第22話 新たな標的、そして射的の的

 「鎧」計画の核は破壊され、バーチャル万博の混乱は収まったものの、首謀者であるテロ組織の幹部は依然として逃亡中だった。鬼塚は、高宮警視から「鎧」の真の目的――人々の感情を操作し、世界を支配すること――を聞かされ、その悪辣さに怒りを募らせていた。

「チッ、そんなくだらねぇこと企んでやがったのか、あのクソ女は!」

 鬼塚が毒づくと、高宮警視は重い口調で答えた。

「奴らは、特定の遺伝子を持つ人間を、新たな**『核』**として利用しようとしていた。その遺伝子を持つ人間は、感情の波長が『鎧』のシステムと完全に同期する。彼らを操ることで、より強固な、感情支配システムを構築するつもりだったのだ」

 鬼塚の脳裏に、美咲の笑顔が浮かんだ。彼女が持つ「情報」は、その「核」となる遺伝子の情報だったのかもしれない。

「で、そいつは誰なんだ?まさか、また美咲ちゃんを狙うってんじゃねぇだろうな!」

 鬼塚の剣幕に、高宮警視は首を横に振った。

「幸いにも、美咲さんの遺伝子は、彼らが求めるものとは異なっていた。しかし、新たなターゲットが浮上している。我々は、その人物を特定し、保護に当たっている」

 その日、鬼塚は自身のデスクで、ターゲットとなる人物の資料を読んでいた。そこに写っていたのは、若い女性の写真だった。彼女は、都内の大学で心理学を専攻する、ごく普通の学生だ。しかし、彼女のDNAには、「鎧」計画の新たな「核」となる特殊な遺伝子が隠されているという。

「チッ、またろくでもねぇことに巻き込みやがって……」

 鬼塚が舌打ちしたその時、机の上の資料から、一枚の写真が滑り落ちた。それは、美咲と、彼女の父親、そして**「バァバ」**こと藤原静子が写っている写真だった。写真の裏には、静子の筆跡で小さく「私の最後の願い」と書かれている。


 狙われた「核」、そして因縁の再来

 警視庁は、ターゲットの女性を厳重に警護していた。しかし、テロ組織の動きは想像以上に速かった。

 数日後、女性が通う大学で、大規模なクラスター感染が発生した。それは、巧妙に仕組まれた偽装工作で、警備の目を欺くための陽動だった。混乱に乗じて、テロ組織の一員が女性に接近する。

「高宮警視!ターゲットの女性が、何者かに襲撃されました!」

 無線の声に、高宮警視の顔が険しくなった。鬼塚は、無線を奪い取るように叫んだ。

「場所はどこだ、コラァ!」

 報告された場所は、大学構内にある、学生たちが休憩に使う広場だった。鬼塚は、すぐさま現場へと急行した。

 広場に到着すると、そこにはすでに特殊部隊が駆けつけていた。しかし、女性の姿は見当たらない。そして、鬼塚の視線の先に、因縁の男が立っていた。

「スネーク!」

 鬼塚は怒りを込めて叫んだ。そこにいたのは、間違いなくスネークだった。彼は、拘束されたはずの姿ではなく、以前と同じ、冷酷な表情で鬼塚を見つめていた。彼の隣には、ターゲットの女性が意識を失って横たわっている。

「愚かだな、鬼塚。私を捕らえたところで、計画は止まらない。私は、ただの駒にすぎない」

 スネークは冷笑を浮かべ、懐からタブレットを取り出した。画面には、テロ組織の幹部である、あの女性の顔が映し出されていた。

「久しぶりね、鬼塚。私の計画は、もう誰にも止められないわ」

 モニター越しの女性が、嘲るように言った。

「テメェか、クソ女!またろくでもねぇこと企んでやがって!」

 鬼塚は怒鳴り散らすが、女性は涼しい顔で続ける。

「この女性が持つ遺伝子は、**『鎧』を完成させる最後のピース。そして、貴方には、その儀式の『的』**になってもらうわ」

 女性の言葉に、鬼塚は背筋が凍るような悪寒を感じた。スネークが、タブレットを操作すると、広場の中心に、巨大なホログラムが出現した。それは、まるでゲームセンターにある射的の的のような、奇妙な形状をしていた。そして、その的の中央には、鬼塚の顔が映し出されている。

「お前には、この的になって死んでもらう。貴方の感情の波長は、最高の『核』の起動素材となるだろう」

 スネークは、デザートイーグルを取り出し、その銃口を鬼塚に向けた。ホログラムの的も、同時に鬼塚の顔を映し出し、彼の存在を嘲笑うかのように輝く。

「ルールなんて誰が守るかボケ!てめぇみたいなクソ野郎に、俺が的になってやるか!」

 鬼塚は吼えた。彼の視界の端に、高宮警視率いる特殊部隊が、広場を取り囲むように展開しているのが見えた。しかし、彼らが動く前に、スネークが引き金を引こうとしている。


 怒りの射的

 バン!

 乾いた銃声が響き渡り、鬼塚の肩を弾丸が掠めた。彼は呻き声を上げながらも、スネークを睨みつけた。

「てめぇ、ふざけんな!そんな小細工で、俺がやられるか!」

 鬼塚は、肩から血を流しながらも、スネークへと向かって走り出した。スネークは冷静に引き金を引き続ける。銃弾が、まるで射的の的を狙うかのように、鬼塚の周囲に連続で着弾する。ホログラムの的も、その弾丸の着弾に呼応するかのように、不気味に明滅する。

「鬼塚!無茶をするな!」

 高宮警視の叫びが響くが、鬼塚は構わない。彼は、自分自身の命を「的」にすることで、スネークを誘い出し、最後のチャンスを掴もうとしていたのだ。

 スネークは、鬼塚の動きに呼応するように、さらに銃弾を放つ。その弾丸は、鬼塚の足元をかすめ、彼の動きを鈍らせる。しかし、鬼塚の目は、一点を見据えていた。スネークの、一瞬の隙だ。

「ルールなんて誰が守るかボケ!」

 鬼塚は、最後の力を振り絞り、スネークの懐に飛び込んだ。彼は、その右腕をスネークの銃を持つ腕に絡めると、渾身の力で上へと跳ね上げた。銃弾が空へと発射される。

 その瞬間、鬼塚は、スネークの顔面に、渾身の左ストレートを叩き込んだ!彼の拳には、美咲を守れなかった悔しさ、そして「鎧」計画への怒り、全てが込められていた。

 スネークの体が大きく吹き飛び、地面に叩きつけられる。デザートイーグルも、彼の傍らに落ちた。彼は、呻き声を上げながらも、鬼塚を睨みつけた。

「……バカな……なぜだ……」

 その時、高宮警視と特殊部隊がスネークに駆け寄る。彼は、再び拘束された。しかし、ホログラムの的は、まだ不気味に輝いている。そして、モニターの向こうの女性は、まだ捕まっていない。

「鎧」計画は、まだ終わっていなかった。鬼塚の戦いは、さらなるステージへと向かう。

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