第5話
二日後。
ぐっすり寝て、よく休んで、ただ日曜日のデートを成功させることだけを考えていたら、乱れた気持ちはだいぶ落ち着いた。
失恋は辛い。好きな人がいつまで経っても振り向いてくれないのも、自分のことを全く異性として見てくれないのも。
だけど、あたしは結構能天気なおバカだから、寝たらそういう辛い思いも忘れられる。いや、忘れられるっていうのはちょっと違くて、正確には吹っ切れられるっていう方が正しい。
悩んでばかりじゃ状況は変わらないのだ。悩むっていうのは、一旦立ち止まって自分を振り返るきっかけになるから必要なことだとは思うけど、それ単体だと毒になる。
だから結局、今日この日をベストコンディションで迎えることだけが今のあたしには必要だと判断して、昨日の夜は有名なピアノ奏者を呼んでリラックスできる音楽を生演奏してもらいながら、アロマを焚いて寝た。おかげで今朝の目覚めは最高にすっきりしていた。
さあ、待っていなさい、淳。あなたに最高のあたしを見せるため最低でもあのまら◯ぃに14回は演奏をしてもらったのだ。絶対に今日、あなたをあたしの虜にしてみせる。
「行ってくるわ」 堂々と、パッドの詰まった胸を張って、あたしは駅前に向かった。
「ところで、今日はどこに向かうんだ?」「んー、内緒。着いてからのお楽しみよ」
遊園地に向かう電車内。
行き先を言わず、ただ「ついてきて」とだけ言って淳を電車に乗せたあたしに、淳は不満一つ言わずに付き合ってくれた。
あたしが行き先をはぐらかしても、「ん、そっか」とだけ言ってそれ以上追及してくることがない。適応能力高いな、なんて思う。淳の何があっても基本動じないところは、だいぶ好きだ。
適応能力が高い淳の一方で、あたしは適応能力が低い。
休日午前の上り電車は結構混んでいて、あたしも淳も座れずに、吊り革に掴まっている。普段電車で移動することもないし、ましてや動き続ける乗り物の中でずっと立っている経験なんてほとんどない。だから、結構バランスを保つのは難しい。
なんて思っていると、不意に車体が大きく揺れた。
「わっ……」
吊り革を強く掴んでなんとか倒れないようにする。
だけど、少しだけよろけてしまった。
「大丈夫か?」
咄嗟に淳があたしの肩を抱いて、身体を支えてくれる。ふわっ、と淳の匂いが鼻腔を通り抜けた。ほのかな汗の匂いと柔軟剤の匂いが混ざった、いつもの匂い。安心する、と同時に心臓がばくばく脈を打っている。淳があたしに触れたところから、全身に熱が広がっていく。
「うん……大丈夫」
別の意味で大丈夫じゃなかったけど、自分に言い聞かせるようにそう言ってみせた。
それからしばらく電車に揺られていると、遊園地の最寄り駅に着いた。
すぐに遊園地に向かう……前に、時間的にもうお昼だったから、カフェで軽食を食べてから遊園地に向かった。
そして、とうとう辿り着いた遊園地のゲート前。
「今日の目的地はずばり……ここよ!」「おおー」
手を広げてみせると、淳は適当に感嘆してみせた。
「ってか、なんか今日人いなくないか? もしかしてこれって……」「ええ、貸し切りよ。あたし、お金持ちだから遊園地を貸し切りにするくらいどうってことないの」「マジか。それじゃあ思いっきり楽しまなきゃな。さ、早く入ろうぜ!」「あ、ちょっと!」
珍しく淳が率先して遊園地の中に入っていく。
やっぱり淳は昔からずっと遊園地が好きなんだな、なんて思いながら、あたしも後に続いた。
そして、あたしたちは貸し切り遊園地を満喫した。 ジェットコースターに、メリーゴーランド、コーヒーカップ、ゴーカート。 肝心の吊り橋効果を狙ったお化け屋敷は、淳があまり驚いてくれなかったから効果があったのかどうかは謎だけど。 「人がいないって、やっぱなんか不思議な感じするけどな。でも、すっげー楽しいよ」
そう言って一緒にクレープを食べながら笑っている淳の顔を見ていると、ああ、よかったな、なんて思う。淳がちゃんと喜んでくれている。
目をキラキラ子供みたいに輝かせて、ジェットコースターの落下に合わせて叫んだり、「白馬の王子様って柄じゃないんだけどな」なんて言いながらメリーゴーランドの白馬に跨ってみたり、目が回るくらいコーヒーカップを回したり、信じられないほどハイスピードを出してゴーカートに乗ったり、「大丈夫、全部作り物だから」なんて言いながらお化け屋敷で怖がるあたしを落ち着かせたり。こんなにはしゃいでる淳は久しぶりだった。
本当に、小学校の頃に戻ったみたいだ。
昔もこうやって淳と一緒に貸し切りの遊園地に行ったことがある。
その日は淳の誕生日で、あたしが淳に対して何かしてあげられることないかなって考えたとき、貸し切りの遊園地に連れていくっていうのが真っ先に思い浮かんだ。
お父様に無理を言って、「麗華の大好きな淳君のためなら……」と一日遊園地を貸し切りにしてもらって、淳と一緒に暗くなるまでずっと遊園地で遊び続けた。
そのときも、淳は今日と同じような表情をしていた。淳は今も変わらずジェットコースターが大好きだし、目が回ることなんて全く考えずにコーヒーカップを回し続けるし、甘いものそんなに好きじゃないんだよな、って言いながらクレープをむしゃむしゃ頬張るのだ。
昔からずっと、面倒見が良くて、だけど時折子供っぽくて、無邪気で、優しくて、大好きだった。
だけど、今はもう、昔と同じ”好き”じゃいられない。淳もあたしも、子どもではなく、男性と女性になってしまった。よくあることだ。あたしが淳のことを思ってしまうなんて、きっと有名な学者さんは生物的本能のせいだってばっさり切り捨てられてしまうだろう。あたしが淳の手のひらに、首に、腕にドキドキして、触れられると顔が真っ赤になってしまうのは、突き詰めていけば所詮本能に過ぎない。
そう割り切って無視することだって、ともすればできてしまう。本能に踊らされているだけなんだから、我慢して今まで通りの関係性を続けていけばいいのだと。恋なんてそのくらい、不合理でくだらないものなんだからって。
それでもあたしは、やっぱり目を逸らすことができない、と思う。本能だろうがなんだろうが、あたしが淳を好きだと思う気持ちは本物だ。本物って何、って聞かれたら返答に窮するけど、うるさい、あたしが信じたものは全部本当だ。
理屈なんてこねくり回す必要はない。もっとシンプルに、あたしは淳が好きで、淳に独占欲を抱いていて、あたしのものにしたいから行動する。それでいい、と結論を出した。馬鹿なりに考えてみて、そこに辿り着いた。
だからあたしは前に進む。本能ごとあたしだと受け入れて、今、この瞬間、あたしを淳に受け入れてほしいから、もう一度淳に思いを告げる。
幼馴染じゃなかったらあたしと淳は恋人同士になれたのか、という問いの答え合わせをしよう。
「……ね、今から観覧車行かない?」
あたしは、今日、観覧車の中で淳に告白をする。
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