運命! 未来は変えられますか?
先崎 咲
第1話 転校生と運命の人
運命の糸は黒いし、運命の糸が見えるからと言っていいことはあまりない。これは、
明智ミカは「運命の糸が見える」超能力者である。
超能力者と言うものは、ウン百万だか、ウン十万分の一くらいの確率で生まれるらしい。だから昔はとってもレアで、ありがたられたり、逆にひどい目に遭わされたりしたらしい。でも、産業革命やら医療の進歩やらで人口爆発が起こった結果、そこそこの大きさの国なら超能力者の子供たちのための学校を作れるくらいには、フツーになった。まだ、いろいろと問題は残っているらしいけど。
ミカも日本の超能力者育成校の中等部に通う中学二年生である。ミカの場合は三歳児検診で、能力の保有が確認されたらしく、幼稚部からずっと育成校に所属している。
クラスメイトは14人。ちょっと少ないけど、ペア分けのときに先生と組まなくていいのはいいことだ。少なくともミカはそう思っている。
しかも、一学年一クラスなのでメンバーはずっと変わらない。今のところ最後に転校してきたのは、小学五年生のときの
さて、なぜ今日のミカが超能力者について思いを馳せているかと言うと、今日は転校生が来るからだ。時期は九月の半ばだが、学期ごとの身体測定で能力が発覚することも多いので、育成校においてはこの時期の転校生はあまり珍しいことではない。
けれども、中学生になって能力が見つかることは稀なので、クラスメイトはみんなそわそわとしている。なんせ、およそ三年ぶりの転校生だ。普段なら朝の時間なんて、眠そうにしながら昨日見た動画の話や今日の嫌な授業の話をすることが多いのに。
けれど、今のミカに休み時間に話しかけてくれる子はいない。授業で必要なことは話してくれるけれど、雑談はてんでダメ。けれど、その理由はミカが一番よく分かっている。
小学六年生の卒業式の日。ミカは自分の能力で人を泣かせてしまったのだ。
◇◇◇◇◇
初等部の頃。
能力に目覚めるのは小学校低学年が一番多いらしく、転校生としていろいろな子が育成校に入ってきていた。ミカは幼稚部からずっと育成校に通っていたこともあって、そんな子たちに学校のことを教えていたので、仲のいい子がたくさんいた。クラスのみんなとも話せたし、他の学年にだって話しに行けた。
そんな中で、特に仲のいい友達とミカがよく話していたのが、少女漫画の話だった。
ミカの瞳には人の運命の糸が映る。漫画のように赤くはないし、その糸は運命の人同士が近くにいないと見えないけれど、仲が良さそうな人たちはみんな持っていて、ミカにとっても運命の糸を持つことは憧れだった。少女漫画のように恋をして、運命の人とむすばれて、幸せになる。それが、ミカの夢だった。
だから、とっても驚いたのだ。友達のさやかちゃんとクラスメイトの航平くんの二人が、運命の糸で結ばれているなんて!
そのことに気づいたのは、卒業式の後。みんなで教室に集まって、写真や動画を撮っているときだった。
ミカたちは女子でかたまって、写真を撮ろうとしていた。さやかは一番端でスマホを持ってみんなが映るように角度や立ち位置を調整していた。ミカはさやかの隣でみんなが映れるようにと、さやかのそばに出来るだけ寄った。
「あっ」
「いてっ」
「わっ、さやかちゃん、ごめん!」
寄りすぎてしまったのか、さやかがバランスを崩した。さやかの身体が、近くにいた男子グループに当たった。
ミカはとっさに謝った。倒れこんださやかに、手を差し伸べた。その手にさやかは手を伸ばした。その時だった。ミカの瞳に、さやかの運命の糸が映ったのは。
ミカは興奮した。さやかちゃんには、運命の人がいる。しかも、この教室に!
ミカの視線は、自然とさやかの運命の糸をたどっていた。その糸は、さやかの後ろの方に伸びていた。
「ミカちゃん?」
さやかがミカに聞いていた。けれど、その言葉はミカには聞こえていなかった。ミカはさやかの運命の糸に夢中だった。
ミカは周りこんで、さやかの後ろに伸びた糸の先をさらに辿っていった。そして、糸の先を見つけた。糸の先には、クラスメイトの
「おい、ミカ。何見てるんだよ」
「ミカちゃん? どうしたの?」
さやかと航平が不思議そうにミカに聞いた。周りにいたクラスメイトも、不思議そうにミカのことを見ていた。
ミカの心は驚きでいっぱいだった。その驚きを多分、共有したかった。少女漫画の感想や、理想の彼氏を話す時のように。
その言葉が、すべてを壊すと知らずに。
「さやかちゃんと航平くんって、運命の糸でつながってるんだね!」
しん、と教室が静かになった。
ミカの能力はみんなが知っていた。
ぶわっとさやかの顔が赤くなった。
「っ~~!」
さやかが勢いよく立ち上がった。その目尻には涙が溜まっていた。今でもその涙が怒りによるものなのか、恥ずかしさによるものなのか、それ以外なのか、ミカは知らない。
けれど、確実にこの瞬間。超能力と言うものが無くとも、ミカには友情が壊れる音というものを聞いた気がした。
「ミカちゃんなんて、知らない!」
さやかはそう叫ぶように言うと、教室から走って出ていってしまった。
ミカは唖然としてさやかを見送ってしまった。
しばらくして、教室はざわつき始めた。ミカは、さやかが去っていった教室のドアを見つめていた。ミカの頭の中では、さやかの言葉がずっとリフレインしていた。
◇◇◇◇◇
それ以降、ミカに友人やクラスメイトが話しかけてくれる頻度はガクッと落ちた。
多感な中学生の時期。もしも、好きな子がいることをバラされたら……、好きな子が自分の運命の相手では無かったら……。そんな不安が、ミカへ話しかけることを躊躇させた。
それでも、彼女に悪気がないことは分かっていたから、必要最低限の挨拶や連絡事項、授業中のペアワークやグループワークには入れてくれた。けれど、だれかの個人的な話になりそうになると、フッと途端に黙り込み話さなくなってしまう。雑談もミカがそばに行くと、途切れることがある。クラスメイトのみんなが、ミカの口から運命の人の言葉を聞くことを恐れてしまう。
一方のミカもミカで、何を話したらいいのか分からなくなってしまった。また変なことを言って誰かを傷つけたら、今度は必要な時にすら話しかけてもらえなくなるかもしれない。でも、ミカは運命の人というものの憧れを捨てきれない。架空でもいいからみんなで仲良く運命の人について話したい。でも、他の子にはミカが話したその話がホントかウソかなんて分からないのだ。
ミカはすっかり昔の明るさが無くなっていた。
「はぁ……」
ミカは教室の後ろの席でため息をついた。窓際の席は主人公みたいで少しだけ気に入っていたが、その隣にある新しい机と椅子がミカの不安を大きくさせる。
きっと、転校生もミカのやらかしたことを聞いたら距離を取るに違いない。もしもミカの大好きな少女漫画なら、通学路で偶然会った相手と再会とか、引っ越してしまった幼馴染との再会とか、そういう運命的な出会いの伏線が貼られているのかもしれない。
けれど、ミカの昔からの知り合いはだいたい育成校のクラスメイトだし、登下校は専用の移動鍵を通せば一瞬だ。中学生になってからは、部活にも入らず、友達とも話さなくなったため学校に残ることもしないミカは、学校に直行直帰の生活をしている。
今日だって、今のところ話した相手はパパとママだけだ。思い出して、少しだけ気が滅入る。
朝の
目を閉じて、しばらく経った頃だろうか。ガララララと教室の扉が開く音がして、ミカは身を起こした。ぼんやりと瞬きをしている間に、ミカの耳には軽い口調の挨拶が入ってきた。
「おーい。みんな、おっはよーさん! さて、今日はお待ちかねの転校生の紹介だ!」
元気よく入ってきたのは、ミカたち中等部2年生担当の
「さぁ、入ってきて。大丈夫、みんな君と同じ能力者だから。もちろん、僕もね!」
「……はぁ」
扉の向こうから、怪訝そうな声が聞こえた。声から考えるに男の子だろうか。ミカは、少しだけ心が震えるのを感じた。
そして、扉の向こうから彼は姿を現した。
黒い髪に黒い目。スタスタと教壇のそばまですぐに届く長い足。制服の黒がまだ綺麗に見えるのは新品だからだろうか。
ミカはボーっと彼のことを見つめていた。転校生の彼の鋭い瞳は、きちっとまっすぐ進行方向を向いている。
彼は教壇のそばで、止まると少しだけ顔をしかめた。
「どうかしたかい?」
「いえ」
そう言うと、彼は黒板のレールからチョークを一つ手に取った。
「あ、綺麗なチョークはこっちに」
「そこ、悪戯が仕掛けられてますよ」
慌ててチョークをチョーク入れから出そうとした田辺先生にそう告げると、転校生は少しだけ距離を取って自分の名前を書き始めた。
「え!? うわ、本当だ!」
忠告を聞いても動作を止めきれなかったのか、田辺先生はチョーク入れを開けた。途端舞い上がる紙吹雪と『転校生ようこそ』と書かれた紙で作られた小さな垂れ幕がベロンと垂れた。
田辺先生は紙吹雪まみれになりながら、驚きを口にした。悪戯をしかけたであろう男子たちが「ウソだろ!?」とざわついている。女子たちも「スゴイ、何で?」と小声で会話を交わし合っている。ミカの席からはクラスのそんな様子がよく見えた。
しかし、転校生はその様子を横目にピンと伸ばした背中を向けて黙々と名前を書いていた。
織部 マコト
丁寧に書かれたその文字を書いた後、転校生はミカたちの方を振り返りまっすぐ立って言った。その様子にざわついていた教室が静かになった。
「
教室に転校生の自己紹介が響く。
けれど、その顔はあまりよろしくしたそうとは言えなかった。
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