第9話:見え見えの伏線

「…………ところでさ、マサヒロ君達に聞くんだけど、今この辺の王様ってどうなってるの?」

 不意にいちかさんが二人に尋ねた。

「ここは昔っから中立地帯だけど、えーと南がサーク・ショウ王が収めるストーウィル王国、東がバード・バニング王が収めるハイストー共和国、西がシーナン・パラーナ女王の収めるナムノー王国。東はエレイ・ハーン女王のエノクノ共和国…………であってるよな?」

「は?」

 いちかさんが怪訝そうな顔をした。

「サーク・ショウにバード・バニング? 何世なの?」

「いや、ストーウィルとハイストーは、四〇〇年前、時間を凍らされたんだよ」

「へ?」

「魔王エルナディクを倒して、サーク・ショウとバンド・バニング王が即位したその年に、【赤い谷の女王】が世界を呪いで滅ぼそうとしたの」

「…………」

「まあ、結局それは適わなかったんだけど、代わりに二つの国は四〇〇年の間、眠りの霧に覆われて、隠されてしまった…………十五年ぐらい前に、即位前のエレイ・ハーン王女と、シーナン・パラーナ王女が大魔法を駆使して二つの国を呼び戻したの」

「あれまあ…………じゃあ、王様も国民も四〇〇年前のまんま?」

「そうなるね。たしかショウ国王とバニング国王って元は冒険者で、結構安定して国を守ってるみたいで、逆に【四〇〇年前の都】が見られる、ってんで観光資源やらなにやらで国は栄えてるらしいよ」

「…………頭痛がしてきたわ」

 何故かいちかさんはそう言って苦い顔になった。

「顔見知りなんてもういないと思ってたのに……」

「お知り合いなんですか?」

「昔、ちょっと一緒に遊んだことがあったのよ」

「ちょっと、ねえ……」

 トテチタが疑わしそうな目でいちかさんを見る。

「な、なによ…………いや、ホントよ、ちょっと遊んで冒険しただけだって」

「……」

「じーっ」

 一万数え終えたチータカも姉と一緒にいちかさんをじっと見る。


 沈黙。


「あーもう、悪いことはしてないわよ! 悪党退治をちょーっと手伝っただけ!」

 観念したようにいちかさんは声をあげた。

「ちょーっと?」

「あたしが転がり込んできたときには、リムルーラ王女を悪い奴らが取り囲んで、女騎士のマーヴェラごと捕まえてさ、ちょっとレ……えーとあの…………その、そう、酷いこと! 酷いことをしようとしてたの」

 やや自棄気味な声でいちかさんは続けた。

「そこに躍り込んで暴れ回ってたら、いつの間にか仲間になってて、で、王女様を狙う悪い王様と、そいつと手を組んだ邪悪な神官とちょっと戦争しただけ!」

「それわ、だいぼーけんなのでは?」

 チータカが首をひねる。

「あの頃のあたしゃ血の気が多かったからそういうの格好いいと思ってたの!」

「え……じゃあ、イッチさんは『魔獣』を見たことが?」

 マサヒロが目を輝かせた。

「魔獣?」

「サーク・ショウ、バード・バニング、そしてショウの妻になるマーヴェラと、バードの妻になる騎士王女、ガネリア・ナームのお話には『魔獣』が絡むのよ」

 ユウリことダークエルフのメニエが説明してくれた。

「魔獣?」

「そう、魔獣。異世界から呼び出されたサークとバード、マーヴェラの三人の他にも一行には『名前の記されてない英雄』がいるんだけど、その人が連れていたのが『金色の魔獣こんじきのまじゅう』」

「そう、山のように大きく、前足だけで城を撃ち砕き、天高く飛び、海深く潜り、地中を走るように掘り進み、口からは青白い雷の束を吐いて、幾万の敵を焼き尽くしたって凄い怪獣!」

「おお、ファンタジー!」

「かいじゅー!」

「それって、ドラゴンとどう違うの?」

「この世界のドラゴンは空を飛べるものは水に潜れない、水に住むドラゴンはその逆だ。更に言えば翼がある……ところが、魔獣の背中には翼がなかったそうだ、さらに言えば鱗もない。全身もふもふだったっていうんだよ!」

「はあ…………」

 なるほど、山ほど巨大で、翼もないのに空を飛び鱗もないのに水に潜る…………おまけに、金色のもふもふで口から雷のような怪光線をはく、となれば魔獣と呼ぶしかないだろう。

「会ったことあるの?」

 チータカが目を輝かせるのへ、

「ん……まあね、あたしはその、一行の雑用係だったから、よく知らないけどさ、その……『名前の記されてない英雄』? そのおっちゃんが天空に向かって『なんちゃらかんちゃらー!』って叫ぶとどかーんて出てきてゴジラみたいに暴れ回ってすぐ消えちゃった」

 あはは、といちかさんは笑った。

「…………」

 欠片も信じられる話ではない。

 だが、ここで混ぜっ返せばこの異世界にいる二人にとっては更に混乱する話になるだろう。

 子猫二人に私は目配せをした。

 二人も頷く――――この子達は賢い。

「……で、お二人さん」

 いちかさんがダークエルフの美女と人間の少年に声をかけた

「これからどうする?」

「町に戻って報告する暇が惜しいです。俺たちはこれから王女様を掠った連中を追いかけます」

「…………私も」

「なるほど、トテー、チター! どうする?」

 ジムニーのハッチバックのそばで、食品類を「よっこいせ」と積み下ろしているチータカとトテチタがこっちを向いた。

「お手伝いするー!」

「……って事みたい。あたしはOK」

「…………よし、じゃあ、このまま追跡して、夜はカップラーメンにしよう」

「え?」

 顔を見合わせる二人。どうやら協力して貰えるとは考えていなかったらしい。

「でも、これは私たちの仕事であって、あなたたちには既に助けて貰ったし……」

 奥ゆかしいのか、貸し借りを作ることが余り得意ではないのか、二人とも戸惑った顔だった。

「その上、俺たちが追いかける相手は危険だし……見たでしょう、あの殺されかた。躊躇も何もなかった。俺たちは初戦で殿しんがりをしたのはあいつらの方が強いと判断したからですし……」

 その連中があのように殺されていた。

「そですりあうもたしょーのえんー!」

 チータカが無邪気に声を上げた。

「まあ、にーちゃん達と知り合った以上、ちょっと付き合うのは仕方ないよ。それに…………」

 トテチタはにやっと笑った。

「『子猫は冒険するもの』だしなー!」

「でも、君らは、その……」

「その子達なら大丈夫よ」

 いちかさんはひょいと肩をすくめて見せた。

「下手すりゃあたしより、強いから。あの子達は」

 そして、ジムニーの運転席に滑り込むとエンジンをかけた。

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