ。

 母の日に買った、母への感謝の気持ちの花。

 花屋の香り、買った花の香、抱きしめてくれた母の香り。

 それらは、忘れようにも忘れられない香りだと思うもの。


 香りは、誰かの記憶と静かに重なるわ。


 それは、とても尊いことでもあり、本能的なところでもあるの。



「香りは静かに寄り添い、静かに記憶と重なる……。それは、とても素晴らしいことだわ。私は調香師として、香りに誇りを持っているの」

「なるほど……強いな」

「ええ、香りは強いのよ」

「……君も十分強いよ。アメリア嬢」



 その言葉思わず目を見開いた。

 だって声音には、称賛だけでなく、心配と敬意が滲んでいたから。

 


「実は俺はマーヤ公爵夫人とは知り合いでね。アメリア嬢の事はマーヤ公爵夫人から聞いたことがあったんだ。その時こう言っておられたよ。『』と。それが君の最もたる強さだ」

「……マーヤ様が」

「香炉師の力を借りて、君はこの街を……守りたいのだね?」



 核心を突かれ、私は驚いて彼を見つめた。

 でもすぐに、真っ直ぐ頷いた。

 嘘はつけない。彼には特に。

 なぜか分からないけれど、そう感じたの。


 

「この街を守りたいの」



 その言葉にエドワード様はそっと私に視線を送ったわ。

 そこには軽蔑でもなんでもなく……尊敬と敬意を持つ色を感じた。



「誰かのために動けるあなたに、ようやく出会えたのかもしれません」

「エドワード様……」

「もし、あなたがどこかで迷ったときには……遠慮なく、助けを求めてください。俺は、あなたを信じたい」

「ご期待に添えるよう、力いっぱい頑張ります」

「ふふふ、君なら毒霧の方から逃げ出しそうだ」

「あら、逃げる程度の毒霧なら、とっくに解決してますわ」



 ――それから四時間後。

 ダンガルさんと奥さんが眠っていた部屋のドアが開き、中から背伸びをしながらダンガルさんが出てきて、奥様も気持ちスッキリした様子で出てこられたわ。



「あ~~……あんなに深く、それもぐっすり寝たのは何時振りだろうな……」

「寝ても悪夢に魘されることが多かったのに、本当に夢を見ることなく深く寝れました。おかげで身体がなんだか軽いわ!」

「それは良かったです。どうでしょう? 私の調香の力と腕前は」

「ったく、こんな結果を出されちまったら……協力しないわけには行かねぇじゃねーか」

「――でしたら!」

「おおっと、だが香炉が足りねぇ。作るのに時間が掛かる。少なくとも今店にある香炉を、街の中心の香炉塔に置くことは出来るがな。俺が今出せる香炉はソレくらいだ。それでもいいのか?」

「構いませんわ! まずは街の中心部から、徐々に広げて行きたいと考えてましたもの!」



 私が喜んで答えると、ダンガルさんの奥様が「今回の調香師様は本当に可愛らしくてやる気満々ね」と笑ってくれた。

 


「お、おう。だがひとつ頼みがある」

「何でしょう?」

「さっきの香、買わせてくれねぇか? あれがあれば家でもぐっすり眠れそうでよ」

「それでしたら、最初はお礼としてプレゼント致しますわ。ただし、次からはお代を頂きますけれど」

「いいのか?」

「ええ、これを機に末永くお付き合いしていきたいですからら。お近づきの印ですわ。調。そうでしょう?」



 茶目っ気を入れて口にすると、一瞬キョトンとしたダンガルさんと奥様は声を出して笑い「アンタとなら長いこと一緒に仕事ができそうだ!」と笑ってくれた。

 それだけで、私は十分お代を頂いているわ!


 

「じゃあ、明日の朝には香炉塔に香炉を置いていってやるよ。明日、香炉に香りを焚くと良い。俺も参加させてもらおう」

「ええ」

「なら、俺の馬車を使うと良い。俺も本当に毒霧の毒素が少しでも消えるのなら見てみたい」

「かしこまりましたわ」



 こうして明日の朝一番にエドワード様は迎えに来てくれることになり、三人がお帰りになった後、少し大きめの【浄香じょうこう】を調香していく。

 材料となるのは「ホワイトセージ」と「フランキンセンス」と言う植物と樹木から採取される樹脂を用いて作っていく。

 どちらも浄化の作用があり、空間に漂う毒霧や邪気を払い、清浄な空間を作り出す作用がある。


 実家にいた頃は、教会に頼まれて卸していた香りのひとつ。

 そう言えば、この作り方を知らない義妹達はどうしているかしら?

 今さらどうでもいいのだけれど。


 合計二十個ほど調香したところで一段落。

 私は明朝の浄化に備えて、早めに眠ることにした――。

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