ミスティック・マジック・アンド・ジュエリー ~彼女が僕と組む理由~

弧川ふき@ひのかみゆみ

第1話 最悪な出会いなんですけど!

「げっ、もしかして、のろま女キャラのマーシャ・プルレウス?」

「のろっ……た、確かに言われてるけど。というかそっちこそ、指示がうるさいって評判のルーク・ケンゲルジオンじゃんか」


「あんたとは組まないからね」

 あるゲームのグッズショップでの出来事。

 目の前にいるのは、普段僕が会おうとは思わない人だった。

 なぜこうなったのか――


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ミスティック・マジック・アンド・ジュエリー略してミマアジュは、武器を出すのにも何をするのにも魔法を使うVRMMOのゲーム。僕、八島やしま壮太そうた(三十歳)はマグナムバーガーの厨房で働きながら、今それに熱中している。

 ハマっている理由は幾つかある。その世界観の中で自分の部屋を持つことができ、そこのインテリアなんかを幾らでもいじれることがまず一つ。

 もっと大きな理由がある。好きなジュエリーを模造品のグッズとして、グッズショップで購入できること。僕のコレクターだましいさけびを上げたワケだ。それに、昔から図鑑で何度もながめたくらいには宝石類が好きだったし。


 今日もグッズショップへ向かった。駅付近にある店だ。

 入ってすぐの所には、ほかのゲームのグッズショップでもよくある帽子やシャツ、ぬいぐるみなんかの棚がある。奥にはそれらを買うカウンターと、イベント報酬グッズのための専用カウンターがある。その専用カウンターへと近付き、列に並ぶ。

 数分経ってから自分の番が来た。

「あの」

「はいどうぞ」

 レジ係は若い女性。

「模造ジュエリーが欲しいんですけど」

「ではこちらに記入をお願いします」

 と出されたのはアカウント番号と購入希望模造ジュエリー名を書く用紙だ。

「イベントクリアしていない場合は購入できませんのでご了承ください」

「はい」

 いつもの店員ではない。バイトも変わったんだろう。

 そう理解してからアカウント番号と欲しい模造ジュエリーについてを書いた。

(これでよしっと)

「では確認します。アカウント番号は正しいですか? 提示できるものをお願いします」

 ミマアジュのグッズショップではギルドカードなるものを作れる。必須だ。それがポイントカードにもなる。すでに作って持っていたそれを提示した。

 38527356というのがそのアカウント番号。

「はい、間違いないですね、ジュエリーはシーキャットパールですね」

「はい」

 そこで、店員がパソコンに対し何やら操作。こういう時のクリア済みかどうかの確認だけができる。それ以外を見ることはできない。個人情報への配慮はあるワケだ。

「確かにクリア済みですね、少々お待ちを」

 奥へ引っ込んだ店員がその手に持って来たのは箱。

「2000円になります」

 それをようやく買うことができた。

(あの海のイベントは苦労したよ~)


 箱から物を出さずに、透明な面から中を見る。店から出るまでのあいだにも、まじまじとながめてしまう、眼鏡越しに。

(ふおぉぉ……。イイ。やっぱイイなぁ~!)

 キラキラした白い宝石――に見える石。ただの玩具おもちゃだけど、とんでもなく綺麗。

 ただ、最近はこまっていた。

 報酬がグッズショップでの模造ジュエリー購入権になっているイベントのうち、ひとりでクリアできる(複数人でやってもいい)イベントならほぼ全部クリアしているが、ペアでのぞまなければならないイベントがほぼ全部残っている。しかもペアイベントは三人以上で臨んでも発生しない。

(誰かと組まないといけないけど、僕なんかじゃ……)

 シーキャットパールの入った箱を大事に持ったまま店を出ようとしていると――美女を見掛けた。彼女はさっきのあのカウンターの列に向かって歩いていく。

 見れた。女神様が産み落としたんじゃないかと思うほどの女性。シックな格好をしている。スカートだ。どこかの会社員っぽい。

 対して自分の服はカジュアルで、中性的なシャツ、スキニーズボン。地毛が栗毛の長髪を後ろで束ねていて……。眼鏡もしている。マスクをしたら女性と勘違いされる。こんなタイプは珍しいと自覚してはいる。自分の周りで問題も多く起こる。流行や常識が追い付いてくれと思うことがある。

(彼女も、僕みたいな人は嫌なのかな)

 彼女が、自分の番になった時、

「模造ジュエリーを――」

 とプロの女性ナレーターのような美しい声でレジ係に言ったのがかすかにこえた。

(どうせならあんな人と……)

 その女性が、入口の方へ行こうとする。こちらからも歩き、意を決した。

「あの」

「はい?……え? 女? ぃや、男?」

 彼女は立ち止まってこちらを見た。

 こういう格好をしたい僕。これが僕。いちいちそう言われるのは面倒だけど、気持ちはわかる。

「男ですよ」

 もやもやするものが心にあるままそれだけを言って、本題に。

「あなたもミスティック・マジック・アンド・ジュエリーミマアジュをプレイするんですよね?」

「ええ、まあ――」

「ジュエリー購入権が報酬のペアイベント、一緒に回りませんか?」

(言えた。言ったぞ! なめらかに言えた!)

 喜びのポーズなんかはしない。

 そして彼女は――

「まあ、アカウント名を見ても驚かないならですけど」

 と。

「そ、それは……僕も思うことなので。その……こんな僕でよければってことになるんですけど――」

 こちらからギルドカードを見せると、彼女も自身のそれをこちらに見せた。自然と名刺交換のように持ち合い、読み合う。

「え?」

 と僕が戸惑ったあとすぐ彼女も。

「げっ、もしかして、のろま女キャラのマーシャ・プルレウス?」

 辺りがざわついた。

「のろっ……た、確かに言われるけど。というかそっちこそ、指示がうるさいって評判のルーク・ケンゲルジオンじゃんか」

 さらに辺りがざわついた。

「ちょっと外へ、いいわね」

「あ、ああ、うん」

 一旦別の場所へ――

 店の外へ移動してから。

「あんたとは組まないからね」

 美しい声でののしられることになるだなんて思わなかった。

 一度見れたのが信じられないほど、その女性は実は会いたくなかった人物。

 なぜこうなったのか。まあ、声を掛けてしまったからで――

(最悪だ。だってそんなの知らないよ)

「僕だって」

 ただ、のろまと言われキャラのこともいじられ続け、変な噂も流れ、僕に味方はいない。

「でも、誰とも組まなかったら取れないアイテムがあるんですよ。どうするんですか?」

 上からになったかもしれない。でも引けない。自分にも後がない。

(それはあなたもだろ?)

「くっ……! し、仕方ないわね。ただし条件がある」

「条件?」

「私と組むのはゲームの中でだけ。変な感情を持ち出さないでね」

「それはもち論」

(うるさく指示して小言もこぼすルーク・ケンゲルジオンと恋愛? 知ってたらするワケない)



 早速ゲーム内で待ち合わせた。

 場所は、別の町に行ける噴水の前。そこは水駅みずえきもしくは噴水駅ふんすいえきとも呼ばれていて、特にそこの噴水はニューファス噴水という名前。

 その水駅みずえきを眺める僕に誰かが声を掛けた。

「現実のあなたに割と似てるのね」

 振り返るとそこに聖騎士の姿が。黒髪ショートヘアの、しかめた顔の男。ルーク・ケンゲルジオン。町の南の方から大きな道を通ってきたらしい。

 こちらは軽装の弓使いマーシャ・プルレウス。長髪を後ろで束ねている。

「可愛いでしょ? 男キャラじゃこうはならないから」

「だからめられるのよ」

「こ、個性は自由だよ……それと、そんな遺伝子で決められたことに言われても」

「…………確かにそれは悪かったけど」

 キャラに寄せて通信音声を変換することができる。

 彼女も今は男の声。

 僕の声は今あちらにほとんど女の声で聞こえているはず。まあ、普段からそこまで低い声で話さないけど。

「あんたの声、そこまで変じゃないね。ただそれが逆にキモいけど」

(あ~……やっぱりこの人もそういう……)

 表情をコントロールメットが読み取りゲーム内で表示する、眼鏡越しでもできる。それが表情だけでなく視野内の表示もコントロールする、眼鏡を掛けたままでも見えやすい。僕の視線は若干じゃっかん下向き。が、今の僕の表情を、キャラの表情に変換した。

「あ……ごめん。ったく、なんであんたはそうなのよ」

「だから……個性は自由だって……」

 目にじんわりと出てくるものを、ぐっとこらえた。

「じゃあ」

 言うか言うまいか、少しは迷った。でももう抑えられない。

「じゃああんたはなんでそうなんだよ。あんただってそうだろギャップがある。自分が言われてみろ。組んでやってるんだからな。あんたなんかこっちだって嫌いだ、我慢しろ」

「はあ? こっちのセリフだけど」

 印象が悪いとはいえこんな風に始まるとは思ってもいなかった。

(はは、どうなるんだか)

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