リキッドサンシャイン~わたしたちのひと夏~

毛糸ノカギ

プロローグ

 声が、聞こえてくる。

 蝉の声だ。


 今年の夏も、相変わらず燃え盛る赤色のように暑いのに、蝉たちはそれでも大きな声で鳴く。

 まるで、自分たちもこの世界に生きているんだと叫んでいるかのように。


 その声を聴きながら、わたしは息を整えて、その席に座る。

 この席は、わたしの特等席だ。君を待つための特等席。


 いつもはあるはずのキャンバスは、今日はどこにも見当たらない。誰かが片付けてくれたのだろうか。


 わたしはその名前も知らない誰かに、心の中でありがとうと伝える。


 おかげで、君が部屋に入ってきたらすぐにわかるから。


 わたしは、そのときになったらきっと嬉しさと恥ずかしさでなんにも言えなくなると思う。


 でも、それでも、君はわたしのことを愛想がない女の子だとは思わないよね。


 わたしは、そういう君に期待したんだもん。

 それに、君もそういうわたしを期待していてくれるんだもんね。


 だから、それでいいの。

 わたしも、君みたいに、君の期待に応えたい。



 今年の夏を思い出しながら、そんなことを思った。

 ふと、君が走って来る足音が聞こえた。


 夏の匂いがした。

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