最終話
疑問が次々と浮かび上がる中、ゴンドラはとうとう頂点に達した。あとはもう、だんだんと降りていくだけだった。まるでオチをつけていくかのように。
「な、なんであたしの正体を知ってるの……?」
まずは一つ、一番に気になったことを尋ねると、淳はさらっとこう言った。
「正体も何も、最初からお前だってバレバレだったぞ」
「そんな! だってあたし、ボイスチェンジャー使って特殊メイクまでしたのよ!」「あのな、何年お前と一緒にいると思ってるんだよ。そんな程度のことでお前のことがわからなくなるわけないだろ」
「ええ……?」
あたしが金髪巨乳お姉さんになって淳のことを落とそうっていう試みは、最初から失敗していたっていうことなんだ……なんかものすごいショック。
「でも、それなら最初から気づいてるって言ってくれれば良かったのに……」
「それはごめん。俺としては、あー、また麗華が変なことやってるなー、まあ付き合ってやるかーって感じだったんだけどな、ずっと。というかお前、本当にバレてないと思ってたのか?」
「当然。あたしの変装は完璧だもの」
「変装は完璧だろうが、挙動が麗華そのものだし。何よりデートプランを練ったその翌々日に一緒に考えた相手と出掛けてそのプランを実行して……って、気づかない方がおかしいだろ」
「う……それは確かに」
言葉に詰まるあたしに、淳は呆れたようにため息を吐く。
「はぁ。まったく、その調子じゃ本命にちゃんと振り向いてもらえるか心配だぞ」「あの……それなんだけど、本命って何?」
次に引っ掛かっている点を聞くと、淳は軽く首を傾げる。
「え、だって俺に他人のふりして近づいたのも、デートに誘ったのも、全部麗華が本命を落とすための練習なんだろ?」
「本命……? 本命って?」
「いや、この前お前言ってたじゃん、好きな人できたって。それで俺にデートプランまで聞いてきたじゃん」
「あ、あ〜! あれね、そういえばそうだったわね!」
あたしが淳以外の人を好きだなんて有り得なさすぎて、自分がついた嘘が頭からすっかり抜け落ちていた。
「どうした、麗華? あんな大事なこと忘れるぐらい記憶力なかったか、お前」
「えーっと……実は、そのことなんだけどね……」
どうせ変装はバレてたんだし、もう全部どうでもいいや。そんな投げやりな気持ちで言う。
「新しく好きな人ができたって言うのは嘘で、ホントはあたし、まだ淳のこと好きなんだけど」
「……………………は?」
すると、淳はぽかんと口を開ける。
「ええええええええええっ!?」
そして、勢いよくその場で立ち上がった。そのあまりの勢いでゴンドラが大きく揺れる。
「え、麗華って俺のこと好きだったの!? え、え、え、どういうこと、どういうことなんだ、これ!」
「なんで今更驚くのよ。この前告白したじゃない」
「告白? いやいやいや、されてない、俺、お前に告白されてない!」
「ええ?」
まさか、あたしが告白して淳に振られたのは全部夢の中の出来事だった……なんてオチ? そんなしょうもないオチだったら許さないし、何よりあの時のことははっきり覚えている。
「だって淳、二か月くらい前に一緒に帰ってるとき、あたしの告白に対して『このままの関係じゃ、ダメなのか?』って言ったじゃない」
あたしが言うと、淳はしばらく「うーん……?」と首をひねっていたが、やがて思い出したようで、
「ああ、あのときのことか。いやでも、俺の覚えてる限りじゃ、麗華に告白されたって認識はないぞ」
「本当? じゃあどんな会話したらそんなザ・断り文句みたいな言葉が出てくるっていうのよ」
「いやいやいや、よーく思い出してみろ。お前あのときなんて言ってた?」
「あのとき……?」
告白したのに振られた、というショックでなるべくなら思い出さないようにしてたけど、言われた通り記憶の奥底を探り、振り返ってみる。
「んー、確か、『あたしたち、もうちょっと進んだ関係になってみない?』って言ったような気がするわ」
「それって、告白だって思うか?」
「……あ」
思い返してみたら、あたし、淳に好きだって言ってない。
「あ、あはは……それ、告白じゃ、ないかもしれないわね……?」
「告白じゃないんだよ。俺、お前が何のこと言ってるかわかんなくてとりあえず『このままの関係じゃダメなのか?』って聞いたんだよ。そしたらお前が謎に泣きそうな顔するから、これ以上この話題に触れない方がいいのかなって……」
「あー、なるほど、そういうことだったのね」
「そういうことだったのね、じゃないだろ……だいたい俺、お前に告白されたんならオッケーしないわけないし」
「……え?」
「あ」
しまった、という風に淳は口元を手で覆う。
「それって……つまり……」
「っ~! ああっ、もう、つまりだよ! つまりそういうことだよ! 俺の好きな人はお前! さっき言ってたすっげえ好きな奴って言うのはお前のこと!」
「そ……そうだったの!?」
今度は驚きのあまりあたしが飛び上がる。ゴンドラがまた揺れた。
「淳ってあたしのこと好きだったの!?」
「そうだよ! 小学生の頃からずっとお前のこと好きだったよ!」
「しかも、そんなに前から……?」
「ああ、そうだよ、そんなに前からだよ!」
半ば吐き捨てるように言って、淳は頭を抱える。
「あ~、もう、なんだこれ、なんなんだ今の状況。理解が追い付かねーよ」
「あ、あたしも混乱してるわ……えーっと、つまり、あたしたちって、お互いに両思いだったのにずっとすれ違ってたってこと?」
「どうやらそうなるらしいな」
「そ、そうなのね……」
そして訪れるしばしの沈黙。
あたしも、多分淳も、全然感情を処理しきれていない。特に、淳があたしのこと好きだったなんて、今でも受け入れられない。だってあたしは全然淳の好みなんかじゃないから。
「……ねえ、淳の好みって金髪巨乳お姉さんのはずなのに、なんであたしのこと好きなの?」
「は? なんだそれ。そんなの全然俺の好みじゃないけど?」
「え? でも、この前淳の部屋に入ったら段ボール箱の中にぎっしりそういう本が詰められてて……」
「あー、あれな。あれ、木村の奴……馬鹿なクラスメイトが置いてったんだよ。木村の家、自分の部屋がなくてエロ本大量買いしたら母ちゃんにバレるからって。だからって俺の部屋を物置代わりに使うなって感じだけど。ってか麗華も何気に俺の部屋勝手に入ってるし」
「う……それはごめんなさい。どうしても淳の好みが知りたくて」
「はあ。まあ別にいいけどさ。お前なら。昔からお前が部屋によく忍び込んでるのは織り込み済みだったし、本当に見られちゃいけないものは厳重に保管しているからな」
「ふぅん、見られちゃいけないようなもの、持ってるんだ」
「あ……。ま、まあまあまあ、そこらへんはトップシークレットってことで、な?」「はぁい」
淳もお年頃だし、そういうものを持っていてもおかしくないから、ここはあまり追及しないであげよう。まあどうしても気になって気になって仕方なかったらまた部屋の中を探し回るかもしれないけど。
なんてことを思っていたら、不意に淳は訳知り顔になって、ふむふむと言いながらあたしの全身を眺め出した。
「しかし、なるほどな。それでそんな格好してたんだな」
「ちょっと、あんまり見ないでよ」
「あ、ごめん。改めて見たら普段の麗華とはだいぶ違うなって思って」
「そうよ。頑張って金髪巨乳お姉さんになろうとしたんだから」
「そうか。まあお前がそういう格好好きっていうならともかく、そうじゃないならいつもの麗華でいいと思うぞ」
「そっちの方が好き?」
「あー……まあ、うん、好き、かもな」
うっすら染まった頬を掻きながら目を逸らす淳。
「あー、もしかして照れてるー?」
「……かもな。だって、ずっと昔から好きだった人と、両想いだってわかったんだから」
「そ、そう……」
なんだかこっちまで照れてきてしまう。
「でも、そんなに前から好きだったなんて全然信じられないわ。だって淳、完璧にただの友達として接してくるんだもの」
照れ隠しで矢継ぎ早にそう言うと、ふっと淳の表情が翳った。
「まあ、極力バレないようにしてきたからな。関係性を壊したくないし、俺みたいな庶民じゃ麗華ぐらいけた外れのお金持ちと釣り合わないだろ」
「あ、その点に関しては心配ないわ。今回の件でお父様やお母様にお金を出してもらう際、淳と付き合いたいからっていう理由を説明したら、『淳君なら安心だ。お金でもコネでもなんでも使ってなんとしてもモノにしてきなさい』って言われたから、両親は応援してくれると思うわ」
「そ、そうなのか……金でもコネでもって……相変わらず麗華の親御さんはすげえ人たちだな……」
淳はちょっと引いてるみたいだった。
「いや、でもさ。他にも理由はあるんだ。麗華は俺に付き合いたいって言われて嫌な思いしないかな、とかさ」
「嫌な思い? なんで?」
「だって、付き合うっつったらさ、手つないだりとかもするし、き、キスとかもするんだぞ? そこらへんはちゃんとわかってるか?」
「キス……」
言われて、思わず淳の唇を見る。
薄くて、形がきれいで、ちょっと乾燥してる唇。
そして、今度は視線を上にずらして、淳の目を見つめる。
「……」
「……」
何を言ったらいいのかわからなくて黙り込んでしまうあたしたち。
「………………」
「……………………」
「………………………………」
黙ったまま、ただただ見つめ合うだけの時間が続いた。
「……はーい、お疲れ様でした~!」
やがて、タイムリミットが来て、ゴンドラは下降しきって、係員さんがドアを開けてくれる。
あたしたちは、係員さんに挨拶だけしてゴンドラを降りた。
「んー……えっと」
気まずい雰囲気を打ち破るべく、あたしはこんな言葉を口にする。
「それなら、ね。その、き、キス……はまだ早いけど、手とか、繋いでみる?」「あ、ああ……」
返事と共に、淳はそっと、こちら側に手を伸ばす。
一瞬、手の甲がぶつかって。
自然と、指と指が絡み合った。
手のひらの熱が伝わってくると同時に、意識が飛びそうなほど激しい感情が湧き上がってくる。
ああ、あたし今、淳と手を繋いでるんだ。
淳はきっとあたしのことが好きじゃないんだって、そう思い込んで、絶対にこんなことできるはずないって心のどこかでは諦めてすらいたのに。
嘘みたいで、夢みたいで、魂だけが身体から抜け出ているみたいに、ふわふわしている。
「ねえ、ホントにこれって、現実?」
「ああ。現実だよ」
「そっか……」
淳の声がする。淳の手のひらから、熱が伝わってくる。そして、ちょっと汗くさい、嗅ぎ慣れた淳の匂いがした。
「そっかぁ……っ」
なぜだかあたしは泣いていた。嬉しくてたまらないはずなのに。泣いたらまた淳を困らせるって知ってるのに、頑張って泣くのをやめようとしても、涙は止めどなく流れ続けた。
淳に振られたって勘違いしてから2ヶ月間。ずっと、淳のことだけを考えてきた。散々落ち込んで、何が悪かったんだろうって考えて、泣いて、立ち直って、頑張ってみて、失敗して、反省して、挫けそうになったけど、いつまでも淳のことを諦められなかった。淳が笑うたび、あたしの面倒を見てくれるたび、どんどん淳のことが好きになっていった。
泣いてしまうくらいには辛くて、胸が苦しくて……だけど、前よりも、もっと、ずっと、淳を好きになれた2ヶ月間だった。
「ごめん……淳、あたし、淳のこと、好きで、本当に好きでぇ……」
「うん」
「絶対に、絶対にあたしのこと離さないでね? 本当は全部嘘だったなんてなしよ?」
「嘘じゃないよ。何年お前のこと好きだったと思ってるんだ。この気持ちが嘘なわけあるか」
言いながら、誓うように、淳はあたしと繋いだ手に力を籠める。
「だから、これからは麗華も嘘つく必要ないんだ。そのままのお前で、俺にぶつかってこい。全部受け止めるから」
「うんっ……!」
とんでもない思い違いをして、呆れるほど遠回りをして、もがいて、空回って、ようやくここまで辿り着いた。
今まであたしのしてきたこと全部、馬鹿みたいって思うけど、それでもあたしは無駄じゃなかったと思う。だってそういうことを経て今があるから。そして今、あたしは最高に幸せだ。
それだけで、全てを肯定できる。
「ねえ、淳」
「なんだ?」
「大好きっ!」
だからあたしは、間違えまくった過去にも感謝する。
そして、淳のことを大好きと言える、この瞬間にも。
幼馴染を落とすために金髪巨乳お姉さんのふりをしています! 苺伊千衛 @moyorinomogiri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます