パート11: 凍りつく波紋

 長かった夏休みが終わり、学園にいつもの喧騒が戻ってきた。

 僕とリナは、これまで通り他人のふりをしている。

 僕たちの関係は、まだ二人だけの秘密だ。


(さて、ショーの始まりだ)


 僕は教室の隅の席で本を読むふりをしながら、内心でほくそ笑んでいた。

 案の定、ターゲットはすぐにやってきた。

 以前リナをいじめていた、取り巻きの貴族生徒たちだ。


「よお、リナ。夏休み中、どこかに隠れてたのか? 少しは見られるようになったかと思ったが、相変わらず貧相な顔だな」


 リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべてリナに絡む。

 以前の彼女なら、俯いて黙り込んでいただろう。

 だが、今は違う。


(……マスター)


 リナから、助けを求めるような視線が送られてくる。

 僕は本から目を離さず、口パクだけで彼女に合図を送った。


(やれ)


 事前に打ち合わせておいた、決行の合図だ。

 リナはこくりと頷き、毅然とした態度で男を見据えた。


「何か、御用でしょうか」


「はっ、生意気な口をきくようになったじゃないか。少し灸を据えてやる必要があるようだな!」


 逆上した男が、リナの肩を突き飛ばそうと手を伸ばす。

 周囲の生徒たちが、面白そうにその光景を眺めている。

 誰もが、リナがなすすべもなくやられると思っていた。


 その、瞬間だった。


「――え?」


 男の手がリナに触れる寸前、リナの足元から、パキパキという音と共に冷気が迸った。

 それは瞬く間に男の足元を覆い尽くし、彼の靴と床を完全に凍りつかせてしまったのだ。


「なっ……!? あ、足が……!?」


 男は動こうとするが、足が床に張り付いてびくともしない。

 リナは、そんな彼を冷たい一瞥で黙らせた。

 無詠唱。予備動作も一切なし。

 あまりに突然の、そして圧倒的な実力行使だった。


「…………」


 教室中が、水を打ったように静まり返る。

 嘲笑していた生徒たちは、何が起こったのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 リナが、あの落ちこぼれのリナが、エリート貴族の生徒を魔法で一蹴した。

 その事実は、彼らの常識を粉々に打ち砕いた。


「きゃあああ! リナが暴力を!」


 取り巻きの令嬢が悲鳴を上げるが、その声はどこか空々しく響く。

 リナは一切動じず、ただ静かに自分の席へと戻っていった。


 僕はその一部始終を、本の影から満足げに眺めていた。


(上出来だ、リナ。これが最初の一撃。君と僕の反撃の狼煙だ)


 これから学園の勢力図がどう変わっていくのか。

 エリートたちの驚きと混乱に満ちた顔を想像するだけで、最高の娯楽になりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る