第二章 火の消えた街に、香炉の火を

第7話 私の新しい日常は、香りの魔法使いのようで……

 このエルメンテスに到着して、一週間。

 街は毒霧の所為で人も空気も荒み、冷え切っているように感じたわ。

 こういう毒霧や、街を浄化するためには街の要所要所で香炉こうろを起き、空気を浄化するお香を焚くのが一般的なのだけど……。


 気になって様子を見た所、香炉が壊されて香りが焚けない状態になっていたわ。

 これは由々しき問題よ。

 この毒霧をある程度退けるには、街全体を少しでも浄化させることが大事。

 なのに、それをする為の香炉が壊れているのでは、どうしようもないもの。


 タウンハウスに訪れるお客様に、以前いた調香師ちょうこうしの話を聞いてみたけれど……皆、なんとも微妙な表情を浮かべていたの。

 特に快活なお婆様からは、こんな話が飛び出して、思わず驚いてしまったわ。



「アンタが来る前にいた調香師? 高いばかりで禄な香りも作れない調香師だったね。態度も横暴で高圧的! その癖、口では、俺がこの街の毒霧を晴らしてやるとか言いながら試しに行って、香炉師こうろしの爺に殴られて泣きながら帰ってきたって噂だったよ」

「まぁ、香炉師はいらっしゃるのね?」

「偏屈な爺さんだよ? 若いアンタじゃ話も聞いてくれやしないさ」

「あら、試さなければ分からないわ。私はその調香師とは違って、逃げたくはないの」

「ははは! 豪傑なお嬢さんだ! その気概はいいけどね。無茶は、するんじゃないよ?」

「お婆様ありがとう。でも私、この街を放ってはおけないもの。何時までも辛気臭い顔で、それでいて辛そうな顔をしているなんて、心にも体にも悪いわ。病は気からとも言うけれど、その〝気〟を濁らせているのが毒霧なら、少しでもどうにかしたいのが、私という調香師なの」

「やれやれ……そういうところも、前の調香師と違って可愛らしいところだがね」

「ふふふ、ありがとう」



 そのお客様――ハンナさんは、そう言ってシワシワの手で私の手を握ってくれた。

 毒霧で夫を亡くし、今は息子さん夫婦と暮らしているハンナさん。

 お孫さんの精神を安定させる調香を頼みに来てくれるお客様。


 私の調香の成果もあるのか、お孫さんの精神は随分と安定してきたらしいけれど、その根本を直すためにも、毒霧を僅かでも浄化しないと意味がないわ。



「ハンナさん。良ければその香炉師を教えて頂けないかしら」

「あの偏屈爺のところに行くのかい? よしなよ、殴られちまうよ」

「殴られたらこっちも殴り返すわ。目には目を、歯には歯をよ。タダで終わらせるつもりはないわ。必ず結果を持って帰る。それが私の信条よ」

「全く……お転婆だねぇ。気が強いのも考えものだよ? 嫁の貰い手があるかねぇ」

「ふふふっ!」



 心配されてしまったけれど、シワシワの手で頭を撫でられるのは嬉しいものね。

 ハンナさんのようなお客様、大切にしてくれる方々――いいえ、たとえ大事にされなくとも、困っている人々を香りで守ることは、私にできるはずよ。

 それがきっと、街の人を守る盾になってくれるわ。

 

 私の仕事は調香師ちょうこうし

 人々を守る香りの盾を作る、調香師よ。

 


「やぁ、アメリア嬢」

「あら? エドワード様。いらしていたのね」

「おやおや、ではお先に帰ろうかね……。領主様もここの調香には関心があるようだ」

「ふふふ、ありがたい事だわ」



 そう言うとハンナさんは杖を突きつつ店を後にしていった。

 彼女が去ってからエドワード様が従者と共に店に入ってきて、陳列棚に並ぶ香りの多さや、種類の多さには驚いていたようだけれど、私は努めて笑顔で応対する。



「本日はどのようなご要件でしょう?」

「ああ、君の店が出来上がったと聞いてね」

「ええ、実は店を開く一週間前から既にボチボチと始めていたんです」

「そうなのか?」

「ええ、困っている方は放ってはおけないもの。香りで役に立つことが、私達調香師の役目。どのような状態でも、お客様を香りで守ることが使命ですわ」

「やはり君の香りは……なんだね」



 思わぬ言葉に目を見開いたけれど、私は微笑みながら「ええ、そのつもりで調香していますわ」と答えた。

 すると、エドワード様はなぜか感心したように頷いた。

 


「それで、今から街の毒霧を少しでも抑える為に、香炉師のお爺さまに会いに行こうかと思っていたんです」

「ダンガル爺さんだな」

「ダンガル様と仰るのね」

「ああ、年は召しているが確かな腕前を持つ香炉師だ。しかし偏屈だぞ?」

「存じておりますわ。ハンナ様からもご忠告を聞きましたもの」

「それでも?」

「街の毒霧浄化の一歩として、確実に必要なことですわ。例え殴られようとなんだろうと、意地でも捕まえてみせましてよ」



 グッと拳を上げて口にすると、エドワード様は面食らったかのような顔をしていて、後ろに立っている従者さんは口を抑えて笑っていますわ。

 失礼ね! 私は本気だって言うのに!



「そんなに驚くことかしら? 私本気よ?」

「いやいや、アメリア嬢。未婚の君の顔や何処かに傷がついてはいけない。俺も同行しよう」

「まぁ、でもお仕事が……」

「気になさらないでください。ついて行かせたほうが後々、こちらも安心しますので」

 


 そう従者さんは仰るけど、でも、お仕事の途中なのよね?

 良いのかしら?

 一緒に来てくれるなら安心だけれど、そこまでして貰うのは――。



「アメリア嬢。俺のことは気にしないでくれ。君が香炉師の力を借りて、調香師としてこの街を浄化しようとしてくれるのなら、俺もそのお手伝いを少しでも出来れば嬉しい」

「そう……ですか? でしたら……そのダンガル様のお宅もご存知?」

「存じております」



 私の問に従者の方が返事をしてくれた為、その後店を閉めてエドワード様の馬車に乗り、ダンガル様のお宅まで向かうことになったのだけれど――。

 


「既に調香師として仕事をしていたのは知らなかったな……。もう顧客はついたようだね」

「ええ、有り難いことに」

「君は……使のようだ」

「ふふふ、そうでなくては、調香師の意味がありませんわ?」



 嬉しい言葉に笑顔で答える。

 香りの魔法使いとは、この世界の童話に登場する調香師のこと。

 迷える人々を、香りで救う優しい魔法使いの物語。



「でも、私は香りの魔法使いの中でも、一際、香りの盾に強いんですの」

「そのようだね」

「剣を作れるようになるよう、心がけますわ」

「おやおや、一人で何でも……と言うのは欲張りだよ?」

「そうかしら?」

「剣が必要なら……」

「ええ」

「着きましたよ」



 その続きを聞く前にダンガル様の家についてしまい、続きの言葉は聞けなかったわ。

 けれど、きっと領主として何か素敵なことを言おうとしてくださったのだと胸に留めて、私たちは香炉師のもとへと向かう。

 けれど――。



「街の浄化の為には香炉は必須。貴方、そんな香炉を作る腕もないのかしら?」

「ガキが大層な口をきくじゃねーか。テメーこそ調香師として浄化の香り作れんだろうな!」

 


 ――どうしてこうなったのかしら?

 

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