パート14: 天才と屈辱

 静寂を破ったのは、教官の震える声だった。


「し、試験終了! タイム、10秒! 歴代……最高記録更新だ……!」


 その言葉が引き金となり、訓練場は爆発したような喧騒に包まれた。


「う、嘘だろ……!?」

「今の、何が起こったんだ……?」

「あいつ、本当にあのリナなのか……?」


 驚愕、混乱、そして畏怖。

 生徒たちは、目の前で起こった信じがたい光景に、ただ立ち尽くすしかなかった。

 リナの評価は、この一瞬で劇的に塗り替えられた。

 「危険な落ちこぼれ」でも「力を隠した実力者」でもない。

 規格外の、「謎の天才」として。


 僕は観客席の隅で、その光景に満足げに頷く。

 そして、ちらりと兄のガイウスに視線を送った。


(どんな気分だ、兄さん?)


 ガイウスは、顔面蒼白だった。

 その碧眼は驚愕に見開かれ、握りしめた拳はわなわなと震えている。

 プライドの高い彼にとって、自分が常日頃から見下していた平民の、それも落ちこぼれの少女に、自分でも不可能な芸当を目の前で見せつけられたのだ。

 その屈辱は、想像に難くない。


「……ありえん。あのような芸当……。偶然だ。何かの間違いに決まっている……!」


 ガイウスは、自分に言い聞かせるように呟いている。

 だが、その声には焦りの色が隠せない。


「まさか……誰かが、あの女に手を貸しているのか……?」


 彼は、初めてリナの背後にいるであろう協力者の存在を疑い始めたようだ。

 だが、その疑いの目が、まさか隣のブロックで無気力な顔をして座っている自分の弟に向けられることは、まだない。

 彼にとって、僕は依然として「レベル1の家の恥」でしかないのだから。


(いいぞ。もっと疑え、もっと苛立て。君のその歪んだプライドが、真実から君の目を曇らせる)


 僕は内心で嘲笑しながら、そっと席を立った。

 僕の愛弟子が、素晴らしいショーを見せてくれた。

 そろそろ、プロデューサーが労いの言葉をかけに行く時間だ。

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