パート7: 最初の契約

 僕の言葉に、リナは俯いてしまった。

 その小さな肩が、かすかに震えている。

 無理もない。突然現れた同級生に、こんな突拍子もない話をされたのだ。すぐに信じられるはずがない。


 沈黙が、埃っぽい温室の空気を満たす。

 僕は彼女の答えを、ただ静かに待った。


 やがて、リナはゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、先ほどまでの不安げな色とは違い、澄んだ光を宿していた。


「……賭けます」


 か細いけれど、芯の通った声だった。


「もう、誰かに笑われるのは嫌です。自分の力を、呪いだって思うのも……もう、終わりにしたい。だから……私に、賭けさせてください」


 彼女は僕の目をまっすぐに見つめて、言った。


「私を……変えてくれますか?」


 その問いに、僕は最高の笑顔で応える。

 ああ、なんて素晴らしい。これだから原石の発掘はやめられない。


「ああ、変えてみせる。君を、この学園の誰よりも輝く存在に」


 僕たちは、どちらからともなく手を差し出した。

 固く握り合ったその手は、僕たちの最初の契約の証だ。


「では、契約成立の証として、君に契約金を渡そう」


「え? 契約金……? お金なんて、私……」


 戸惑うリナの手を、僕は両手で優しく包み込む。

 そして、意識を集中させた。


(《無限経験値バンク》、起動。対象、リナ。譲渡経験値、100ポイント)


 僕のバンクに貯蔵された天文学的な数値からすれば、それは砂粒にも満たない量だ。

 しかし、今の彼女にとっては、世界を変えるに足る力になるはずだ。


「――っ!?」


 僕の手を通して、温かい光のようなものがリナの体へと流れ込んでいく。

 彼女は驚きに目を見開き、自分の体の中で起こる変化に息を呑んだ。


「な、なに……これ……。力が、体が、温かい……」


「それが契約金だ。ほんの少しだけ、君の『水路』を補強しておいた。これからは、僕の指示に従って訓練すれば、君は自分の力を完全に制御できるようになる」


 僕はそっと手を離す。

 リナはまだ信じられないといった様子で、自分の掌を見つめていた。

 やがて、その顔にじわりと涙が浮かぶ。


「……ありがとうございます。本当に……ありがとうございます、アランさん……!」


「アランさん、じゃない。これからは僕のことを『マスター』と呼ぶんだ。いいね?」


「は、はい! マスター!」


 素直に頷く彼女の姿に、僕は満足して頷いた。

 これで、僕の最初の最高傑作が手に入った。


 夏休みが、もう目前に迫っていた。

 僕は、希望の光を取り戻した僕の愛弟子に向かって、力強く宣言する。


「よく聞いて、リナ。この夏で、君を誰にも文句を言わせない存在にしてみせる。夏休み明け、君を馬鹿にした連中を、まとめて見返してやろうじゃないか」


 僕の言葉に、リナは涙を拭い、力強く頷いた。

 その瞳は、もはや落ちこぼれのそれではなかった。

 最強のプロデューサーに見出された、未来のスターの輝きを放っていた。

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