とある探偵が推理力皆無なので俺が助けてやっているのだが。
彼方夢(性別男)
【読み切り】アホ探偵の事件簿。
群馬県の山奥に佇む旅館――
だから冬休みで暇を持て余した家永はこうして毎日旅館の手伝いをしているってわけ。
嫌々ながら廊下を水拭きしていると、とても美人な女性? が旅館に訪れた。
都会な雰囲気もありそれに女優やモデルと言われても遜色ない容姿をしていて、なおかつ苺の香水が香りだして――ってここまで妄想する自分キモいな。
「あの、予約を取った
「分かりました。只今確認いたします」
玄関ロビーに備え付けられている横長テーブルの引き出しの中に予約名簿がある。それにさあっと目を通した。
秋永に鍵を渡すと少し口角を緩ませ「では」言って去る。
そんな
首を振って邪心を消してからもう一度廊下掃除を始める。
🕵
親が部屋まで料理を運んでいるのをサポートするためひたすら野菜の皮むきをしていた。
包丁で皮を削ぐとき野菜の扱いを失敗して何度出血したことか。もともと自分は料理が苦手なのだ。もちろん血が付いた野菜は客には出せないので父から激怒されたが。
皮を剥いたニンジン三十本。じゃがいも十個などの野菜らを今度は茹でる。茹でる時も火加減を失敗して何度怒られたことか――(以下同文)
今、この調理場には家永と
「
「分かった。湯切りと冷水で〆てこっちに頂戴。ぱぱっと切っちゃうから」
「頼りになります」
そうして扇に指示されたことを手早くやり、その後
さぼることが出来なくなったので大人しくまた野菜の皮むきを始める。
どれだけやったらいいのだろうか。削いで。削いで。また削いで。ノイローゼになってしまいそうだ。
調理場にある内線電話が鳴った。受話器を取る家永。
「はい」
「あっ、家永か。秋冬様のところに頭痛薬を届けてくれないか?」
「ああ、うん。分かった」
受話器を元の場所に戻して、エプロンを棚に直したあと扇に一言断ってから外に出た。東に数メートル進んでから異様な存在感を示しているような物置の扉を開けて救急セットを手に取る。外に出てずんずんと秋冬の部屋へと向かう。緊張していて足が震えている。ヤバい。なにかあったらどうしよう……
家永が彼女の部屋をノックする。「失礼します」と言いドアノブを捻るとまばゆい光が射し込んだ。
秋冬は着替え中だった。水色の下着。良い感じにくびれている腰元。すらりと伸びた足。全てが黄金比だった。
「あっ、失礼しました――」
しっかりとラッキースケベを目に焼き付けてからまた調理場へと戻ろうとした時、女性が物凄い剣幕で家永の手首を掴んだ。えっ、まじでどうしよ。
「あなた――」
「いや、あの、その……そっか……ってか、いや」
しどろもどろになっている家永の手首にどんどん力を込めてくる秋冬。
「興奮しちゃった」
「怖い怖い。どういうこと?」
「私、年下フェチなんだ」
「ただのショタコンじゃないか!」
すると女性が少し俯きざまに、
「そ、そんなあ。性癖バレちゃたよ」
「バレた。じゃなくで自分で発表したんだろ?」
すると途端に意識が不明瞭になっていく。ずるずると足の力が抜けて、寝っ転がってしまう。
「なんだこれっ。父さんに……叱られる……」
そこでぷつんと意識の線が切れた。
🕵
目を覚ますと真っ白い天井が目の前にあった。
「知らない天井だ」
「なわけないでしょ」
隣にいたのはもう服を着替え終わった秋冬だった。
家永はすぐにも土下座をする。
「大変申し訳ありませんでした。でもなんで倒れたんだろう」
「只の貧血。気をつけたほうがいい」
「すみません。従業員がお客様の部屋で眠っていたなんて」
「……うーん。許すかどうかは謎解きに挑戦して無事勝利したらいいよ」
「謎、解き?」
「うん。でも条件があるの」
「はあ。なんでしょう」
「あなた、犯人のフリをしてよ」
すぐには飲み込めなかった。どういう意味だろうか。
「あの……それは……」
外からなぜかサイレンの音が聞こえた。
「来たみたいね――」
すると扉が開いて巨漢が現れた。それは家永の父であった。
「すみません。うちのせがれは来ていませんか?」
「ああ。ここに」
「……ちょっと来てくれるか?」
「う、うん」
大人しく部屋から出た。すると父が小声で耳打ちしてきた。
「実は、うちで殺人事件が起きた」
「ええっ……本当に?」
「こんな不謹慎な嘘などつかん。お前はもう自分の部屋に戻れ」
「で、でも……」
すると警官や刑事たちが父の名前を呼んだ。
「あっ、はい。すぐに。いいか、早く戻れ」
「……」
父は会釈しながら事情聴取に応じるようだ。
秋冬が部屋から出てきて彼の手を引っ張った。
「ちょっと、次はどうしたんですか?」
家永は感じ取っていた。この女はただの美人じゃないと。
「あるでしょ。旅館なんかで被疑者関係者全員集めてさ。それから自分の推理を披露する、っていう萌えシチュエーション」
「いや、それのどこが萌えなんですか」
秋冬は一つずつ扉をノックし全員が警察のいるロビーへ彼女の指示で向かうことに。もちろん、「俺はなにもやってない」なんて言う推理ものでのテンプレ野郎がいたことには驚いた。まさかこんなまさしくみたいな奴いるんだ。
警官が不審な顔をしてきた。
「どうかしたんですか?」
秋冬が腕を組み鼻息を荒くさせた。
「犯人が分かったのです」
「は、はい?」
たぶん警官はミステリー小説の見過ぎで頭がおかしくなった女性だと思ったのだろう。家永も同じ気持ちだ。
「では言います。犯人はこの人です」
ずばり、と指差した相手は家永だった。
場が凍り付く。家永は「犯人のフリをしてもらう」というのは冗談ではなく本気だったのか、と思う。
警官が溜息をついて「その根拠は?」と言う。
「さあ。女の感よ」
すまん、女性蔑視かもしれないが女性の感ほど当たらないものはないぞ。
警官も同じように思ったのか、「えっと……君がやったのかな?」と聞いてくる。
それに渋々頷いた。なにやってんだろ、と思うが首肯した。
一応、発言をしてはいない。
「じゃあ。警察署まで来てくれるかな?」
「えっと……」
すると父が「すいません。こいつ、ずっとお客様の部屋にいたので犯行は無理です」と庇ってくれる。
「じゃあなんで嘘を吐いたのかな?」
「えっと――」
家永が困惑していると秋冬が堂々と「犯人を攪乱させるためです」などと言った。
いや、だったら黙っておけよ。
「あのー、犯人はどうやって殺害したんですか?」
「……ロープによる絞殺だ」
ふーん。ロープによる絞殺、か。
そうしたら秋冬がなにかを思い出したのか一人一人手を見せろと言い、確認していく。
「うーん。誰もロープの跡が残った人はいないね」
当たり前だろ。
だが、家永は見落としていなかった。一人だけ――があったことを。
家永は秋冬に近づき耳打ちをした。
そしたら彼女は目を丸くさせる。
「犯人が分かりました」
「はあ」
警官もこの呆れようだ。
中年のおっさんが、「もう我慢ならねえ。こんな旅館なんか出ていくからな」
「ちょっと待った。あなた。右手の親指の付け根に豆だこがありますね」
「は、いや。……俺は、そう、土木作業員だからさ」
その豆だこの言葉が出てきたからか、警官の目が変わった。
「どこの会社ですか? 調べますよ」
「うっ、そ、それは……」
「人を絞殺するとき両手の付け根を支点に勢いよくロープを引っ張る。そのときには当然豆ぐらいできるわ。それが証拠となるなんて。計算が甘いわ」
中年が膝から崩れ落ちた。そしてぼろぼろと自白する。
「そうだ。俺がやったんだ。あいつが疎ましくて」
🕵
「ありがとう。あなたのおかげで事件が解決できたわ」
「おかげっていうか、まあいいです」
彼女はバッグを持って部屋から立ち去ろうとした時、何かを思い出したのか立ち止まる。
「そうそう。これ、私の事務所の名刺」
「春夏秋冬探偵事務所?」
「ええ。あなたの推理力、脱帽したわ。ぜひうちで働いてもらいたい。気が向いたら来て頂戴」
今度こそ立ち去った女性。
「探偵か……」
そんな面倒なこと願い下げだな。
⭐️好評でしたらまた続けます!⭐️
とある探偵が推理力皆無なので俺が助けてやっているのだが。 彼方夢(性別男) @oonisi0615
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