第2話:持ち込む物、持ち込んではいけない物

「で、ここからは持ち物確認」

「はーい!」

「まずチータカとトテチタ……なんか言いにくいわね」

「じゃトテでいい」

「あたしチーちゃんでいい!」

「では改めて……チーちゃんとトテからね」

「はーい」「はいよー」

「まず迷子笛」

「はい」

「サバイバルユニット」

「はい」

「非常用圧縮食料」

「はい」

「個人用圧縮テントとスキレット一式」

「はい」

「水筒と、ろ過ストロー二本」

「はい」

「治療ユニット」

「はい」

「拠点防衛用自動迎撃ユニット」

「はい」

「対艦原子分解砲つきステッキ」

「はい」

「多人数襲撃迎撃用ホーミングレーザーつき指輪」

「はい」

「霊子物質攪乱用、小型ミサイルランチャー付飯ごう」

「はい」

「ガンマースティックとネビュラ式認証システム」

「はい&はい」

 なんか物騒な品もあるが、私は聞かないふりをする。

 聞かなかったことにして置いた方がいいことが、世の中には多々あるのだ。

 なおも続く「政府の人間として聞いてしまうとマズそうな単語」の混じった点検を聞き流しつつ、周囲の気配を探る。

 生き物、特に害意や敵意はないか……異世界、とは早い話パラレルワールドだ、私のいる地球とよく似た環境で、水は綺麗なら飲める、飲食可能なものはWHOの定めた鑑定法で判別が出来る(といちかさんは言ってた)。

 なら、悪意や害意の「かたち」も同じだろう。

 二年前にキャーティア本星に、「地球に初めて降り立ったキャーティア」エリスと、その「つがい」に選ばれた嘉和騎央と共に「星間留学」に旅立った先輩、「悪縁紅葉」こと双葉アオイなら、こういうとき、どうしただろう。


 ふと、そんなことを考えてしまう。


 もっと落ち着いているだろうか。

 意識せず、警戒の網を周囲に広げているだろうか。

 時限特捜官に選ばれて一年もならない私にはまだまだ……そんな雑念もあえて潰さず、そのまま浮かべるに任せながら、私は紙が一枚入るぐらいに、ブーツのカカトを地面から浮かせた。

 目を半眼に開けたまま心の中の目を閉じて、息を吸う、停める、吐く……を五秒、三秒、七秒で繰り返す。

 私の家に古来から伝わる調息法だ。

 匂いがはっきり区別出来るようになった、背の高い草、低い草、コケ、その中をうろつき回る小さな虫……不思議なコトに本当に私たちの世界とあまり変わらない。

 そして聴覚が調整を始める。アリのような生物の足音、遠くに齧歯類らしい、小さな後ろ足で、地面を叩く音。とてて、と走る音

 さらに別の方角、はるかな20キロほど離れた遠方では随分重々しい、肉食獣にしては象の大きさをした生き物の肉球で大分小さく消された足音と、うなり声。

 そこでようやく「果てしない草原」がクリアに見えてくる。

 街道沿いは踏み固められた土に適応した、しぶといが長く生えない草

 遠くにいくに従って草は長く、高く伸び、密集度も上がる。さらに遠のくと木々が目立ちはじめ……小川の流れる土の色がかすかに見えた。

「はい、じゃあ質問ある?」

「はい、イッチ・カーねーちゃん!」

「いや、そこはフツーにいちか姉ちゃんでいいから」

「はい、いちかねーちゃん!」

「なにかな、チータカちゃん」

「わたしたちの装備、どれくらい使ってもいいの? あと、猫耳尻尾の人たちってどういう社会的立場?」

 小学校2年生と同じ年齢とは思えない専門的な質問だ。

「基本、魔法があるからあんたらの装備はマジックアイテム扱いになる。盗まれるのには注意、使うのには問題ナッシン。社会的立場としては『そういう人たち』レベル。外見嫌ったりする人間がいるのは私らの世界と変わらない。それと、この世界はいつも居る日本より、遙かに命が軽い人たちが多いから要注意ね。欲しいと思ったら交渉したりお金積むより、後ろから刺し殺す人が大半、と考えるよーに」

「うわー。バイオレンス…」

「剣と魔法の世界、ってのは早い話、それが法律と思った方がいいぐらい治安が悪い、って意味なんだから」

「トテ姉ちゃんのアシストロイド、悪い子になる?」

 チータカは心配顔だ。

 彼女たちがここに来た目的の一つは、キャーティアとセットで必ず出てくる存在……アシストロイドの育成をこの異世界でやってみたらどんな結果が出るか、である。

「土の上で起こってることと、土の下で起こることは別かどうか、さて、そこが問題よね」

と、いちかさんは、ちらっとトテチタを見る

「それも含めて、だから! いざとなったらあたしが責任を取って、それをその……処分、する」

 後半声が小さくなるのは、キャーティアにとってアシストロイドは単なる道具ではなく、まして生まれて初めて所有するアシストロイドは特別だからだ。

 それはキャーティア社会における一人前の証であると同時に「自分人生の同伴者」を得る、という意味でもある。

 地球に来た初めてのキャーティアであるエリスは、その年齢である16歳までアシストロイドを持たなかった上、一度所持するといきなり26体所有していたが、これは両方の意味で、かなり珍しいそうだ

「ま、それはそれでいいでしょ」

 といちかさんは頷いて、

「それとも一つ注意、この世界には神も魔法もあるので、否定する発言禁止、あと、持ち込んでいけないモノは?」


「株 式 取 引 と 民 主 主 義 と サ ッ カ ー !」


 二人は声をそろえて言った。

「よく出来ました」

 なんとも妙な話だが、この三つは本当に中世~近世の文明文化レベルが大半のナーロッパ世界を滅ぼしかねない代物らしい。

 ナーロッパ……まあ、色々物議を醸す言葉だが、そう表現するしかない。

 文明レベルは近世から近代(分野によっては現代)がメインだが、魔法が存在し、神を敬う強さは中世

 ヨーロッパ並み。オマケに本物の魔王までいるのだ。

 色々私も常識のレベルを切り替えねばならない。

 第三世界よりも物騒な場所にこれから我々は二泊三日、居続けることになる。

「あ、そうそうレンちゃん。長物渡すね」

 そう言って、いちかさんは白いジムニーのハッチバックを開けた。

 中には、ホームセンターに置いてあるベランダストッカーの特大サイズの物が、横倒し状態でハッチバック内ギリギリに納まっていて、いちかさんはそのフタを開けた。

 中は見えない。どんなに目をこらしても、ただ「闇」があるだけだ。

 だがいちかさんは構わず、腰までその中に突っ込んだ。

「よっこらせのやっこいせのどっこらせの、せい!」

 そういって上半身ごと何かを引き抜くようにして出てくる。

 彼女がつかみ出した物を見て、私はぽかんと口を開けた。

「あの……それ……ダネルM20じゃ……」

「お、さすがよく知ってるね、時限捜査官」

「そりゃ知ってますよ!」

 大口径ライフルと言えばブローニングM3の弾薬を使う50口径が世界の主流だが、このアフリカ生まれの巨大な、横向きにボックス弾倉が着くボルトアクションライフル、ダネルNTW-20は、基本運用概念も大きさも違う。

 最低2キロの射程で撃ち合うことを想定しているという、設計者の正気を疑う代物だ

 使用弾薬は対空機関砲に使われる20㎜。

 大きさで言えば50BMGが、薬局の栄養ドリンクの瓶ぐらいとして、20㎜は五〇〇ミリリットルのペットボトルぐらいの差がある。

 正直、対物以外で使えば世にも悲惨な遺体を量産できる代物だし、反動もめちゃくちゃらしいので、正直…

「使いたくない、とは思うけど」

 こっちの思考を読んだようにいちかさん。

 まあ、顔に出てるとは思うけど。

「あんたも〈感知〉能力使いだから解るでしょ? ここから北へ20キロぐらい行ったところにうろついてる魔獣」

「……はい」

 確かにあれ相手には50口径でも心細いし、ダネルでも正直シンドイかもしれない。

「あたしがここに来たのはもう二十年も昔だし、今はまた違う脅威がうろついてるかもしんないから、当分はこれ持ってて」

「はあ」

 だがダネルは重い。二十キロもある。

 だから実際には分解して、スナイパーとスポッターで運び、狙撃地点で組み立てて撃つ(昔なら精度の問題で出来なかったことだ)。

 が、持ってみるとダネルは異様に軽かった。

 横を見ると、小さな円盤が左右に着いている。

 真ん中には矢印があって、今は銃を構えたときの上に向いていた。

「あたしの作った重量軽減の護符。この状態だと重さは100分の1」

 いちかさんは私の横に立った。

「でこの矢印を下に向けると…」

ずしっと私の腕に掛かる重さが変わる。

 コレは確かにスペック通りに二十キロある。

「重量は元に戻る。撃つときは重量を元に戻してね。反動までは軽減出来ないから、そのままだと本当に吹っ飛ぶわよ」

「わ、解りました…」

 冷や汗が出る。20㎜の反動を重量のある反動軽減装置つきの銃で撃つだけでも怖いの

重量という最も大事な反動軽減装置を切ったまま、それをもろに食らうのは絶対にイヤだ。

 もっとも私の先輩、「悪縁紅葉」は、それぐらい腰だめでぶっ放して擦り傷一つ負わなかったというが……。

「で、普段はスリングで背負うか、このナップザックの中に放り込んどいて」

「入るんですか?」

「もちろん」

 いちかさんの言ったとおり、RPGゲームに多く出てくる「背負い袋」そのものな革のナップザックの口を開けて、銃身を掴んで銃床からその中にダネルを入れて行く。

 ……とあっさりと二メートル近い全長が、四十センチほどの高さしかないナップザックの中に消えた。

「……凄い」

「凄い? 凄い?」

 私が心底感嘆の声を上げると、いちかさんは楽しそうに顔をほころばせた。

「空間の折りたたみは数式の応用…で、あたしのは、これと、これ」

 そう言っていちかさんはまたベランダストッカーに頭を突っ込み、古い銃を二挺取りだした。

 一挺は英国のボルドアクションライフル。リー・エンフィールド。

 もう一挺はS&Wの古い自動拳銃だ。

「M39ですか?」

「サイトに補強プレートを着けたM439。昔アメリカに行ったときに拾ったの。まだ荒れ放題のNYのソーホーで。スターウォーズの一作目が公開された年、だったかな?」

「九十年代に……?」

「いや、新三部作じゃなくて七十八年公開のほう」

「ああ……なるほど」)

 しかし、アメリカには拳銃がそんなに落ちてるのだろうか。

「でも、ファンタジー世界なのに銃で武装していいんでしょうか?」

「ロマンよりも安全」

 いちかさんは言い切った。

「剣と魔法の世界は甘く観ちゃ駄目。

『人に会うては人を○し、仏に会うては仏をホトケにしてくれる』てな連中がごーろごろいるんだから」

 言いながらいちかさんは銃口まで木製ストックで覆うようなデザインのエンフィールドライフルのボルトを引いて初弾装填を確認した。

 さらに予備弾倉をライフルと拳銃用に、二つずつ取り出す。

 いちかさんは慣れた手つきでライフルを試しに構え、SWのスライドを引いて初弾を確認し…全部、オーバーオールの前ポケットに入れてしまった。

「あの、そのポケットってひょっとして四次元…」

「みんな準備出来たわねー?」

 私のささやかな疑問は、わざとらしいかけ声にかき消されてしまった。

「おー!」「おー!」と答えて元気よく子猫ふたりが歩き出すので、私もとりあえず着いていく。

 護衛だし。

 と、トテチタ・ツッテッターを名乗ることになった少女が不意に振り向いてニカッと笑った。

「あのね、レン姉ちゃん、いちかねーちゃんに突っ込むときは躊躇っちゃだめだよ?」

「え?」

「ツッコミは瞬速! 角度は45度で! 出来ればスリッパかハリセンで、こう!」

 とどこから取りだしたのか、画用紙を緩やかに折り曲げて持ち手部分をガムテでぐるぐる巻きにした本式「ハリセン」を取りだしてトテチタ…以下トテちゃんと呼ぶ…はコンプライアンス的にマズいことを平然と言った。

「誰に教わったの、それ?」

「んーとね、いちかネーちゃんの妹ちゃん。あと旅士にーちゃん!」

「?」

 御鏡旅士(みかがみ・たびと)は私も知ってる。いちかさんが居候している家の主で漫画家もやってる人だ。

 もう一人がよく分からない。

 いちかさんに係累が居るという話は資料にない

 細かいことを聞きだそうとする前に、先を小走りに走っていたチータカ……以下チーちゃんが「おー!」と声をあげた。

「ねー!すごいおっきなお花ー!」

 見ると、その先には全高二メートル近い白いマーガレットが咲いていた。

 

 ついさっきまで、そんな物生えてなかったのに。

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