第11話次の魔王


 飼い主が手紙を読み、ため息を吐く。


「どうしたのじゃ?」


 横のデスクで老眼鏡をかけ書き仕事をしていた虎頭の前公爵が、煤けたようになっている飼い主に言葉をかけた。


「学院長から、姫様の誕生会、辞退したかの確認の手紙ですよ」


 老眼鏡越しに目を飼い主に向ける前公爵。


「もう来月じゃろう? 今更辞退はできんと思うぞ?」


「辞退するつもりもないんですけど、大学の総意としては辞退することになっているみたいなんですよ。

 辞退すると、僕きっと御上に怒られて、職を奪われて自宅謹慎とかになるじゃないですか~?

 だからのらりくらり、辞退しそうな雰囲気だけ出してて、有耶無耶のうちに当日が過ぎて、あれあいつ、詩の朗読ってしたっけ? まあどっちでもいいや過ぎたことだしって感じで、やり過ごせないかなって」


「それはさすがに無理じゃろ」


「ですよね~」


 飼い主は頭を抱える。


「無視すればいいのではないか?」


「ぼく、これ以上お給金を減らされると、ジャン爺様にお給金を払えないのです」


「ワシの給金? いらんわいそんなもの、はした金ではないか」


「助手のお給金は研究室の予算から出すのが規則でして、無給は大学の規則で禁止されています。

 ウチの研究室は研究費を絞られていますし、ほらこの頃、僕、昼食抜いてるでしょ? おやつだって食べてないでしょ? それは我慢できるんですけど。

 その、あの、僕のお給金はその、なんて言うか、色々返済とかに使わなければいけないので、これ以上減らされると、ジャン爺様のお給金と返済で赤が出ます。

 いや、別に赤が出てもいいんです。

 補填するためにバイトもしているので。

 しかしお給金が減らされ、出費がそのバイト代を超える額になると、ない袖は振れないもので、全てが破綻します」


「借金? ワシが立て替えようかの?」


「いいえ、それをすると人として終わるので」


「いや、研究費の横領に借金、もう人間としては十二分に終わっていると思うが……」


 飼い主はキョトンとした顔で虎頭の前公爵を見る。


 吾輩も終わっていると思うが、まあ文学者なんてものは全員こんなものなので、そこは気にしたほうが負けなのである。


「バイトを増やすしかないか~、でもな~、これ以上帰りが遅くなると、奥さんにバレるだろうしな~」


 頭を抱えとうとう椅子の上で座ったままゴロゴロ転がり出す飼い主。


 お前のつがいにはバイト初日にバレているわけだが、それに飼い主がだまされた動物園詐欺を行った詐欺師集団は今この世にいない、飼い主が金を借りていた高利貸しもこの世にいない、首と胴が離れたからだ。


 飼い主のつがいはそのことを飼い主に話し、借金がなくなったことを告げようとしたが、年老いたメイドと小太りなメイドに止められ、


『姫様が旦那様のダメを増長させているところがあります。ここは心を鬼にして、借金の返済は続けてもらいましょう。これは姫様と旦那様の成長のために必要な試練です』


 と、言いくるめ、飼い主は毎月、今は生きていない高利貸しの皮を着たつがいに金を返しているのだ。


 無駄なことだ。この男が成長などするはずもないし、あの女は成長しきっている。二人とも文学者と魔王殺しとして完成形ではないか。


「そうだ!」


 飼い主がいきなり立ちあがる。


 椅子の上に。


「授業にしちゃえばいいんだ!! 課外授業でいいですかってお上にきいて、ダメだって言われたら、そこで、それじゃ無理ですってい言えばいいし、いいですって言われて、課外授業申請を大学に出して、そこで断られれば、大学がダメだって言ってるんで行けませんにできる!!

 どっちも僕の責任じゃなくなる!!

 なんで今までこれを思いつかなかった!!」


 うむ、ここまで他責が極まると、いっそ清々しい。


 どうだ飼い主、あの虎頭のメイドのお前を蔑む、まるで虫を見るような目を。


 最低だ、だがそれが良い。骨の髄まで文学者感がある。


 飼い主はさっそく、帝国の行政官に出す手紙を書き始める。


「授業と言っても、何をするのだ? 見学ぐらいなら、課外授業とは言えないのではないかの?」


 呆気に取られて、老眼鏡がずり落ち呆けた顔をしている虎頭の前公爵がそう言う。


「当り前です! みんなで詩を詠むか、いや、みんなでお芝居をします!! それなら、僕一人じゃできませんし、理由になります!!」


 飼い主は手紙を書きながら片手間で答える。


「芝居? それは詩の朗読とは趣旨が変わって、」


「演劇は詩学の基本です!! そうだ! ジャン爺様も出てくださいね! メイドさんも!!」


「ワシが? 芝居?」


 虎頭の前公爵の顔が青くなるのが縞々の毛皮の上からでも分かった。


 かわいそうなので、にゃーんと一鳴きしてやった。


 同じネコ科の肉体を持つ者としての、吾輩からの、最後の手向けとして。






◇◇◇◇







 帝国の行政官からの返事は、翌日届き、万事そちらの思うがままに、という文面だった。


 飼い主はちっ、と、舌打ちを一つし、その手紙を書類に添付し、課外授業の申請を行う。


 無論学院長が殴り込んできたが、虎頭の前公爵がいるので、話しにならず、けんもほろろに追い返される。


 そして今回一番の被害者二人に、刑の執行が言い渡された。


「今日からお芝居のおけいこをします。

 先生は厳しいですが、皆さんは必ずついて来てくれるものと信じていますので、気合を入れて挑んでください!!

 異世界詩学! おー!!」


 異世界詩学序論の授業を受けている奇特な生徒二人とは、帝国国家魔術師序列第三位『血殺し』と、聖国の〃聖女〃だ。


 いつも通り授業に来たら、いきなり円陣を組まされ、皇族の誕生会でお芝居の発表に役者として参加を告げられた二人は、おー!! の掛け声にも反応できず、飼い主に、気合が入っていない! やり直します! と、言われ、訳も分からず、おー!! を、大声でやらされている。


 そこから台本が配られ、明日までにセリフは全部覚えておいてください!! 役者はそれくらいできないとすぐ干されますよ!! と、なぜか怒鳴られ、すいませんでしたと、意味もなく謝らされたりしている。


 横で虎頭のメイドが、チクチク衣装を縫わされ、虎頭の前公爵が、生徒より先に渡された台本を覚えていなかったのだろう、飼い主にしこたま怒られている。


 飼い主は暴君となった。


 役者の演技が気に入らなければ容赦なく罵倒を浴びせ、台本や灰皿を投げるのは当たり前、たまらず泣き出してしまった〃聖女〃に、


「やる気がないなら田舎に帰れこの大根が!!」


 と、国際問題になりそうな発言をしたりしたが、誰一人暴君には逆らわなかった。


 なぜなら、暴君は誰よりも洗練された演技をし、美しくセリフを紡ぎ、芝居を編んだからだ。


 誰の目にも暴君の暴言は嘘偽りなく、芝居を最高の物に昇華させようという情熱により吐かれたものだと分かっていたからだ。


 そのうち芝居の練習は授業時間を超え、皆一日中研究室横の教室に籠り、芝居の練習に打ち込んだ。


 飼い主のバイト先、ボバリー夫人が助っ人として呼ばれ、役者として練習量が足りない虎頭のメイドの代わりに衣装を縫い、飼い主の家から年老いたメイドと小太りなメイドも呼ばれ、夜食の準備などを手伝った。


 役者たちはどんどんギスギスしていき、誰かがセリフや間をとちると、舌打ちをし、睨みつける。


 気に入らない演技をすると前公爵に向かいメイドが怒鳴り声をあげる。


 精神の遊びの部分が削られ、剥き身の役者が生まれて行った。


 誰も生まれや立場のことなど気にせず、罵り合った。


 人間が崩壊する寸前だ。


 仮眠を取っていた『血殺し』が悪夢にうなされ、虎頭の前公爵が意味もなくいきなり泣き崩れたりした。


 それでも崩壊せず、無駄な部分が削られ、研ぎ澄まされていった。


 本番前数日は全員泊まり込みで練習に明け暮れた。


 本番当日研究室の面々の顔は窶れ、肌はボロボロ、しかしその眼はギラギラと、はっきり言って飛ぶ寸前の目をしていた。


 飼い主は吾輩を胸に抱き、車は酔うので歩いて皇帝の居城に向かう。


 飼い主の後ろに虎頭の前公爵、『血殺し』、〃聖女〃、その後ろに衣装を持ったボバリー夫人と虎頭のメイド、年老いたメイドと小太りなメイドが歩く。


 すわ討ち入りかと言う殺気を放つ一団は、憲兵に幾度となく止められながら入城し、控室に足を運ぶ。


 前公爵や〃聖女〃に挨拶に来る貴族たちを、メイドたちが、


「役者は今集中しております、控えてください」


 と、追い返す。


 吾輩は一番日当たりがいい窓辺に寝転がり、部屋の中を警備する。


 役者たちが全員着替える、男女同室だ、あいつらは役者と言う生き物であり、性別などないのだ。


 座長であり、暴君であり、看板役者の飼い主が上裸になり、年老いたメイドがその肌に筆を滑らせる。


「一座の皆様、出番でございます」


 本日の主役、ウシャルミナ姫付きのメイドが呼びに来て、一同は立ち上がる。


 掛け声はない、ただみな、見つめ合い、小さく頷き合った。


 飼い主は吾輩を胸に抱き、先頭で部屋を出て行く。


 その姿は美しく、艶やかで、華やかで、薄暗く、殺気が滲み、狂気に満ちていた。


 吾輩は、この世界に来て、心から楽しいと思った。







◇◇◇◇








 皇帝は末の姫の誕生日の宴に遅れて参加していた。


 教会と行政官、教会派の貴族からのごり押しで司祭の祝詞が唄われ、宗教を皇族から排除する目論見は頓挫したが、それでも詩の朗読はねじ込んだ。


 つまらぬ祝詞が終わるころ、会場に入った皇帝は、末の娘の責める視線を無視し、会場の最奥、一段高くなった場所に、末の姫と並んで座る。


「お父様! 遅刻はダメですわ!!」


 末の娘の非難の声を無視し、チラリと会場に目を向ける。


 政治的利用価値がない末の姫の誕生会、さすがに力ある貴族は本人ではなく代理の者だ。外国からの使者も、帝国に在留している大使だけで、特別な使者が来てはいない。


 いや。


「あの者は?」


 皇帝は側近に声をかける。


「聖国の使者、次期枢機卿と言われておりますチャールズ様かと」


 ほう、聖国は特別な使者を送り込んできたか、確か魔王殺しの亭主の授業に〃聖女〃を送り込んでいるはずだ、あいつらは今晩行われるモノの力が分かっていると見える。


 口元が緩む。


 自分の宝を、他人が評価するのは気持ちがいい。それは皇帝でも変わらない。それも絶対に相手が手にできない宝物ならなおさらだ。


「お父様! 魔王殺しを紹介して!!」


 末の姫の言葉に、会場が一瞬凍る。


 教会は正式に魔王は封印されたものとしている。だが誰も信じてはいない、魔王の首を切り飛ばした場面を多くに兵が見ているし、教会の人間だって目撃している。


 だが、教会は己が権力を失わないため、魔王は教会が封印していると言い張っている。


 なので、魔王殺しは、教会勢力にとってのタブーなのだ。


「すぐ来る」


 皇帝がそう言うと、示し合わせていたかのように、会場の大きなドアが開かれ、若草色の軍服を着た魔王殺し、帝国の最高傑作、国家魔術師序列第一位、ヘルゼーノフ侯爵家長女、エメラルダ・デラ・ヘルゼーノフが入ってきた。


 魔王殺しはその巨体を豹のようにくねらせ、音もなく進み、皇帝の横、末の姫の前で膝を突き、


「エメラルダ・デラ・ヘルゼーノフ・アシモフでございます、お誕生日おめでとうございます姫様」


 と、言った。


 ふん、膝を突くならまず自分にだろう、と、皇帝は思うが、この魔王殺しに膝を突けなどとは言えない、この女が膝を突くのは、この女の意志でだけであり、強要はできないのだ、誰一人として。


「今日は来てくれてありがとうなのよ! いっぱいお話ししましょう!!」


 末の姫にそう言われ、横に用意された椅子に座る魔王殺し、その剣呑な目は、姫の話しをききながらも、会場に据え付けられた時計を気にしていた。


「帝都大学院異世界詩学研究室一向による詩の献上であります」


 執事の声が響くが、会場の喧騒は止まない。


 末の姫も、魔王殺しに話しかけるのを止めない。


 ドチィ!


 魔王殺しの舌打ちが響き、皇帝は背中から冷や汗が噴き出した。


 その間も、会場の中央に用意が進められていく。


 椅子が三脚、少し離れてもう二脚、五人でやるのだろうか? 


 まず二人、『血殺し』と〃聖女〃が商人が良く着る短いスーツを着て出てきて、三脚並ぶ椅子の中央を開けて座った。


 会場からどよめきが上がる。


 特に教会関係者からだ。


 〃聖女〃が髪を剥き出しにして、スーツを着ている。教会関係者にはソレだけで動揺ものだろう。


 それに、あの顔。


 ウチの『血殺し』もそうだが、あの二人の張り付いた笑み。商人が浮かべる独特のあの笑み。二人は見事に同じ笑みを浮かべ、無言で座っているのだ。


「あっ」


 魔王殺しの声が小さく上がる。


 会場に美しい黒いドレスを着たエルフの少女が、虎頭のメイドを引き連れ入ってきたのだ。


 その美しく、たおやかな笑み。


 しゃなりしゃなりとゆっくりと歩く仕草。


 少女から淑女に変わる寸前の、一種異様な美をその体にこれでもかと纏わせ、胸に不吉な黒猫を抱き、進む少女。いやあれは、魔王殺しの旦那だ!


「お嬢様とお連れ様、ささ、今日はどのような?」


「お嬢様は婚礼を控え、その準備に」


「では、我が店自慢のレースを出しましょう」


「ねえや、これとこれ、どっちが私に似合いますか?」


「お嬢様にはどちらも、どちらももらえばいいのでは?」


「ではそのように」


 婚礼の準備に貴族の娘が、いや店に来るのだからどこかの豪商の娘か? それが商店に足を運び、買い物をする。


 エルフは美しく、そのほかの演技も異様だが迫力がある。


 だがそれだけだ。ただの買い物風景、それだけ。


 皇帝は少し焦りを覚えていた。自分がこれから推し進める文学と言う革命は、この程度のつまらぬものなのか? これなら金を出す価値もない。


 苛立ちにも似た焦りの中、末の姫が、


「あっ! 取った!!」


 と、声をあげる。


 舞台に目を戻した皇帝が見たのは、エルフの娘が、自分の胸に抱いている黒猫の腹の下に、レースを一枚、隠す姿だった。


 そこから商人はエルフの娘を責め、胸元からレースを取り上げ、悪事を露呈させ、二人がかりで、エルフの娘を打ち据える。


 その途中、エルフの娘の額から鮮血が飛び、大きな傷ができる。


「きゃ!」


 末の娘の悲鳴が上がり、エルフの娘は額にハンカチを当て、蹲る。


 そこで虎頭のメイドが、


「そのお嬢様の胸にあったレース、今は亡き、お母様の形見のレース、端にアシモフ家の紋章が、どうぞお確かめになってくださいまし!」


 そして商人たちがレースを確かめると、驚き、まさしくアシモフの紋章、これはとんだご無礼を! と、頭を下げる。


 なんだこの話しは?


 皇帝はあそこで額にハンカチを当てるエルフの娘、いや、このくだらない詩学者を殺したくなってきた。


 このくだらない庶民の、大げさな刃傷沙汰、安っぽい道徳話、こんなものが何を変えると言うのだ? 道徳も、価値観も、こんな話しでは塵ほども変わらん、教会勢力はそこまで無能ではないし、貴族文化はそこまで軽くないのだ。


 席を立とうとする皇帝の動きが次に出てきた登場人物により、ピタリと止まった。


 ジャン・ポール・トラサル前公爵。


 豪放磊落にして魔王戦役では前線で戦い、その武勇は皇族一。


 その叔父が、げっそりと痩せ、目だけは爛々と輝き、そしてあの顔、あの張り付いたような商人の笑みをして両手を胸の前で揉みながら出てきたのだ。


 会場の雰囲気は一変する。


 その異常な殺気に当てられ、誰一人声をあげない。


 いや、あげられない。


 そして叔父は、ゆっくりと話し出す。


 私はこの店のオーナーである、奥で見ていた、チラリと袖から覗いた刺青、娘、お前男であろう。と。





「姉御、俺は化けの皮、剥がしちまうぜ」






 声色が変わるエルフの娘。


 その声は今までと違い、太く、低く、真に男の声となる。


 そして額に当てていたハンカチを投げ捨て、立ち上がる。


 真っ黒な覆面をしたメイドが二人、後方から中腰で現れ、エルフの娘の衣装を剥いでいく。その体には美しいピンク色の花が咲き乱れていた。


 春を体に抱きしめた男の裸体がそこにあった。


 すぐさまメイドに渡されたフロッグコートを羽織り、下着姿で椅子に乱暴に座る男、男? 確かに男だ、華奢ではあるが乳房はなく、細くはあるが脚は筋肉質で、女の脚ではない。


 化粧した顔、額からにじむ血、はだけた胸元、胸に抱く不吉な黒猫、そして全身の肌に浮かぶ春。


 なんだあれは?


 あの美しさはなんだ?


 認めていいものではない、認めていい美しさではない、だが目が吸い付くようにあの姿から離れない。


 どこから出したのか、長いキセルをクルクル回し、挑戦的な笑みを浮かべ、会場全体を見回すエルフ。


 そして喋り出す。







「知らざあ言ってきかせやしょう

 浜の真砂と五右衛門の

 歌に残した盗人の

 種は尽きねえ七里ヶ浜

 その白波の夜働き

 以前を言やあ江ノ島で

 年季勤めの稚児が淵

 百味で散らす蒔線を

 あてに小皿の一文字

 百が二百と賽銭の

 くすねた銭さえだんだんに

 悪事はのぼる上の宮

 岩本院の講中の

 枕探しも度重なり

 お手長講と札付きに

 とうとう島を追い出され

 そこから若衆の美人局

 ここやかしこの寺島で

 小耳にきいた爺さんの

 似ぬ声色でゆすりたかり

 名さえゆかりの弁天小僧! 菊之助たあ俺のことだ!!」







 手にしていたキセルを床に叩きつけ、フロッグコートの前の合わせから片方の腕と胸を突き出し、狂気と緊迫の笑みを顔いっぱいに浮かべ、エルフがそう叫ぶと、その気迫と、得も言われぬ色気と、撒き散らす美、そう美しさに、会場からため息が漏れる。


 皇帝は目を見張っていた。


 これはいかん。


 これは強すぎる。


 なんだこれは?





 悪徳。





 そうだこれは、悪徳だ。


 だがなんだこの矮小な悪徳は?


 この主人公がやっていたのは、小賢しい悪事、詐欺、ゆすりたかりではないか。


 この矮小な悪徳にこの美が全く釣り合っていない。


 悪なら大きく、そうでないと、人々はその悪を滅ぼそうと心から勇気が湧きたたないではないか!!


 なのになぜ、この目の前のエルフはこんなにも美しく、手に入れたいと思ってしまう魔性を纏っているのだ!!


 エルフが虎頭のメイドを連れ、悠々と金をせびり懐に入れ、観衆を掻き分け、帰っていく。


 そこに声援を送っている観衆の目には、狂気が伝播しているように見える。


 皇帝は思った。


 殺すべきだと。


 あのエルフを、そうしなければ、確実に世界が変わる。


 それも自分が思っているような、秩序ある世界ではない、混沌の世界に。


 側近を呼ぼうと左手をあげている途中、皇帝は自分の真横から、溢れるほどの殺気を感じた。


 魔王殺し、その右手は剣の柄に触れていた。


 皇帝は生まれて初めて、後悔をした。


 今までだって多くの後悔をしてきた、そのはずだった。


 だがこれほどの後悔に比べれば、どれも修正可能な問題だったのだ。


 魔王殺しの腹の中、本当に世界を壊す怪物がすくすくと育っている。


 それに自分が加担してしまった。


 皇帝は左手をあげるのを止め、天井を見上げる。


 ため息が出る。


 ままならないものだ。



 魔王殺しはやはり次の魔王であった。



 それを見抜けなかった自分の阿呆さ加減に、もう一度、ため息が出た。

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