第5話 迷宮の扉

斎藤玲央は、地下の失踪事件に関する過去の記録を読み漁っていた。

新聞記者として幾度となく「都市の闇」を見てきたが、新宿駅の“0番線”にまつわる話は、あまりに異質だった。


彼が気づいたのは、ある奇妙な一致──過去に行方不明になった人々の失踪時間帯が、すべて終電の30分後に集中していること。

そして、“顔を剥がれた男”が駅構内で目撃されたという証言が複数存在していることだった。


「これはただの都市伝説じゃない……。」


玲央は直感的に、駅の構造そのものが“何か”を隠していると感じていた。


ある晩、新宿駅を訪れた彼は、構内に漂う微かな振動に気づく。

音でも匂いでもない、空気の“違和感”──それが駅の奥、立ち入り禁止の通路から感じられた。


誰もいないはずの場所で、突如としてアナウンスが鳴る。


「まもなく、0番線に列車が到着いたします……。」


その声は録音されたものではなかった。

確かに“誰かの声”だった。


玲央が足を踏み出すと、視界が歪んだ。壁の奥に、もうひとつの階段が現れた。


その階段には、手書きの文字が刻まれていた。


>「この先は“記憶を忘れた者”だけが通れる」


しかし、それでも玲央は進んだ。そこに真実があると確信していた。


階段を降りていくと、目の前に開けたのは駅とは思えない空間だった。


コンクリートの柱に囲まれ、広告パネルが無数に並ぶ。

だがその広告には、どれも見覚えのある“顔”が映っている──かつてインタビューした人々、すでに故人となった事件の被害者。


「これは……俺の記憶……?」


その瞬間、背後で音が鳴った。


カタン、カタン──。


またしても列車の接近を知らせる音。

だが、足元が微かに震えていた。


この場所そのものが、彼の“過去”を飲み込もうとしていた。


そして、柱の陰から現れた“それ”は、言葉を発することなく、ただ彼の顔をじっと見つめていた。


玲央は悟った。

この迷宮は、記憶の集積地。

真実を求めれば求めるほど、自らの“顔”が崩れていく。


「戻れるかは……わからないな。」


そして彼は、一歩、さらに深くへと踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る