第26話年季が違う
夜は良い。
吾輩の体に生えている真っ黒な毛は、夜の帳に良く馴染む。
後ろを歩くベルフェゴールの体からゴボゴボ音が出るほど魔力が溢れ出しておる。
まあ落ち着け。お前は感じるのだろう? 飼い主がまだ存命なことが。
使い魔だからな。
存命であればよい。生きていればどうとでもなる。
さて、あの『血殺し』どうやって殺してやろうか?
ただ消滅させるような真似はせんぞ、吾輩に、恐怖を感じさせて、神の権能を引き出すとは、吾輩もその腕に対し、それなりの死に方を用意してやらねばなるまい。
どこまでも体が溶けて、それでも意識だけは保つようにしてやろうか?
それとも胸を一突きし、命がなくなるまでの時間を一万年に感じさせ、動けぬ中、いつ終わるか分からぬ死への旅を感じさせてやろうか?
などと考えながら、旧市街を抜けダウンタウンの煉瓦でできた道の上を歩く。
夜は良い。
人がいないのが良い。
今、人を見かけたら、殺したくなってしまうからな。
◇◇◇◇
新市街を抜け、絞められている鉄の門の下の隙間を潜り、校内に入る。
うむ、静まり返っておる。
そこから校内を進み、旧第一号館であり現第三号館の前に立つ。この大学の中で一番古い建築物で、もう使われていない部屋も多くあり、その中には、もう何年も人が足を踏み入れていない部屋もある。
その中のどこかに、飼い主がおる。
ベルフェゴールがクンクンと鼻を動かす。
飼い主の居場所が分かるのだろう、先頭に立ち、ギャロップを踏むように進んでいく。
廊下の奥の曲がり角、ここには使わない机や椅子が詰め込まれていて、人ひとり通れそうな隙間が空いている。
その奥に、また階段があり、その階段を下りると、ドアがあった。
ベルフェゴールがドアを開けようと、取っ手にジャンプするため体を沈めているので、止める。
なんで止めるのかと、吾輩を見るベルフェゴール。
いやいや、中の気配を感じてみろ、今この中の男女三人が何をやっているか、分かれば、お邪魔になるではないか。
ベルフェゴールが中の気配を感じ、目を見開き、もう一度吾輩の顔を見る。
うむ、我らの飼い主は、己が力によって、頭がおかしい二人を手なずけたようだな。
なんだベルフェゴール、その非難するような顔は?
貞操? そんなものあいつにあるか、つがいだってあれにそんな高等なもの期待しておらんわ。
それから三十分ほどたち、飼い主が一人、素知らぬ顔で、全裸の上に垢と埃にまみれたローブを羽織ってドアから出てきた。
「あっ! ベルとベルル、迎えに来てくれたんだ!!」
吾輩とベルフェゴールを胸に抱き上げる飼い主。
チラリ開いたドアから中を見ると、二人の男女、『血殺し』と〃聖女〃が丸裸で精魂尽き果てぶっ倒れていた。
「エルフのマダムたちに数十年間、散々仕込まれた僕に、秘め事で挑もうなんて三十年早いんだよ」
と、にやりと笑った飼い主は、そっとドアを閉め、階段を上がっていく。
◇◇◇◇
飼い主のつがいは、不機嫌そうにまだベッドに横になっていた。
飼い主が拉致されてから一週間がたち、つがいは魂に受けた攻撃の後遺症でまだ満足に動けないようだが、この女がそんなことでどうとなるタマではないし、もう数日すれば元どおり、いや、より強くなって復活するだろう。
飼い主は酔っぱらって何も覚えたない、生徒に拉致された? はて、何のことやら? で、押し通し、事件を有耶無耶にした。
なぜなら、生徒がいなくなった研究室は吸収合併され、今のぬるま湯のような職場を失うので、それを嫌がり、生徒たちをかばったのだ。
飼い主が生徒たちをかばったため、国も、大学も、飼い主のつがいも、犯人である生徒たちに手を出せなくなった。
「そんな怖い顔して~、ほら、今日もいっしょに寝ようね」
生徒たちに復讐ができず、苛立つつがいが横たわるベッドに、いそいそもぐりこむ飼い主。
「あの二人には罪があるのだ、罰を与えねばならん」
「あの二人がいなくなったら、研究室がなくなっちゃう! 僕も無事だったし、もういいじゃないの~」
むう、と、不貞腐れる飼い主のつがいに媚び売るため、つがいの脇の下に転がり込む飼い主。
「なんだ旦那様、今日は一緒に寝たいのか?」
つがいもまんざらではないようで、動きが不自由な腕を使い飼い主の頭の下に自分の腕を通し、枕にしてやる。
「ベル、ベルル、おいで~」
吾輩とベルフェゴールも布団に潜り込み、飼い主とつがいの間に潜り込む。
「なんかいい感じだね、これからはこうして四人一緒に寝るのも悪くないね」
と、飼い主が言うと、つがいの鼻息が荒くなる。
飼い主が嫌がるので、『血殺し』と〃聖女〃は殺さないでおいている。ベルフェゴールはブチブチ文句を言っているが。
殺す殺されるより、甘い物がある。
この死に似た落下。
昇天するような浮遊。
溶けるような消失。
飼い主の手に抱かれて貪る惰眠さえあれば、吾輩は満足なのである。
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