放課後カラオケ部、活動内容は『恋バナ』です

のっち

第1章『恋バナ、始めました。』

#1-1 プロローグ

放課後の雨は、予報よりも急だった。

水たまりを避けて走ったせいでローファーはびしょ濡れ、前髪も重たく張りついている。


「うわ、ムリ……傘、持ってきてないんだけど……」


春乃音羽は、制服の袖で額を拭いながら立ち止まる。

目の前には、小さなカラオケボックスの灯り。

チェーン店でもなければ、目立つ看板もない。ほとんど誰も出入りしていない様子だった。


――でもまあ、雨宿りくらいは、させてくれるでしょ。


半信半疑でドアを開けると、受付には人影なし。

「ご自由にどうぞ」と書かれた小さな張り紙。止まったままの券売機と、壊れた呼び鈴。全体的にゆるい。


「……大丈夫? ここ」


空いていそうな部屋を探して、薄暗い廊下を進んだ――そのとき。


「でさ! それで“運命かも”って思っちゃったんよ!!」


勢いのある女子の声が、ドアの向こうから響く。

直後――


「うんそれな〜! 恋って、目ぇ合った瞬間に始まるやつじゃん?」


「わかる〜! でも、私は……歌いまーす!」


ドンッと机を叩く音。そしてカラオケのマシンが起動。

バラードのイントロが流れ始めた。


(……なにこの部屋、こわ)


引き返そうとした音羽の耳に、さらにもう一つ声が飛び込んできた。


「恋してないけど恋バナで盛り上がるのが、うちの部活だから!」


「ぶ、部活!?」


思わず声が出てしまった。

その瞬間――運命のドアが、音を立てて開く。


ギギィ……と鈍く軋む音。

中にいた四人の女子が、こちらを凝視している。


「……誰?」

「新入部員?」

「恋、してる?」

「歌、いける?」


質問のテンポがバグってる。ていうか情報量も多い。


「え、あ、えっと……雨宿りで……」


「うんうん、あるある〜! 私らも最初そんなんだったし」


「……え? いや、え???」


「ようこそ! 放課後カラオケ部へ〜!」


一番テンション高く叫んだのは、茶髪の巻き髪に笑顔全開の女子だった。


「ここ、放課後カラオケ部だから」


「……は?」


――春乃音羽の、“恋してないのに恋の話ばっかりする日々”は、ここから始まった。

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